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第七話    密教僧VS魔法使い②

『長峰空心の真言徳位(マントラ・レベル)が上がりました。火神(かしん)・【火天(かてん)】の力が使用できます』


 そう聞こえたのも束の間、目の前の宙に青い羊に乗っている長い髪とひげが特徴的な老人が出現した。


「あなたは火天さま」


『ホホホホ、いかにも。ワシは火神・火天なり。そして長峰空心よ。お主の真言徳位(マントラ・レベル)が上がったことで、ワシの力が使えるようになったぞい』


 火天は古来からインドで信仰されていた火の神だ。


 別名はアグニとも呼ばれ、煩悩を焼き尽くす力があるとされている。


『お主は自分の危機的状況にもかかわらず、他の人間のことを思って行動しようとした。その心意気にワシは胸が熱くなってのう。こしゃくな魔法の炎によって窮地に立たされているとなれば、火神であるワシが力を与えてやらなくて何とする』


 聖なる炎を背にしていた火天は、空心に向かってニコッと微笑む。


『さあ、空心よ。ワシの真言(マントラ)を唱えよ。さすれば煩悩を焼き尽くすなどというけち臭いことは言わん。あの悪鬼非道な魔法使いの邪悪なる炎を己のものにしてしまえ』


「相手の力を私のものに?」


 空心が疑問符を浮かべると、ジャイロは口角を吊り上げながら杖を突きつけてくる。


「自分が焼き殺されるとわかって頭がおかしくなったか。さっきから何を一人でブッツブツと言ってやがんだよ」


 ジャイロは火天の姿が見えていないのだろう。


 先ほどからずっと下卑た高笑いをして勝利を確信している。


『空心、あんな外道をいつまで調子づかせておる? ワシの力でさっさと成敗せんかい』


 火天の励ましで空心は吹っ切れた。


 大きくうなずくと、空心は合掌して火天の真言を唱える。


「オン・アギャナエイ・ソワカ」 


 直後、空心は不思議な感覚に包まれた。


 自分を中心にした約十メートル内の炎が、自分の手で操れると思ったのだ。


 何となくではない。


 確実にそうできると確信した。


『それこそワシの炎を操る力じゃ。人工的だろうが自然発生した炎だろうが、それこそ魔法使いが顕現させた邪悪な炎であろうとお主の信心力が及ぶ範囲にある炎はすべて自由自在に操れる』


 火天の言うとおりだった。


 今の自分ならば四方を取り囲んでいる魔法の炎を操れる。


「感謝いたします、火天さま」


 空心は丹田に力を込め、馬上で余裕の表情を浮かべていたジャイロに鋭い視線を飛ばす。


「悪逆非道な魔法使いよ。己の生み出した炎で身を焦がし、罪を悔い改めよ!」


 空心は合掌した両手の先端をジャイロに突きつける。


「オン・アギャナエイ・ソワカッ!」


 空心が再び火天の真言を唱えると、魔法の炎はジャイロに向かって一気に襲いかかった。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオ――――ッ!


 炎の濁流は大量の火の粉を噴出させ、馬上にいたジャイロだけを吹き飛ばして火だるまにする。


「ぎゃあああああああああああああああああ」


 ジャイロは転げ回りながら悲鳴を上げた。


(……さすがにやりすぎか)


 空心は再び火天の真言を唱えて火を一瞬でかき消した。


 空心は僧侶である。


 ジャイロが人道から外れた悪鬼とはいえ、自らの手で殺すつもりは毛頭なかった。


 なので空心は火天の真言を唱えて火を消したのだ。


 燃え盛っていた炎が消えると、そこに現れたのはブスブスと黒煙を上げるジャイロの姿だった。


 火傷は負っているが致命傷ではない。


 黒焦げだったのは鎧の一部やマントである。


 空心は炎を巧みに操り、火傷で致命傷を負わないように手心を加えたのだ。


 それでもジャイロが戦闘不能になったのは間違いない。


 あとはここにいる村人たちがジャイロの罪をどう裁くかだ。


 その結果に対して空心は口出ししない。


 自分がやれるのはここまでだ。


 空心は地面に刺していた錫杖を手に取る。


 元凶が大人しくなったとしても、自分がこの村のためにできることはまだある。


 怪我人の治療の手助けや、殺された人たちの供養だ。


 それこそ本来の僧侶としての仕事である。


「く……くそが……」


 空心が村人のために動こうとしたとき、虫の息だったジャイロに動きがあった。


「て、てめえ……このままで……すむと……思うな……よ」


 ジャイロは震えながら鎧の隙間に手を入れると、丈夫そうな小瓶を取り出した。

 

 その小瓶の(ふた)を震える手で開け、渾身の力を振り絞って中身を飲み干す。


 数秒後、まったく予期しないことが起こった。


「ひゃっはーッ!」


 ジャイロは何事もなかったように飛び起きると、その場でウロウロしていた馬に飛び乗った。


「な――ッ!」


 これには空心も瞬きを忘れた。


 一体、何が起こったのだろう。


 ジャイロは確かに自ら生み出した炎にあぶられて負傷していたはず。


 困惑する空心に対して、ジャイロは「おい、ハゲ野郎」と憎しみのこもった目で殺意を飛ばしてくる。


「このことはモーリスさまに報告してやる! そして、てめえだけは絶対に許さねえ! 今度会ったら必ずぶっ殺す!」


 覚えてやがれ、とジャイロは捨て台詞を吐いて逃げていった。


 そんなジャイロを空心は追えなかった。


 相手が馬に乗っていることも理由の一つだったが、もう一つは先ほどのように頭の中で「チーン」とおりんの音が鳴ったからだ。


 そして無機質な声が脳内に響き渡る。


『長峰空心の真言徳位(マントラ・レベル)が上がりました。療神(ゆしん)・【薬師如来(やくしにょらい)】の力が使用できます』

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