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第四話    不思議な格好と禿頭

 マリア・ベアトリクスは、大剣を正眼に構えて闘志をみなぎらせていた。


 年の頃は十六、七歳ぐらい。


 きめ細やかな肌に端正な顔立ち。


 まだ幼さが残っているものの、相手を睨みつけている眼差しからは一流の剣士の風格が漂っている。


 マリアは現在進行形で襲撃されているエルデン村の人間ではない。


 着ている服装も清潔感のあるシャツとズボン。


 そしてシャツの上からは雨よけや泥よけに活用できる外套を羽織っており、両手で握っている大剣は凄まじく分厚くて大きい。


 百六十センチほどのマリアの身の丈を上回る代物だった。


 マリアは珍しい〈異能(スキル)〉使いの剣士でありながら、様々な依頼を請け負う冒険者だった。


 では、なぜマリアは襲撃されているエルデン村にいるのか。


 理由は一つ。


 このエルデン村の近辺には上質な薬草が多く存在していて、マリアはその薬草の一部を採取するクエストを請け負っていたのだ。


 なので本来は薬草を採取する以外のことは必要ない。


 たとえ村が何者かに襲撃されたとしても、自分には関係ないことだと無視することもできた。


 しかし、マリアは無視しなかった。


 エルデン村には過去に何度か休憩のために立ち寄らせてもらったこともあるが、亡き父親の教えがマリアの足をエルデン村に向かわせた。


 ノブレス・オブリージョ。


 気高き地位にいる人間は、立場の弱い民たちを助ける義務がある。


 たとえそれが魔族に滅ぼされた没落貴族だとしても、その精神は決して忘れてはならない。


 そして村を襲撃した相手は、憎き魔族の一人だ。


 この国にいた多くの貴族たちを皆殺しにし、自分たちを魔法が使える新たな貴族――魔族と呼称している悪逆非道な連中。


 そんな外道どもの悪行を見過ごすわけにはいかない。


 実際、今のエルデン村を見れば普通の冒険者でも怒りが湧いてくるはずだ。


 普段は狩りや薬草採取で生計を立てている、五十人ほどの小さな山村。


 村全体は魔物や害獣避けに柵が設けられ、村の男たちは狩猟で鍛えた狩りの技術と肉体があるので、ゴブリンやトロール程度の魔物なら余裕で撃退できる。


 ところが今のエルデン村の現状は悲惨の一言だった。


 あちこちの柵は打ち壊され、木造の家は大量の炎であぶられている。


 死傷者も多く出ていた。


 地面には勇敢に戦って返り討ちにあったと見られる男たちの亡骸が横たわり、ゴウゴウと燃える炎の音に混じって女子供の悲鳴も聞こえてくる。


 他の村人たちはあまりの恐怖で逃げることもできず、固唾を飲んでマリアたちを見据えていた。


「あはははははッ! いいねいいね、面白え奴が現れたじゃねえか!」


 そんなエルデン村を絶望と恐怖に陥れたのは、マリアの数メートル先にいた立派な馬に乗った若い男だった。


 おそらく二十代半ば。


 漆黒の鎧の上から色彩鮮やかなマントを羽織り、手綱(たずな)を握っていない右手には紫色に光る宝玉が埋め込まれた杖を持っていた。


 そして若い魔法使いの周囲には、甲冑を身にまとった五人の騎士たちがいた。


 あの者たちは魔法使いではなく、若い魔法使いの身辺警護役の騎士なのだろう。


 だが、マリアがよく知っていた正規の騎士たちではなかった。


 この国にいた正規の騎士団は魔族どもに滅ぼされてしまったので、あの者たちは騎士団の格好をしているだけのならず者たちである。


 マリアはぎりりと奥歯を軋ませた。


 憎き仇である魔法使いと対峙したことで、マリアの脳裏に忌まわしい過去の記憶がよみがえってくる。


 魔族と闘うために自分を逃がし、そして殺された元領主の剣術指南役であった父親の最後の姿が――。


 マリアは大剣を握る両手に力を込めた。


 背中まで伸びている炎のように赤い髪が、風もないのに揺れ始める。


「クズどもを殺すのにも飽きていたところだ。おい、小娘。てめえは見たところ〈異能(スキル)〉使いの冒険者だな。だったら、このジャイロさまが特別に相手をしてやる」


 若い魔法使い――ジャイロは白い歯をむき出しにして笑った。


(わたしたちの国を蹂躙(じゅうりん)した外道が何をほざく!)


 この瞬間、マリアは逃げるという選択肢を完全に排除した。


 魔族と勝手に闘うのは組織の命令で禁止されているが、そもそもマリアが所属している対魔法使いレジスタンス組織――【反逆の風】は魔族どもから国を取り戻すために結成されたのだ。


 もちろん、交渉などというものは一切なし。


 力で国を奪われたのなら、今度は自分たちが力で国を取り戻す。


 そのために表向きは冒険者として活動していたマリアだったが、こうして魔族が残虐行為をしている現場を目にしてしまった以上は仕方がない。


 幸運にも魔法使いは一人。


 護衛のならず者たちも腕はそこそこだが、やはり一番危険なのは魔法使いであるジャイロだ。


 村の惨状から推測して、使う魔法は炎属性に違いない。


 そして炎属性や水属性の魔法ならまだ何とかなる。


 マリアが手にしている大剣は無銘だが、身幅と厚みはちょっとした盾にもなる。


 相手が炎属性の魔法を使ってきても、自分の〈異能スキル〉である【怪力】を駆使して大剣を盾代わりに使用して距離を詰める。


 間合いに入ったらこちらのものだ。


 あとは大剣の長さと重さを利用してジャイロを一刀両断する。


 などと考えたとき、ジャイロは杖の先端をマリアに差し向ける。


「燃えやがれ――〈火爆(エクスプロージョン)(・アロー)〉ッ!」

 

 ジャイロが魔法を発動させるなり、杖の先端から矢の形をした炎が出現。


 その炎の矢は、空気を切り裂く勢いでマリアに向けて放たれる。


 マリアは咄嗟に大剣の腹で防御する形を取った。


 あの炎の矢を防いだあとは、一気にジャイロへ間合いを詰めて斬る。


 そんなマリアの作戦は一蹴された。


 ドゴオオオオオオンッ!


 大剣の腹で炎の矢を防いだ瞬間、炎の矢は凄まじい轟音とともに爆発したのだ。


 マリアは悲鳴を上げることもできなかった。


 大剣は爆発の衝撃で宙に舞い、マリア自身も爆風で吹き飛ばされる。


 マリアの身体は地面に叩きつけられ、数メートルも転がった末にようやく止まった。


「がはッ!」


 うつ伏せの状態で何とか上半身だけを起こしたマリアは、血が混じった吐しゃ物を吐き出す。


(――何て威力なの)


 絶望とはまさにこのことだ。


 自分の〈異能(スキル)〉である【怪力】を十分に発揮し、魔法使いの攻撃を防ぐ意味合いも兼ねた大剣だったが、まさかこれほどの威力があるとは想像を超えていた。


「おいおいおい、威勢よく現れたわりには他愛もねえ。たった一発で戦意喪失かよ。まあ無理もねえか。王都から送られたばっかの新型の〈魔薬〉を飲んできたからな。同じ魔法でも今までより一ランクは威力が上がっているはずだからよ」


 マリアは表情を歪ませた。


 激しい耳鳴りでジャイロの言葉が上手く聞き取れない。


「まあ余興としてはこんなもんか……おい、てめえら。あの小娘はお前らの好きにしていいぞ。だが、相手は腐っても〈異能(スキル)〉持ちだ。念のために両手足を切り取ったあとに楽しめよ」


 ならず者の騎士たちは「うひょう」「まじっすか」「くう、そそるぜ」と下卑た声を発しながらマリアに近づいていく。


 もちろん、マリアは相手の表情から自分がどんなことをされるのか察した。


 だからこそ、全力で身体を動かそうとした。


 だが、強烈な意志とは違って肉体は上手く言うことを聞いてくれない。


(情けない。わたしの人生はこんなところで終わるのか……)


 悔いがないかと言えば噓になる。


 国を取り戻すため、組織の仲間とともに命を張って戦った末の死なら後悔はない。


 けれども、この場所での死は無駄死に等しかった。


(――どうせ死ぬなら)


 マリアは渾身の力を込めて身体を動かそうとする。


 どうせ死ぬのなら一太刀。


 せめて魔法使いに一太刀でも浴びせて死にたい。


「さあ、お嬢ちゃん。まずは手足を綺麗に切り落としてやる。そのあとは安心しな。ちゃんと止血してから死ぬまで犯してやるからよ」


 一人の騎士が長剣を抜き放つ。


(お願いします、女神セレスさま。せめてもう少しだけ身体を動かせる力をわたしに――)


 与えてください、と願おうとしたときだった。


「おやめなさい!」


 どこからか凛然とした声が聞こえた。


「何だてめえは?」


 ジャイロや騎士たちの視線がマリアから外された。


 釣られるようにマリアは、ジャイロたちが見ていた方向に顔を向ける。


 マリアは大きく目を見開いた。


 視界に飛び込んできたのは、不思議な格好をした禿頭の男だった。

 

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