第三十五話 商人娘と聖なる女騎士
「ようこそおいでくださいました。【反逆の風】の方々ですね」
空心たちがオアシスに辿り着くと、あらかじめ待っていたであろう一人の若い男に笑顔を向けられた。
白と青を基調とした、清潔感のある衣服と外套を羽織った騎士である。
左腰に帯びていた長剣が、それを明確に示していた。
「歓迎してくださり、誠にありがとうございます。すでに早馬でお知らせしておりましたが、内容はご確認いただけましたでしょうか?」
応対したのはエリサである。
現在でも【反逆の風】のリーダーはエリサだ。
とはいえ、エリサが指揮する【反逆の風】の御旗は空心だった。
そして御旗の仕事は生きて存在し、メンバーたちの活動力を高めることにある。
だからこそ、空心は表の取引事に干渉しない。
けれども、レジスタンスの方向性を決める大事な場には必ずいるということは決まっていた。
空心は決してお飾りの御旗ではなく、影のリーダーとしての役目を背負っていたからだ。
騎士の男は小さく頭を下げる。
「もちろんです……ただし、あなた方との取引に応じるかは私たちにはわかりません。私たちはラピスどのの単なる護衛ですので」
「不躾で申し訳ありませんが、あなたはクレスト聖教会の方ですよね? それもただの信徒ではない。もしやクレスト聖騎士団の方ですか?」
質問したのはマリアだ。
騎士の男は「いかにも」とうなずいた。
だが、それ以上は答えず「さあ、ラピスどのがお待ちです。どうぞ、こちらへ」と振り返って歩き出す。
黙ってついて来いということだろう。
「御使いさま、行きましょう」
エリサの言葉を合図に、空心たちも歩を進める。
やがて騎士の男の案内で、簡素な天幕の前に到着した。
天幕の出入り口の前にも同じ格好の騎士がおり、空心たちを案内した騎士の男を見て無言でうなずく。
騎士の男たちは出入り口の左右に別れ、天幕を護るように直立不動になる。
それだけで空心たちは理解した。
この天幕の中に件の取引相手がいる、と。
「失礼いたします」
天幕の中に先に入ったのはエリサだ。
「クウシンさま」
マリアに促され、空心が二番目に中へと入る。
もちろん、「失礼いたします」と最低限の挨拶をするのも忘れない。
続いてアクエラとマリアが天幕の中に入ってくる。
しかし、アクエラとマリアは気を抜いてはいない。
マリアはいつでも背中の大剣を抜ける覚悟を決め、弓手だというアクエラも左手に弓を持っていた。
当然ながら、背中に十数本の矢を収めた矢筒を背負っている。
「ようこそ、おいでくだはりました。道中、何ぞ凶悪な魔物に襲われはしまへんでしたか?」
天幕の中央には簡易なテーブルが置かれ、椅子に座っていた少女が破顔している。
彼女が噂のラピス・メディチエールなのだろう。
確かに十代前半の若さをしている。
しかも和服に似た服を着ており、喋っている言葉は関西弁だ。
だが、これはあくまでも空心には関西弁に聞こえるだけで、マリアたちにはもっと別の言葉に聞こえているのかもしれない。
それはさておき。
空心はラピスの後方に佇んでいる美女に顔を向ける。
エリサも気になったのだろう。
寡黙な印象を感じさせる美女に対して視線を移した。
「外で待機されている方もそうですが、ラピスどのはクレスト聖教会と深い繋がりがあるみたいですね」
「ああ、うちの後ろにおるユーシアはんのことでっか? 気にせんでおくんなはれ。確かにメディチエール家とクレストの方々とは長くて深い付き合いがおますのんや。せやけど、今回の取引事には一切口出しはせえへんですよって。ただ、この国に来る道中のうちらの護衛として働いてくれとるんですわ……そうやな、ユーシアはん」
ユーシアと呼ばれた美女はこくりとうなずいた。
「ユーシアと申します。ラピスさんのおっしゃられるように、ここにいる我らクレスト聖騎士団の任務はラピスさんを始めとした隊商の護衛です。取引事には口を挟みませんので、どうぞご安心を」
直後、ピリッと空気がひりついた。
そのひりつきは間違いなくユーシアから放たれたものだ。
空心は理解した。
ユーシアが取引事に口を挟まないというのは事実だろう。
しかし、もしも取引中にきな臭い事態に陥ったのなら、すぐに腰の長剣を抜いて自分たちを斬りつけてくる。
そんな覚悟と雰囲気が全身から感じられた。
エリサもそれはわかっていながら「これはご丁寧に」と頭を下げる。
「あらためてご挨拶させていただきます。わたくしの名前はエリサ・バーンズ。魔族と敵対する【反逆の風】のリーダーを務めさせていただいております。そして後ろの二人はマリアとアクエラ。ともに【反逆の風】のメンバーであり、十七歳と言えども二人はれっきとした戦力でもあります」
「ほ~、女性でまだお若いのにレジスタンスの戦力とは立派なもんですな。うちも見習いたいものですわ……ってうちのほうが年下やないかい!」
ラピスはユーシアのほうを向きながら、手を振って盛大にツッコミを入れる。
だが、これに反応する者は皆無だった。
現代日本でお笑い番組を観ていた空心もそうである。
こんな場面でお笑いの一人ノリツッコミをやられるとは思わなかったので、他の三人と同じように気まずい雰囲気で立ち尽くすことしかできなかった。
「やっぱり、所変われば笑いも変わるんやな。このノリツッコミに誰もツッコんでくれんとは悲しいで……そう思わんか、ユーシアはん」
「いえ、今のはラピスさんが悪いと思いますよ。宴席ならばともかく、これから命を懸けた取引をする前に誰もお笑いなど求めません」
ラピスは「そういうもんかの」と唇を尖らせる。
だが、すぐにラピスは表情を引き締めて空心たちを見渡す。
「まあ、ええわ。そんじゃあ、ちゃっちゃと仕事の話に入りまひょうか……と言いたいところやけど」
ラピスは空心に視線を固定する。
「何や一人だけまったく毛色も雰囲気も違う兄さんがおるのう。あんた誰や?」
じっとラピスに見つめられる空心。
十三歳の少女とは思えないほどの威圧感が込められた眼差しである。
けれども、空心はまったく動揺せずに応えた。
「長峰空心と申します。どうぞお見知りおきを」
背筋を伸ばし、空心はきちんと礼をする。
「その頭にその服装……あんさん、ヤマト人の僧侶か?」
ラピスの問いに、空心は小さく首を左右に振った。
「私はヤマト人とやらではありません……その……何と言いますか」
空心がどう自己紹介するか悩んでいると、エリサが真顔で言い放った。
「多少似ているところはありますが、このお方はヤマト人ではありません。このお方は神の国から魔族を討ち滅ぼすために遣わされた、本物の神の御使いさまです」
ラピスは瞬きを忘れて固まった。
そして、無意識に声を漏らす。
「…………は?」




