第五十八話 人ならざる者に宿る心
大平原やオアシスでは、未だ大勢の人間たちが仕事に精を出していた。
レジスタンスのメンバーやクレスト聖騎士団たちである。
彼らは魔物やドラゴンの後始末を進んで買って出ており、一方の〈メディチエール商会〉の手代たちは後始末で働いている人たちに水や食料を配っている。
そんな中、空心たちは再び天幕の中に戻ってきていた。
主要メンバーは数時間前と変わらない。
空心、マリア、アクエラ、エリサ、ラピス、ユーシアの六人。
しかし、この場には数時間前にいなかった七人目が存在していた。
「ナガミネ・クウシン。ワタシに人間のような衣服は要りません。ワタシは魔導人形です。どうぞ使い勝手の良い道具として扱ってください」
戦魔の森で出会った魔導人形――蓮華だった。
上座にいた空心は小さく首を左右に振る。
「そのようなことはできません。たとえあなたが人ならざる者だとしても、ただ便利なモノとして扱うことなど私にはできない」
嘘偽りのない本音である。
その証拠として、空心はラピスに頼んで蓮華に似合う衣服を用意してもらった。
用意してもらったのは蓮華のサイズに似合う漆黒の貫頭衣。
現代日本で言うところのワンピースである。
さすがに戦魔の森で出会ったときは裸だったため、ここまで連れてくるだけでも苦労した。
もちろん空心は全裸の蓮華を見ないように努力したものの、蓮華のほうが飼い主になつく子猫のように空心にくっついてきて離れなかったのだ。
「なぜですか? ワタシは人間ではありません。ワタシは他国の魔力結界を破壊するために生まれた魔導人形であり道具です。それを便利に使うことは当たり前だと思うのですが?」
蓮華はよくわからないとばかりに小首をかしげる。
「道具を便利に使うことは素晴らしいことです。ですが、私が修めた仏教では「道具」という言葉をもっと別の視点から捉えて表現していました。道具とは修行に必要な具足であり、身に着ける法衣であり、私が今持っている錫杖でもあります。これらすべてを総じて「道具」と呼んでいます」
空心は子供を諭すように柔らかな声で続ける。
「これらは僧侶である私にとって欠かせない大切なモノです。そして、それらのモノを大切に扱うことは、すなわち自分を大切にするということ。ですから、魔導人形だというあなたを単なる便利な道具として扱うことはいたしません。それこそ、あなたを私の一部ぐらいに思って接したいのです」
自身の考えを言葉にして伝えると、蓮華はしばし何かを考えるように無言になった。
数秒後、蓮華はこくりとうなずいた。
「理解しました。ワタシはナガミネ・クウシンの大切な「道具」として認識を改めます。では、これよりワタシを使い勝手の良い便利で大切な道具として扱ってください」
「いえ、ですからそういう意味では……」
などと空心が困った顔を浮かべたときだ。
「ああ~、もう埒が明かん! こんなんじゃ話が進まんわ!」
ラピスはガシガシと自分の髪をかきむしる。
「御使いはんも御使いはんやけど、問題はお前じゃ。おい、ホンマにお前は五千年前に滅んだオリティアスで造られた兵器なんか?」
ラピスは蓮華にビシッと人差し指を突きつける。
「肯定。ワタシはオリティアス帝国の魔導科学研究所でマスターによって製造された魔導人形の最新タイプ。ワタシの〈魔力砲〉は他国のどんな強固な魔力結界を破壊する。それだけのために特化されて造られました」
「でも、どうしてあなたは人間の見た目をしているの?」
おずおずと質問したのはマリアだ。
「それはマスターにしかわかりません。オリティアス帝国において、魔導人形とは命令を忠実に遂行する兵器の総称でした。ですので、ここまで人型の少女に似せる理由はなかったはずなのですが……」
「それでもマスターはあなたの身体を人間そっくりに造った。理由は私もよくわかりませんが、どうしてもあなたを人型にしたい理由があったのでしょう……まあ、それはさておき」
空心は蓮華の顔をじっと見つめる。
「どうしてあなたはあの戦魔の森の地中に埋まっていたのですか? しかも今のように人型ではなく菱形の物体のままで」
蓮華は素直に応えてくれた。
緊急時の脱出ポッドに本来の機体ごと収められ、上司の許可もなしにマスターがどこかへと発射したこと。
そして発射された途中で脱出ポッドが破損し、戦魔の森の一角に不時着したこと。
そのさいに本来の機体も粉々になり、記録データが保存されていた魔電脳の核の状態で地中に埋まったこと。
すべては五千年前のことらしい。
「にわかには信じられませんが、実際にこうして魔導人形……失礼、蓮華さんを見ると信じざるを得ませんね」
アクエラのつぶやきに空心も同意する。
同時にオリティアス帝国とやらが持っていた技術力の高さにあらためて驚愕した。
五千年前に存在していたという巨大帝国。
その科学技術の高さは蓮華を見れば一目瞭然。
現代日本どころか、アメリカの科学技術のはるか先を行っていただろう。
「御使いさま、これからどういたしますか?」
そんなことを考えていると、エリサが尋ねてきた。
「この蓮華という魔導人形は恐ろしい技術の塊です。下手をすると魔族以上に人間を苦しめる元凶になるかもしれませんよ」
エリサの言いたいこともわかる。
蓮華は味方にすれば頼もしい存在だが、人ならざる者であることに変わりはない。
いつ、こちら側の敵になるか不安なのだろう。
「それは大丈夫だと思います」
空心はきっぱりと告げた。
「この子は確かに人ではありません。けれども、魔物や魔族のような人でなしではない。それは私が保証します」
「そう言われても簡単に納得はできかねます」
ユーシアは両腕を組みながら蓮華を睨む。
「道具というのは意志を持たないからこそ道具なのです。しかし、その魔導人形には人間と意思疎通ができるほどの自我がある。意志を持つ道具ほど厄介な存在はありません」
「じゃあ、どないせえ言うんや? みんなで力を合わせて壊すんか?」
ラピスは本気で言ったわけではない。
それは声のトーンと仕草で判別できる。
一方の蓮華はまったくの無表情で口を開く。
「ワタシを物理的に壊すのは不可能。ただし、現在の所有者であるナガミネ・クウシンの命令によっては可能。自爆プログラムを発動できます」




