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第五十二話  辺境伯は蟲毒がお好き②

『哀れな魔物ちゃんたち、この世で最高のエクスタシーを感じさせて殺してあげる』


 ベルモンドがそう言ったあと、通信がブツッと切れた。


 故障ではなく、ベルモンドが意図的に通信を切ったのだ。


「まったく……獲物を獲ってくるこっちの身にもなってくれよ」


 通信が切れたことで、専用マイクの前に座っていたシグルドが疲れたように息を吐く。


 シグルド・バルハザン。


 今年で四十五歳になる、〈バルハザン商会〉の辺境担当番頭である。


 爪ほどに短く刈り込んだ茶色の髪。


 彫りの深い顔。


 威厳を見せるために生やしている口ひげ。


 身長は二メートル近くあり、特に鍛えているわけではないが筋肉質な体型をしている。


 現在、シグルドは蟲毒コロシアムの南側通路の先にある部屋の中にいた。


 最低限の調度品しかない、対魔物用に壁が厚く設計されている部屋だ。


 ベルモンドとシグルドは通信室と呼んでいる。


 そして地下空間には通信室と蟲毒コロシアム以外に、〈バルハザン商会〉が密かに捕獲して連れて来た大量の魔物や人間たちがいる。


 ドンジョンと呼ばれていた地下牢を、さらに堅牢に改築した牢屋に。


 シグルドは背もたれに体重をかけて背伸びする。


 ゴブリンやトロール程度なら何十匹でも捕獲できるが、戦魔の森の魔物となると話は別だ。


〈バルハザン商会〉には優秀な冒険者や傭兵を数多く専属で雇っている。


 この専属兵たちを集結させれば、戦魔の森の上位魔物でも最小限の被害で捕獲できた。


 しかし、生け捕りとなるとそう簡単にはいかない。


 今回もそうだった。


 少なくとも十人近い専属兵が殺されたのだ。


 正直なところ、専属兵が死ぬこと自体には何の感情も湧かない。


 だが、その死んだ者たちをこれまで養っていた費用が無駄になってしまったことにシグルドは頭を抱えた。


 とはいえ、その請求をベルモンドにするわけにはいかない。


 ベルモンドは〈バルハザン商会〉の最大の得意先である魔族なのだ。


 そして魔族が「白いカラスが欲しい」と言えば、〈バルハザン商会〉は「黒いカラスを白く塗って引き渡す」ぐらいのことは絶対にしなくてはならない。


 辺境伯であるベルモンドの注文は特にだった。


 先ほどは軽い冗談口調で言っていたが、このままだと本当にドラゴンを生け捕りにして来いと言いかねない。


 シグルドは小さく頭を振った。


 ここ最近のベルモンドの強さの上がり具合は半端ではない。


 古の魔法を使えるだけでも魔法使いは異常なのに、その中でもさらに特殊な魔法の毒魔法を使えるベルモンドは、その毒魔法に驕らず肉体鍛錬と新たな技の開発に熱心になっている。


 ドラゴンを倒せるという自信も決して嘘ではないだろう。


「くそっ……うちの兵士たちでもさすがにドラゴンは捕獲できんぞ」


 などと愚痴をこぼした直後である。


 コンコン、と後方の扉がノックされた。


「入れ!」


 シグルドが大声で許可すると、執事が慌てた様子で部屋に入ってきた。


「し、失礼します! 大至急、ベルモンドさまにお伝えしたいことが――」


 ゾワッとシグルドの背筋に悪寒が走る。


 今まで執事が慌てた様子など一度も見たことがなかったからだ。


「おい、一体何があった?」


「はい。実は……」


 執事は額から大量の脂汗を流しながら口を開く。


「――――ッ!」


 シグルドは椅子から転げ落ちそうになった。


 それほど執事が持ってきた報告は凄まじい内容だったからだ。


「あら? ボイドじゃないの。どうしてこんなところに?」


 放心していたシグルドは我に返った。


 声のしたほうに顔を向けると、そこには無傷のベルモンドが立っていた。


 蟲毒コロシアムに通じている扉が開いている。


 ということは、ベルモンドは五分ぐらいで戦魔の森の魔物三体を倒したということか。


 いや、それよりも――。


「ほらほら、ちゃちゃっと話しなさいな。どうして執事のあなたがこんな場所に来たの?」


 城主の命令には絶対服従。


 なのでボイドは正直に答えた。


「モーリスさまがレジスタンスの人間たちに捕らえられたそうです。それだけではありません。モーリスさまが統治されていた街の自治権もレジスタンスに奪われたとか……」


 シグルドの耳に「ピキッ」という音が聞こえたような気がした。


 おそるおそるベルモンドの顔色を窺うと、ご機嫌だった表情が一変していた。


 顔中に血管が浮き出ており、両目も肌が粟立つほど血走っている。


「おい、もっと詳しく聞かせろ」


 女口調から男口調になったベルモンド。


 それは、ベルモンドが本気で怒りを露にしたときの兆候だった。


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