第四十話 信心力に燃ゆる初出陣
武運を祈る。
そう言われた空心は「ありがとうございます」と真剣に返した。
「ご安心ください、マリアさん。私はまだまだ御仏の境地には至っていない未熟者。最初から命を捨てにいくつもりはありません」
空心は他の人たちを見回す。
「どうか私が討ち漏らした魔物のことをよろしくお願いいたします」
背筋を伸ばし、空心は願いを込めて微笑む。
「お任せください」とエリサ。
「御使いさまもお気をつけて」とアクエラ。
「しゃーない。これも貸しやで」とラピス。
「クレストの騎士の実力をお見せしましょう」とユーシア。
他のレジスタンスのメンバーたちも空心に声をかけ、礼儀をわきまえながら力強く激励する。
空心は全員の熱い視線を受け、さらに身体の底から力が湧いてくるのを感じた。
人を信じ、そして逆に信じられる力。
信心力。
今の空心は、先ほどよりもさらに強い存在になっていた。
「オン・アビラウンケン・ソワカ」
そんな状態で大日如来の真言を唱える。
ゴゴゴゴゴゴゴゴ――――ッ!
空心は目を見張った。
やはり自分の予想は当たっていた。
丹田から噴出した黄金色の光は、以前よりも迅く強く空心の全身を覆っていく。
その勢いは近づく者を跳ねのける小型の竜巻のようだ。
これならば、戦魔の森から押し寄せている魔物たちと対峙できる。
空心は魔物たちの方向を見据え、韋駄天の真言を唱えた。
「オン・イダテイタ・モコテイタ・ソワカ!」
空心はダンッと地面を蹴った。
蹴った場所が大きく凹み、大量の土煙を噴出させながら空心の身体が消える。
そう周囲の人間が見えたほど、空心は一足で十メートルは高速移動しながら魔物たちの元へと急ぐ。
やがて空心は立ち止まった。
韋駄天の真言を唱えてから一分もかかっていないが、すでにオアシスは後方で小粒ほどの大きさぐらいにしか見えない。
空心はそれぐらいの距離を一気に移動したのである。
「さて――」
空心は自らを鼓舞するため、錫杖の石突き部分で強く地面を突いた。
シャリンッ!
澄んだ音が耳朶に響く。
気持ちが落ち着き、魔物と一戦交える覚悟が完全に決まる。
ドドドドドドドドドドド――――ッ!
体感的に震度四ぐらいの強震が足元から伝わってくる。
同時に漂ってくる強烈な獣臭と死の匂い。
やはり、魔物たちはここで絶対に食い止めなばならない。
「オン・アビラウンケン・ソワカッ!」
再び大日如来の真言を唱え、先ほどよりも聖なる光の勢いを強める。
そして、空心は魔物の群れに対して言い放った。
「ここから先は絶対に行かせません!」
बंबंबं
クウシンの姿が消えた直後、爆風が押し寄せてきた。
戦闘の素人のラピスは何もできずに佇んでいたが、爆風が直撃する前にユーシアが庇ってくれたおかげで吹き飛ばされずに済んだ。
「な……何が起こったんや?」
咄嗟にユーシアに抱き着いていたラピスは、誰に言うでもなく独りごちる。
「し、信じられません」
ラピスはハッとすると、ユーシアの顔を見上げた。
ユーシアは魔物の群れの方角を見つめ、大きく目を剥いている。
それだけではない。
ユーシアは全身を小さく震わせていた。
恐怖から来る震えではなかっただろう。
それは驚愕から来る震えだった。
「……あの黄金色……聖なる光……まさか……本物の……」
ユーシアはブツブツと意味不明な言葉をつぶやいている。
「ユーシアはん、あんたの【聖眼】で何か視えたんやな?」
【聖眼】とは、ユーシアが持つ〈異能〉の名前だ。
「はい、この眼ではっきりと視えました。あの方――ナガミネさんの全身に渦巻いていた強く大きな聖なる力が……あれは一般的な〈異能〉の力とは一線を画すものです」
「まさか、あんさんよりも強いんか?」
ユーシアは深呼吸して荒くなっていた息を整える。
「単純な戦闘力ならば今のわたしのほうが上でしょう。あの方は戦闘者というよりも聖職者の類……ですが、それも今だけです。あの方はこれからもっと強くなる。それにあの方の持つ力は、もしかすると大司教さま――いえ、神教皇さまに匹敵するかもしれません」
「――――ッ!」
ラピスは言葉を失った。
クレスト聖教会の大司教クラスでも凄まじい力を持つと聞いているのに、その上の存在である神教皇に匹敵する力など想像もできない。
しかし、ナガミネ・クウシンと名乗った禿頭の僧侶が常人でないことはよくわかった。
さっきもそうだ。
クウシンが何やら独特の呪文を唱えると、地面を大きく凹ませて爆風を起こすほどの勢いで魔物の群れに突っ込んでいったのである。
いや、あれは突っ込んでいくという生温い表現では表せない。
まるで極限まで弦を引き絞った強弓から放たれた矢のように、ほんの数十秒で小粒のような大きさになる位置まで移動していったのだ。
あんな芸当は〈異能〉持ちでも不可能なのではないか。
だとしたら、あのクウシンは本物の神から遣わされた人間を超えた存在――。
くそっ、とラピスは舌打ちした。
(こんなとき、うちに【鑑定】の〈異能〉があったらよかったんやけどな)
【鑑定】の〈異能〉を持っていれば、クウシンが本物の神の御使いなのかどうか見抜けただろう。
【鑑定】。
それは〈メディチエール商会〉を立ち上げた初代当主が持っていたという、商人ならば誰でも欲しがる〈異能〉の一つだ。
メディチエール家に伝わる口伝によると、【鑑定】の〈異能〉を発現した者は動物、人間、魔物など、対象者の色々な情報を知ることができるという。
嘘ではない。
メディチエール家の初代当主は弱小冒険者パーティーの荷物持ちをしていたが、その仕事の中で【鑑定】の〈異能〉に目覚め、円満に冒険者パーティーを抜けたあとは個人商店を始めた。
その後、これまでに冒険者パーティーで培った経理の知識や交渉術の土台を元に、【鑑定】の〈異能〉をフル活用し、今では誰もが知るメディチエール大商会へと発展させた。
だが、メディチエール家の歴史の中で初代当主以外に【鑑定】の〈異能〉を発現させた者は一人もいない。
一般的な〈異能〉持ちの中でもそうだ。
父親や兄妹たちも各国で商売をしているが、今まで【鑑定】の〈異能〉を持った人間に出会ったことは皆無だという。
それほど【鑑定】の〈異能〉はレア中のレアであり、もしもメディチエール家の次期当主候補の中で【鑑定】の〈異能〉を発現した者がいれば、その時点で間違いなく次期当主になれる。
(あの兄さんがホンマもんの神の遣いなら、魔族と取引しとる場合ちゃう。レジスタンスにたらふく恩を売っておいたほうが絶対にうちの将来のためになる……せやけど、それは事実だった場合や)
そう思いながら、ラピスは小粒ほどの大きさのクウシンを見つめた。
クウシンは本物なのか偽物なのか。
その答えがすぐにわかることになるとは、このときのラピスには知る由もなかった。




