第五話 異能者たちの出会い
空心はあまりの凄惨な光景に言葉を失った。
現在、空心の目に映っているのは、一つの小さな村が襲撃されている信じがたい光景である。
緑色の小鬼たちを退治してから十数分。
空心は【韋駄天】の力を何度も駆使してこの村にやってきたが、村に近づくにつれて空心の顔はどんどん歪んでいった。
大量の灰の匂いに混じって、濃密な血の匂いも漂ってきたからだ。
そしてようやく件の村に到着すると、そこが自分の見知った世界でないことを細胞レベルで実感させられた。
村は阿鼻叫喚の地獄絵図と化していたのだ。
いくつもある木造家屋は燃やされ、剣で斬り殺されたと思しき人間の死体が転がっている。
まだ生きている者も大勢いたが、大半は女子供と老人だった。
そんな人間たちの顔には恐怖の感情がへばりついていた。
そして全員が西洋人である。
着ている服も現代のものではなく、中世ヨーロッパの服装を想起させるものだった。
だが、その場にいた全員は空心のことを見ていない。
空心が現れたことに気づいていないのだ。
無理もない。
全員の視線は村の中央の広場にいた、赤い髪の少女に釘付けになっていた。
年齢は十六歳ほどだろうか。
明らかに粗末な服装の村人とは違い、動きやすい――いや、闘いやすそうな服装をしている。
それはさておき。
赤い髪の少女は、なぜかわからないが瀕死の状態だった。
地面に倒されながら何とか上半身だけを起こし、遠目からでも小刻みに震えているのがわかる。
あの震えは恐怖や怒りからくる震えではない。
何かしら手傷を負っているのだろう。
そんな赤い髪の少女から数メートル先に六人の男たちがいた。
一人は立派な馬に乗っている若い男だ。
漆黒の鎧の上から極彩色のマントを羽織り、右手には紫色に発光している宝石が埋め込まれた木製の杖を持っている。
他の五人の男は杖を持っておらず、中世ヨーロッパ時代を彷彿とさせる甲冑と剣を携えていた。
空心は思考した。
信じたくはないが、あの男たちが赤い髪の少女に危害を加えたのか?
現状から推測すると、そうとしか思えなかった。
だとすると、あの六人の男たちが村を襲った張本人なのだろう。
中でも一人だけ馬に乗り、剣や槍ではなく杖を持っていることから、あの若い男が魔法使いであり他の五人の男たちの首領なのかもしれない。
などと考えていると、五人の男たちに動きがあった。
無精ひげを生やし、口からよだれを垂らしながら喜悦の表情を浮かべていた男たちは、赤い髪の少女にゆっくりと近づいていく。
まさか、と空心は思った。
あの男たちは赤い髪の少女をさらに傷つけようというのか。
空心が驚愕と怒りで全身を震わせると、一人の男が腰に帯びていた剣を抜く姿が飛び込んできた。
直後、空心は無意識に「おやめなさい!」と叫んだ。
「何だ、てめえは?」
若い男の言葉で、全員の視線が空心の身体に突き刺さってくる。
それでも空心は微塵も動じない。
逆に己を鼓舞するため、錫杖の石突き部分で地面を強く突いた。
シャリンッ、と甲高い音が周囲に響く。
「私の名前は長峰空心と申します。あなたたちは魔法使いとやらですか?」
しんと静まったのも数秒。
すぐに五人の男たちは大声で笑いだす。
「おいおい、何だよあのハゲは!」
「変な格好しやがって馬鹿じゃねえのか!」
男たちが空心を指さして笑っている中、空心は馬鹿にされて腹を立てることよりも別のことを考えていた。
男たちの言葉がはっきりと理解できる。
西洋人の見た目をしている男たちの言葉が、日本人が話す日本語ほどに流暢に聞き取れたのだ。
これが大日如来に与えられた【神々の加護】の一つ――異世界の言語を理解できる力のおかげなのだろう。
ならば言葉が通じない魔物を相手にするよりもずっと楽だった。
けれども、今は暢気に話し合いをする気はない。
空心は錫杖を地面に突き刺して固定すると、両手が自由になった状態で韋駄天の真言を唱えた。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ」
唱えるや否や、空心の身体がシュンと消えた。
「はっ?」
騎士の男たちが呆ける横で、空心は地面に倒れていた赤い髪の少女の元に一瞬で移動。
何食わぬ顔で赤い髪の少女を抱きかかえると、再び韋駄天の真言を唱えて元の場所に一瞬で戻った。
「じゃ、ジャイロさま! あいつも〈異能〉持ちですぜ!」
騎士の男たちは慌てふためくが、空心はまったく意に介せず赤い髪の少女に笑みを向ける。
「大丈夫ですか?」
優しく問うと、赤い髪の少女は唖然としながら「あなたは?」と訊き返してくる。
「御仏に力をいただいた僧侶です」
そう答えると、空心は赤い髪の少女をそっと地面に下した。
ひとまず赤い髪の少女を悪漢たちから引き離すと、続いて空心は表情を引き締めてジャイロたちを睨みつける。
「私の言葉がわかるのなら答えていただきたい。あなたたちがこの村を襲った魔法使いたちですね?」
「魔法を使えるのは俺だけだ。カスール地方の領主――モーリス・プルストンさまの部下である、このジャイロさまだけな」
馬上にいた若い男が得意気な顔で応えた。
「モーリスは本当の領主じゃない! カスールの本当の領主はトマス・バーンズさまよ!」
ジャイロと空心の会話に割って入ったのは、赤い髪の少女だった。
はんっ、とジャイロは鼻で笑った。
「バーンズ家なんてとっくに滅びてんだろうが! 当主も家族も皆殺しにされてな!」
「お前らが殺したんでしょうが!」
赤い髪の少女の怒りは相当なものだった。
それこそ炎のような赤い髪が、風もないのに揺らめくほどに。
「何だ小娘。てめえ、もしかしてバーンズ家の関係者か……いや、まさかレジスタンスの」
ジャイロは険しい表情でつぶやくと、「おい、てめえら」と騎士の男たちに声を発した。
「その小娘の手足を切り落とすのはやめろ。その代わり、そいつはモーリスさまの元へ連れていく。もしかすると、その小娘はレジスタンスの関係者かもしれねえ」
レジスタンスという言葉を聞いて、騎士の男たちは見るからに動揺する。
一方、空心にとってジャイロがどんな言葉に反応しようと関係なかった。
「話はわからないがわかりました」
空心は錫杖の石突きで地面を突き、シャリンと音を響かせる。
「どうやらあなたたちは人間の皮を被った外道のようですね。そんな外道に説教などをしても意味はないでしょう。ならば――」
空心は「オン・アビラウンケン・ソワカ」と唱えた。
すると丹田に異様な熱を感じ、その丹田から顕現した黄金色の光で全身が包まれる。
大日如来の真言は、異世界で物理的な力を顕現させる発動条件。
そして空心は、その発動条件を満たして光明真言を唱えた。
「オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウンッ!」
空心の光明真言は、物理的な衝撃波となってジャイロたちに放たれる。
「ぐふっ!」
「がはっ!」
「ぎょえっ!」
「があああっ!」
「ごはっ!」
黄金色の衝撃波を食らい、五人の騎士の男たちは戦闘不能になった。
全員とも白目をむきながら、蟹のように泡を吹いて地面に倒れる。
しかし――。
「くっ!」
ジャイロだけは別だった。
馬上からは吹き飛ばされたものの、猫のような敏捷な動きで地面に片膝をついて着地する。
さすがは魔法使いといったところか。
光明真言の力を受けても平気なのは、魔法という不思議な力を有しているからかもしれない。
空心が冷静に現状を把握していると、一方のジャイロは杖を利用して立ち上がる。
「てめえ、今の力は何だ!」
ジャイロは余裕だった表情を消し、杖の先端を空心に突きつけた。
「〈異能〉の力じゃねえ。ましてや魔法でもない……このハゲ野郎、てめえは一体何者だ!」
「私の名前は長峰空心。御仏に力をいただいた真言宗の僧侶。そして――」
空心は毅然とした態度で二の句をつむぐ。
「あなたを調伏する者です」