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第九話    とある組織への誘い

 マリアは口を半開きにさせ、禿頭の男の背中を見つめることしかできなかった。


 一体、あの禿頭の男は何者なのだろう。


 僧侶と言っていたが、純白のローブが正装のクレスト聖教会の僧侶ではない。


 年齢は二十四、五歳ぐらいだろうか。


 どうやって剃ったのかわからないほどの綺麗な禿頭。


 目鼻はすっきりと整っており、顔立ちは美青年のそれだ。


 体型も細すぎず太すぎず、不思議な衣服の上からでも丹念に鍛えられた肉体であることがわかる。


 姿勢だ。


 まるで背中に一本の鉄棒が仕込まれているように姿勢が美しいのだ。


 あんな姿勢の持ち主は父親以外に見たことがなかった。


 正直なところ、普段の生活中に会ったら頬が赤く染まったかもしれない。


 それほど禿頭の男は魅力の塊だった。


 しかし、今のマリアに惚れた腫れたという感情は湧いてこない。


 湧いてきたのは二つの疑問である。


 一つは禿頭の男の正体が何者かということ。


 もう一つは〈異能(スキル)〉や魔法とも違う特殊な力を持っていることだ。


 世界宗教とも呼ばれている遠国のクレスト聖教会の中には、一部の僧侶のみが使える〈奇蹟(きせき)〉という治療の〈異能(スキル)〉があるという。


 その〈奇蹟〉を受けた者は、どんな重症の怪我でも一週間ほど〈奇蹟〉を受けていれば治るという。


 だが、禿頭の男の力はそんな〈奇蹟〉とは次元が違う。


 マリアは炎魔法で重度の火傷を負っていたにもかかわらず、まるで最初から火傷など負っていなかったと思えるほど完璧に治っていたのだ。


 それも十数秒という短い時間の間にである。


 マリアは何度も身体をまさぐって身体の具合を確かめる。


 やはり完璧に火傷が治っている。


 さすがに焼け焦げた一部の衣服はそのままだったが、少なくとも身体に関してはどこも不調なところはなかった。


(信じられない……こんなの人間の(わざ)じゃない)


 では、禿頭の男は人間の形をした魔物なのか?


 マリアは心中で首を左右に振る。


 断じて禿頭の男は魔物ではない。


 人間の形をした魔物というのは、数か月前にこのセレスティア王国に突如として現れ、魔法という数百年前に失われた技術で国内を蹂躙した魔族どものことを指す。


 とはいえ、禿頭の男が普通の人間でないことも確かである。


 それは先ほどの会話の中でも気づいた。


 禿頭の男はマリアと会話中、何もない空中に向かって喋っていた。


 これだけなら頭がおかしい人間だと決めつければいいが、どう見ても禿頭の男の言動は正気を保っており、それどころか溢れんばかりの知性が感じられた。


 なのでマリアは余計に困惑してしまった。


 味方なのか敵なのかが判断できない。


「マリアさま、お体は大丈夫ですか?」


 遠ざかっていく禿頭の男を見据えていると、のそのそと近づいてきた一人の老婆に話しかけられた。


 エルデン村で薬師(くすし)をしているサーシャだ。


「わたしは平気だ。それよりも、サーシャにはあの男の魂が何色に見える?」


 七十歳近いサーシャは目が悪く、近いモノも遠くのモノもよく見えていない。


 けれど、サーシャには【判別】という〈異能(スキル)〉がある。


 目をじっと凝らすと相手の奥底にある()()()()()()()というのだ。


 その魂の発光具合によって善人か悪人か判別できる。


 しかも色によって人間か魔物が変化しているのかも判別できるという。


「あの若者の魂は特別ですじゃ。まるで全身が黄金色に神々しく輝いて視えまする」


「そ、そんなにか……」


 明るく輝いているということは、禿頭の男が善人中の善人だということ。


 しかし、全身が黄金色に輝いて見えるなど今まで聞いたことがない。


「おそらく、あの方は普通の人間ではありません。もしかすると、伝説の神の御使(みつか)いさまかもしれませぬ」


 マリアは息を呑んだ。


 神の御使いとは、神話に登場する伝説の人物のことだ。


 魔族に蹂躙される前、このセレスティア王国の大半の人間は女神セレスを信仰していた。


 クレスト聖教会のように国教として宗教が設立していたわけではないが、初代セレスティア王がこの土地に住んでいた強大な魔物を滅ぼすさい、女神セレスから遣わされた神の御使いという人物の力を借りて魔物を倒し建国したという伝説がある。


 そして、それが今でもセレスティア王国の語り草になっていた。


 セレスティア王国が窮地になったとき、女神セレスから神の御使いが遣わされて窮地を救ってくれると。


 だが数か月前にセレスティア王国が魔族に蹂躙されたとき、神の御使いはどこにも現れなかった。


 それでセレスティアの民は落胆し、大勢の国民は成すがままに魔族の軍門に下った。


 とはいえ、セレスティアのすべての民が魔族の隷下になったわけではない。


 マリアもそうだ。


 魔族から国を取り戻すべく、レジスタンス組織の一人として活動している。


 そしてエルデン村の村人たちもレジスタンス組織のメンバーだ。


 表立った実行部隊ではないが、本来は魔族の下請けである【バルハザン商会】に卸すべき高級薬草を秘密裏にレジスタンス組織に卸してくれていたのだ。


 なのでサーシャや村人たちもマリアの秘密を知っている。


 そんなサーシャが、どこからか現れた禿頭の男を神の御使いだと言う。


「あ、あの男が伝説の神の御使いだと? そんなわけ――」


「ない、と言い切れますか?」


 マリアは言葉を詰まらせる。


「ワタシには見えないが視えまする。あの方の黄金色の輝きが、村人たちに伝播していく様が」


 サーシャの言うことは事実だった。


 マリアの視界には、禿頭の男が奇妙な呪文を唱えながら村人たちの怪我を治していく光景が見えている。


 まさに神秘な光景だった。


 どんな薬草や回復薬でも、あんな短時間に怪我を治せる光景を見たことがない。


異能(スキル)〉もそうだ。


 マリアのような身体能力の一部を強化したりする〈異能(スキル)〉は数あれど、病気や怪我を治せる類の〈異能(スキル)〉は希少中の希少だというのが通説である。

 

 おそらく魔法もそうだろう。


 世界中にはかつて魔法が存在していたという伝承や造形物は多く存在しているが、その中で治療する魔法はほとんど皆無だったと父親が所蔵していた書物で読んだ記憶がある。

 

 だとしたら、あの禿頭の男は本当に神の御使いかもしれない。


 そして禿頭の男が本物の神の御使いだとしたら、自分の取るべき行動は一つである。


 マリアは力強い足取りで禿頭の男の元へ向かった。


「神の御使いさま、お手透(てす)きになられましたか?」


 村人たちを治療していた禿頭の男。


 そんな禿頭の男があらかた治療を終えたあと、マリアは片膝をついて問うた。


「お手透き?」


 大量の汗を掻いて肩で息をしていた禿頭の男は、呼吸を整えたあとに「ああ」と表情を明らめた。


「手が空きましたか……と尋ねたのですね? そのような古風な言葉を聞くのは久しぶりだったので、意味を思い出すのに時間がかかりました。ええ、今ようやく怪我をしていた方たちの治療をすべて終えたところです。それで、あなたは?」


 禿頭の男は男前な顔で訊き返してくる。


 マリアはごくりと唾を飲み込んだ。


「申し遅れました。私の名前はマリア・ベアトリクス。普段は冒険者を生業(なりわい)としています。あなたさまのお名前を(うかが)ってもよろしいでしょうか?」


「これはご丁寧に。私の名前は長峰空心。真言宗の密教僧……まあ、簡単に言うと僧侶です」


 ナガミネ・クウシン。


 不思議な名前だった。


 まるでこのレムリア大陸のはるか東――海を越えた島国・ヤマト(こく)に住む人間の名前のようだ。


 ということは、クウシンのほうが名前かもしれない。


「クウシンさまですね……それでは単刀直入にお訊きします。あなたはこのセレスティア王国を蹂躙した魔族を討ち滅ぼすため、女神セレスさまから現世に遣わされた御使いさまなのでしょうか?」


 禿頭の男――クウシンは小さく首を振った。


「私が女神セレスさまという方から遣わされたというのならば否です。ですが、その女神セレスさまと昵懇(じっこん)の仲だという大日如来さまから新たな生を授かり、私はこの世界へ自分の成すべきことを成すためにやってきました」


「そ、その成すべきこととは?」


「救済です」


 クウシンは真顔で言い放った。


「私はこの国の人々が悪逆非道な魔法使いたちに苦しめられていると聞きました。それで私はこの国の人々を救うため、大日如来さまを始めとした密教の神々の力を借りて救済しに来たのです」


 マリアの目から一筋の涙がこぼれた。


 間違いない。


 目の前の方は本物の神の御使いだ。


「お願いいたします、神の御使いさま!」


 マリアは涙を拭かず、クウシンに深々と頭を下げた。


「我ら【反逆の風】に加わり、勝利へと導いてくださいませ!」

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