第二十三話 誰一人として見捨てず
「……これはひどい」
フードを被った空心が冒険者ギルドに駆けつけると、想像以上に大変なことになっていた。
正面の扉は派手に壊され、外からでも中の様子が覗き見える。
まるで建物の中だけ嵐が過ぎた状態だった。
テーブルや椅子は根こそぎ壊され、隣接されていた酒場の棚に置かれていた酒瓶も消えている。
おそらく床に落とされて割られたのだろう。
それだけではない。
鼻につくような焦げ臭さもあった。
表からは確認できなかったが、もしかすると裏手のほうで何かが燃やされたのかもしれない。
空心の脳裏に一人の魔法使いの姿が浮かぶ。
エルデン村で悪逆非道の限りを尽くしていたジャイロという魔法使い。
あの魔法使いは強力な火を操る魔法使いだった。
間違いない。
ゴンズと一緒にジャイロもここに来て、冒険者ギルドの中を力任せに捜索したのだ。
捜索対象はもちろん空心である。
そして空心がいないことがわかると、鬱憤を晴らすように調度品を壊したり火の魔法で建物の一部を燃やしたに違いない。
「クウシンさま……」
隣にいたマリアが悲しそうな顔を向けてくる。
「私のことよりも大事なのは冒険者ギルドの方々です。それに肝心の魔族や兵士たちもいません」
空心とマリアが到着したのは少し前だ。
街を巡回していたレジスタンスのメンバーから冒険者ギルドが襲われたという報告を聞いたあと、空心はいてもたってもいられなくなってアジトから飛び出した。
冒険者ギルドが襲われたのは、間違いなく自分のせいだ。
魔兵であったゴンズが、上司である魔族たちに冒険者ギルドでの一件を報告したのだろう。
そう考えた空心は、アクエラたちがひどい目に遭う前に助けようとアジトを出た。
しかし、一足遅かった。
冒険者ギルドにアクエラたちや魔族たちの姿はなかった。
火事を見守る野次馬のような冒険者や通行人たちが外にいるのみ。
これだけでもわかる。
アクエラたちは魔族にどこかへ連れて行かれた可能性が高い。
「マリアさん、アクエラさんたちがどこへ連れて行かれたかわかりますか?」
「はい、ほぼ間違いないと思いますが……念のため聞いてきます」
マリアは野次馬の一人に近づき、事情を聞いてすぐに戻ってくる。
「やはりそうです。アクエラたちは大広場のほうへ拘束されて連れて行かれたそうです」
「拘束……」
空心のつぶやきにマリアがうなずく。
「モーリスたちはアクエラたちを尋問の末に処刑する気です。大広場はマーケットの中心地であると同時に、市民の娯楽として大々的に処刑をする場所でもありますから」
街の大広場が処刑場としても使われていたことは、空心も世界史の授業で習った記憶がある。
大日如来の説明どおり、この異世界は空心がいた世界の中世ヨーロッパに限りなく近いのだろう。
とはいえ、すべてが似ているとは言えないはずだ。
「待ってください。処刑というのはそんなに早く行われるものなんですか? もしもアクエラさんたちが処刑される前提で捕らえられたとしても、普通は裁判官などの取り調べや、罪人を馬に乗せて市中を引き回したりと、処刑前の手順が洋の東西を問わずあったはず」
うろ覚えだった知識を口にすると、マリアは「普段ならばそうです」と答えた。
「洋の東西というのはわかりませんが、以前のセレスティアの王国法ではそうでした。裁判で罪人の処刑が確定すると、市庁舎の前で裁判官たちによる処刑の日時が発表されます」
マリアは続きの処刑方法も教えてくれた。
処刑当日の大広場には正装した市長や憲兵たちも集まり、音楽隊によるパレードが行われる。
処刑は見せしめと娯楽の要素があるからだ。
なので罪人は処刑される前に馬に乗せられ、市民に顔を見せるように市中を引き回された挙句、再び大広場に戻ってきて大々的に処刑される。
だが、これはあくまでも以前のセレスティア王国の処刑方法だという。
マリアが拳を強く握りながら言う。
「今のセレスティアでは魔族が法律です。たとえ誰もが認める冤罪だったとしても、魔族が死刑と言えば死刑になります。裁判もなく速やかに……です」
空心は怒りで全身を震わせる。
何という暴挙だ。
そんなものは裁判とは絶対に言えない。
「クウシンさま、ここはひとまずアジトに帰りませんか?」
空心は目を見張った。
「おそらく、アクエラたちはクウシンさまとゴンズの件で咎めを受けているのでしょう。クウシンさまがいないので、代わりに責任を取るという形で……しかし、アクエラたちもレジスタンスのメンバーの端くれ。クウシンさまが本物の神の御使いさまだとわかった今、あなたさまを守るためなら喜んで命を差し出す覚悟のはず」
「私を生かすために……ですか?」
マリアは小さくうなずく。
直後、空心は「喝ッ!」と言い放った。
マリアはビクッと顔を上げ、険しい表情の空心と視線を交錯させる。
「見損ないましたよ、マリアさん。私は国を想い、民を想うあなたちレジスタンスの覚悟と気概に心を打たれて協力しようと思いました。しかし、たった一人の人間を生かすために他のメンバーを犠牲にする道理などありません。いや、あってはならない」
空心は続ける。
「私は神の御使いであると同時に、仏の道に生きる修行僧。たとえ今日出会った人たちであろうと、同じ志を持ったアクエラさんたちを見殺しになどできない。もしもそれを認めれば、私は僧侶どころか鬼畜にも劣る外道と化すでしょう」
空心は身体ごと振り返り、大広場があるほうを睨みつける。
「安心してください、マリアさん。アクエラさんたちは必ず私が助けます。そして万が一にも私が捕まったとしても、あなた方のことを吐く前に自ら命を絶ちますので」
本音を告げた瞬間、空心は大日如来の真言で全身に黄金色の光をまとわせる。
そして――韋駄天の真言を高らかに唱えた。




