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さんさ 志乃の医薬譚〜恋せよ乙女、医の道をゆけ〜  作者: 朝久野智秋
和総編

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29.迷

 限りなく黒に近い紺色の空に、白い息が静かに溶けていく。

和総には不夜城と呼ばれるほどの賑わう場所がいくつかある。しかし今、歩いている春田神宮の参道は、その喧騒から切り離されたようにひっそりとしていた。


 星の数を数えながら、無意識のうちに足を速める。

ふと、気づく。こうして夜空を見上げるのは、いつ以来だろうか。忙しさに追われ、空を仰ぐ余裕すら失っていたことを、今さら思い知らされる。

六連星むつらぼし――昴。

本来なら六つ見えるはずの星は、今夜は五つしか見えない。

街の明かりのせいなのか、それとも自分の目が衰えたのか。どちらとも分からず、ただ胸の奥に小さな違和感だけが残る。


 幼い頃は、この昴を家族に見立てていた。祖母、母、兄と姉、そして自分と父。

五歳までの、そして人生でいちばん幸せだった頃の家族の形。

こんな話を何気なく母にしたことがある。

「お父さんは、あの星になって見守ってくれているんだね」

そう言った母は目を細め、優しく微笑んだ。

昴から少し離れた場所に輝く橙色の星。

母の言葉にうなずきながらも、子どもながらに「そんなはずはない」と心のどこかで思っていたことを、今になって思い出す。

そして――その六つの星のうち、今も残っているのは、自分を含めて二つだけだ。

 

 神近は視線を下ろし、目に飛び込んできたまばゆい光へと意識を戻した。参道を抜けると一気に街になる。人の営みの明かり。歩を進めるにつれ、男たちの話し声、女たちの笑い声が混ざり合い、生きている人間の音が耳に届く。


――あの目だ。

いつもの輝きを押し殺し、冬の海のように鈍く沈んだ瞳。

なぜ志乃のあの目が、彼女と重なるのだろうか。

二年近く考え続けても、その答えは出ない。背丈も、年齢も、瞳の色も、髪の色も、何もかもが違う。それでも、ふとした瞬間に重なって見える。

 

 もう十年になる。

師匠の背を追い続けても、追いつくどころか、距離は広がる一方だった。その焦りが、いつしか「反抗」という形をとり、師匠からも医術からも逃げた。

異国の地で、自分が何をすべきか、どこへ向かうべきかも分からなくなった時、ただ森の中をさまよっていた。

 

 ある日、生い茂る木々の中でぽっかりと開けた場所に出た。

作り手の息遣いが伝わるような、美しい庭と草花。その奥に白い壁と赤い屋根の家、そして薄紫のワンピースをまとった一人の女性。

その瞬間、自分とそこだけが世界から切り離されたような、不思議な感覚に包まれた。目に映る光景は、まるで一枚の絵画のようだった。

 

 金の糸のようにうねる髪が頬にかかり、後ろで無造作に束ねられている。その姿に引き寄せられるように、自分は毎日彼女のもとを訪れるようになった。

彼女は母とともに薬草を育てていた。

本を開き、毎日几帳面に紙へ記録を取る。その横顔を見るのが、いつしか何よりも好きになっていた。

 

釣鐘のような紫の花を指し、名を尋ねると、


「ベラドンナ」


と彼女は答えた。

その名を繰り返して言った発音がおかしかったのか、彼女が言い、自分が真似て言う。そのやり取りを何度か繰り返し、やがて二人で顔を見合わせて笑った。


「美しい貴婦人、という意味よ」


そう教えてくれた彼女は、優しい陽光をまとい、いつも以上に美しく見えた。水色の瞳が自分をまっすぐ見つめているだけで、胸が高鳴る。

この花はあなたのようだ――そう、しどろもどろになりながら伝えると、


「ギドー、あなたのこと、好きよ」


彼女はそう言って、そっと唇を重ねた。

最初は驚いたが、すぐにその柔らかさと温もりを、いつまでも感じていたいと思った。唇が離れ、額を寄せたまま、彼女はささやいた。


「でも、毒があるから。他の女性にその口説き文句はだめよ」


焦って血の気の引いた自分の顔を見た彼女は、顔を頬を赤く染めて笑い、今度は鼻と鼻をすり寄せた。

 

 彼女は時折、薬草を採取してどこかへ持って行った。

医者を続けるか迷っていると打ち明けた時、彼女は一瞬目を丸くしたが、すぐにいつもの穏やかな笑顔に戻った。


「私は薬草で人を救いたい。喜んでもらいたい。いつか果てる命を、そのために燃やしたいの。ギドーにも、心から熱くなれるものが見つかるといいわね」


その言葉に背中を押され、神近は師匠のもとへ戻った。

仕事を再開すると、なかなか彼女のもとへ行けなくなった。それでも時折、時間を作って会いに行った。別れ際、彼女はいつも明るく送り出してくれた。

 

 しばらくこの土地を離れると告げた時、彼女は珍しく顔を伏せた。そして水色の瞳を鈍色に曇らせ、覗き込むように言った。


「自分の道を貫くのは、時に辛いものね」

「今、辛いの?」

「楽しくて、辛い」

 

 それが、彼女との最後の会話になるとは、夢にも思わなかった。

彼女を失ってからも、あの言葉の真意は分からない。彼女が辛いと言っていたことが何だったのか……理解することを諦め、忘れようとした。心が壊れないように。

人は不思議なものだ。どれほど心をえぐるような痛みも、時が薄布を一枚一枚重ねるように覆っていく。透けて見えていたとしても、色彩を失う。いつまでも鮮やかなままでは前に進めない。

志乃の瞳から、再び彼女を思い出すことになるとは思わなかった。何が同じなのか、考えても分からない。

 

 そして、師匠はなぜ自分を医頼館で学ばせたのだろう。

有意義ではあるが、日々、薄氷を踏む思いだ。そして志乃には試練ばかりが降りかかる。先生も、彼女が巻き込まれるとは思っていなかったはずだ。

 

 とんとん、と肩を叩かれ振り返ると、梅香堂の主が立っていた。


「神近先生、大丈夫ですか?」


大康堂を素通りする神近の様子を不審に思い、声をかけてくれたのだろう。


「考え事をしていました」


笑顔で頭を下げながら、神近は大都へ連れて行く弟子たちについて、ある決意を固めていた。



 小気味よい音が、静まり返った茶室に澄んで響き渡る。

その一音一音に、迷いは微塵も混じっていない。

一振りごとに、湯と茶が交わり、ほのかな香りが空間へと広がっていく。

掛け軸には紅白の梅と雪景色。

外の寒さは日ごとに厳しさを増しているが、描かれた梅は、確実に春が近づいていることを告げていた。

志乃は、礼介が点てる茶が好きだった。

無駄のない所作、立ち上る香り、張りつめながらもやわらかな空気――それらすべてが溶け合って、ひとつの「茶の湯」になる。


 今日は京極家の茶室で、小さな茶会が開かれている。

亭主は礼介。客人は花江と朔太郎。そして、なぜか志乃も、その場にいた。

志乃を助けてくれた朔太郎への礼なのだろうか。理由を問われることもなく、志乃はその空間に溶け込んでいた。

 

 先日、礼介から聞いた話が、胸の奥で反芻される。

剣術は難しそうだが、茶の湯は大都に行っても続けたいと思っている――そう言って、礼介は少し照れたように笑った。師である綜白そうはくが、大都の茶人へ宛てた紹介の書状をしたためてくれたという。

常に先を見据え、静かに準備を進めるその姿に感心する一方で、志乃の胸は締めつけられる。

――私は、大都へ行けるのだろうか。

いつも綱渡りだ。神近先生は、不確かなことは決して口にしない。それが思いやりだと分かっているからこそ、なおさらもどかしい。


 志乃がいつでも動けるよう、茶室の入口近くで控えていると、礼介がそっと手招きをした。

朔太郎の隣に花江、その横に三つ目の菓子が置かれている。――とはいえ、それを置いたのは、つい先ほどの自分だ。誰か別の客が来るのかと思っていたが、どうやら三席目は、自分のためのものらしい。

もしかすると、礼介に告げられていたのに、上の空で聞き流してしまっていたのかもしれない。

 

 朔太郎にとって礼介は医頼館での兄弟子であり、花江が嫁いだことで義兄にもなった。もともと気心が知れていたのだろう。

――「本物」は、嫌味がない。

まだ短い人生ながら、志乃はそれを確信していた。その「本物」とは、礼介であり、朔太郎であり、そして神近でもある。

誰か一人が置いてきぼりになることもなく、花江にも分かる話題を選んでいる。その自然さが、何よりの証だった。

朔太郎が飼っている文鳥の話になる。元は花江が飼っていたのだろうか。話の合間に、柔らかな笑顔がこぼれる。

 

 花江の環境も、少しずつ変わっている。暇を出されていた女中のふじは体調を取り戻し、屋敷に戻ってきたという。多袈たけから聞いた話では、茶谷家からの一言で、ようやく善悦が動いたらしい。その結果、泰介が夜に出歩く頻度はぐっと減った。――もちろん、皆無ではないが。

 

 ふと視線を落とすと、膝元にはうぐいすをかたどった練りきりがある。

黒文字を入れると、中から白あんがのぞいた。口に含めば、やさしい甘さが広がり、心の奥がふっとほどける。思わず目を閉じて味わっていると、


「とっても幸せそうね」


花江の声に、はっと目を開く。

そんなに頬が緩んでいたのだろうか。志乃は慌てて膝元に手を置き、丁寧に頭を下げた。

 

 昔の武将は、茶の湯を好んだという。

いつ命を狙われるか分からない乱世。寝る時も刀を枕元に置き、戦があれば、次の瞬間に命を落とすかもしれない。

そんな時代にあって、刀を持たずに茶室へ入り、季節の花や掛け軸、茶器を愛で、茶と菓子を味わい、他愛ない季節の話を交わす。そこは血なまぐささから切り離された、別世界だった。

そのひとときが、荒んだ心に穏やかな風を通したのだろうか。

命のやり取りを日常とする医者にとっても、茶の湯は同じ意味を持つのかもしれない。

そう思った時、茶を点てる礼介の背中が、どこか神々しく見えた。



 ある夜、志乃は珍しく善悦に呼ばれた。

酒と炙っためざしを載せた膳を持って部屋に入ると、すでに礼介がいた。善悦の前には同じ膳が置かれ、すでに酒は進んでいる。これは礼介の分なのだろう。

善悦は上座で正面に座り、礼介はそれより下座で横向きに控えている。


「まぁ、飲め」


徳利を手にした善悦の一言に、礼介はお猪口を差し出した。

――あまり飲まないほうがいい。

志乃が視線を送ると、礼介もちらりとこちらを見る。分かっている、という意味だろう。礼介は一口含んで、すぐに猪口を置いた。正月明けのあの日以来、礼介が酒に弱いことは、志乃も知っている。


「お前も飲むか」


一瞬迷ったが、断るのも失礼だ。祖父は酒蔵の杜氏だった。何より酒は嫌いではない。

志乃は両手で猪口を受け取り、礼介よりさらに下座に座って口をつけた。

甘み、ほどよい酸味、わずかな苦み――そして、すっと消える後味。上質な酒だと、すぐに分かる。

でも二口目は控えよう。善悦が志乃を呼んだのは、酒を飲ませるためだけではない。


「神近殿と話した」


善悦の声は低い。聞き逃してはならないと、志乃はわずかに身を乗り出す。


逢海ほうみで、ある病が流行している。大都にも、ちらほら出ているらしい」

 

逢海は大都よりさらに西、海沿いの町だ。人の出入りが多い港町で病が流行る――それが周囲へ広がるのは時間の問題だ。


「まだ詳しくは分からんが……赤もがさ、かもしれん」

 

礼介がはっと目を見開いた。

赤もがさ――志乃も聞いたことがある。


「つまり、今、大都に移るのは利口ではない」

「赤もがさには、父上は?」


善悦の手が止まる。一度かかるとその後はかからない、と聞いたことがある。


「あぁ。神近殿も異国でかかったそうだ。お前が生まれてからは流行していないな」

「そのうち、和総にも……」

「それはそうだろう。世は必ず乱れる。そして、人は何かのせいにする」


病と流行を結びつけ、異質なものを排除しようとする――そんな闇が、世を覆うことは珍しくない。


「礼介、それでも今、大都に行くか」


礼介はうつむき、しばし考え込む。


「……神近殿は、世が落ち着いたら大都に呼ぶと約束された」


それ以上、言い返すことはできなかった。


「分かりました」


膝の上で、礼介の拳が強く握られる。

――では、私は?

その志乃の不安が伝わったのか、善悦は志乃に視線を向けた。


「お前については、神近殿は何も言っていない。多分……」


志乃は息を呑む。


「連れて行くつもりだろう」


驚きと同時に、不思議な納得があった。


「意見はあるか」

「……いえ。神近先生に従います」


善悦は酒を含み、続けた。


「どこにいようと、病からは逃げられん。お前たちは、その病と闘うのだ」


赤もがさは、多くの命を奪い、人の心を荒ませる。医者も足りなくなる。善悦自身も城内へ詰めることになるだろう。


「泰介と礼介でここを守れ。志乃は……旅立つまで、ここで励め」

 

励む――?


「志乃をここで働かせても?」

「あぁ。即戦力を身につける必要がある……泰介につけるか」


それは困る。


「いえ、私に」

「お前は修行の身だ」

 

一蹴されても、礼介は食い下がる。

――あの蔵の闇で起こった出来事を、礼介は知っているのだろうか。

不安が胸をよぎる。


「では、河野かわのにつけよう」


河野――善悦の一番弟子だ。


「赤もがさと闘うために必要なのは西医学ではない。本医学と、強い心身が必要だ」


強い心身。その言葉に、志乃の胸が震えた。



 翌朝、日が昇る前に志乃は庭へ降り立った。

昨夜の雨はすでに上がり、土はしっとりと息をついている。水やりは不要だが、志乃は庭を歩き、鳥のさえずりに耳を澄ませながら、そっと瞳を閉じた。

そのとき、頭にぽつりと雫を感じる。

見上げれば、桜の枝が空に伸びていた。蕾はまだ若く、硬い殻の中に春を秘めている。

 

 ふと屋敷の方へ振り返ると、こちらに向かってくる礼介の姿が目に入った。

冷え込む朝だというのに、胸元がわずかにはだけている。顔色がいつもより白いのは、昨夜の酒の名残だろうか。それにしても――自分と同じく平たい胸をしているというのに、彼のまとわりつくような艶は何なのだろう。勝ち目などあるはずもなく、志乃は思わず苦笑した。


「おはようございます」


笑顔で挨拶をした途端、くしゃみがこぼれ、ぶるりと体が震える。

礼介は何も言わず、自分の羽織を志乃の肩にかけ、そのまま志乃の両手を包み込んだ。

温かく、大きな手。

志乃は、手より先に自分の頬が熱を帯びるのを感じた。

何か言いかけている――そう察して、志乃は礼介の顔を覗き込む。


「志乃、話がある。部屋へ来てくれ」


礼介は右手で志乃の左手を強く握ったまま、歩き出そうとする。


「礼介様……誰かに見られます」


礼介は振り返らず、短く言った。


「構わない」

 

構わなくはない――そう心の中で苦笑しながらも、肩に掛けられた羽織の重さと温もりに、志乃は今さら気づいた。

 

 礼介の部屋に入り、向かい合って座る。

室内は朝の気配に満ちていた。


「昨日のことだが……神近先生とは、俺が直接話してみる」

 

やはり、その件を伝えたかったのだろう。


「私だけ……行くことになるのでしょうか」

 

礼介は伏せていた視線を上げ、志乃をまっすぐに見つめた。


「志乃は、神近先生について行きたいのだろう?」


「私……分からなくなってしまって。礼介様に与えていただいた今の生活が、愛おしいのです。神近先生にはついて行きたい。でも、この生活を失いたくない……迷っています」


“今の生活”――その中心が礼介であることは、言わずとも分かっている。離れたくない。ただ、それを口にする勇気がなかった。

礼介は居住まいを正し、一歩、志乃に近づいた。


「俺は怖い。志乃と離れることが。志乃……好きだ」

 

背中から腕が回され、体をぐっと抱き寄せられる。礼介の顎が志乃の肩に触れた。


「嫌だったらやめる。……嫌じゃないか?」

 

志乃は、静かに頷いた。 

こんな流れになるとは思ってもみなかった。頭が真っ白になる。

それでも――思いを伝えるのは今しかない気がした。春には、離れ離れになるかもしれないのだから。

志乃は、腹の辺りで重なっている礼介の両手に、そっと触れ、慈しむように撫でた。


「礼介様……お慕い申し上げています」

 

その瞬間、礼介の体が小さく震えた。礼介は体の向きを変え、正面から志乃を抱きしめる。

温かな吐息がかかり、やさしく唇が触れる。今度は志乃が身を震わせた。

 

「ずっと一緒に居たい」

 

言葉とともに、再び温かな唇が重ねられる。柔らかさに、体の力が抜けていく。唇の内側をなぞる感触に、初めての快さが広がり、手足がしびれていくのを志乃は感じた。

 

しばらく、熱を帯びた口づけが続いた。

これまで触れられなかった時間を取り戻すように。あるいは、離れるかもしれない未来のため、今のうちに確かめ合うように。

唇が離れても、礼介は志乃を抱いたままだった。口づけの余韻を感じながら、礼介に身を委ねる。ずっとこうしていたい――だが、朝餉の支度がある。

志乃が後ろ髪をひかれながらも体を離すと、礼介は少し目を伏せて、もう一度口づけをした。


「今日からだな。河野殿には朝、伝えておく」


 志乃は部屋を出た。ちゃんと歩けているのだろうか。体がふわふわしている。

――私は今、何者なのだろう。ただの恋する女……

そんなものに価値があると思ったことはなかったのに、心も体も突き動かされるこの感覚は、何なのだろう。

高揚した気持ちのまま、志乃は台所へ足を急がせた。

 

 神近がどんな決断を下したのか、まだ分からない。

神近について大都へ行くことは、確かに志乃が望んだ道だった。だがいつの間にか、「礼介も一緒」という前提が置かれていた。その道は、今、閉ざされかけている。

 

 病の流行という非常事態が起こると、礼介は家と和総の人々を守るため、ここに残らねばならない。大都で修行している場合ではないことは、礼介にも志乃にも分かっている。

それでも――心が揺れていることを、はっきりと思い知る。

京極家での暮らしにも慣れ、この生活は、この生活で満たされていた。礼介に愛されていると知り、それを失うことが、何よりも怖い。

もとは、一人で病に立ち向かう神近の姿に憧れたのではなかったか。

女であっても、人に寄りかからず、凛として生きたい――そう願ったはずだ。

私は、いつからこんなにも礼介に寄りかかっていたのだろう。


 先ほどまであった肌の温もりが失われ、胸にぽっかりと穴が開く。

志乃は、その気持ちを振り払うように、そっと瞼を閉じた。


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