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第二十一話  共に手を取り合う仲間

 ズブッという音とともに、エリサは背中から倒れて仰向けになる。


 短剣の刃渡りは十五センチはあったかもしれない。


 その短剣の刃が半分以上突き刺さり、傷口から流れ出た血で純白のシャツが見る見るうちに赤く染まっていく。


「何ということを!」


 空心は怒声を上げ、真っ先にエリサに駆け寄る。


「どうしてこのような馬鹿な真似をしたんですか!」


 空心が怒りを露にすると、エリサは苦痛に顔を歪めながら「も、申し訳……ありま……せん」と謝罪する。


 空心は歯噛みする。


 実はエリサの考えは理解できた。


 本気で魔法使いから国を奪還するためには、強力な御旗(みはた)が必要なのだろう。


 各地に散らばっているという、各レジスタンス組織を一つにまとめ上げるシンボル――中世ヨーロッパ時代に実在した、ジャンヌ・ダルクのような存在がである。


 すなわち、それはこの国に伝わっている神の御使いのこと。


 そして神の御使いは本物の力を持っていなくてはならない。


 魔法でも〈異能(スキル)〉でもない、それらを超えた神の領域に至る力が。


 空心は片膝をつき、錫杖を床に置いた。


「オン・アビラウンケン・ソワカ」


 大日如来の真言を唱え、全身に常人には不可視の黄金色の光をまとわせる。


 もちろん、これからが本番だ。


 空心は手刀にした左手を胸の前で固定し、右手の掌は水をすくうように上に向ける。


 そして――。


「オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」


 薬師如来の真言を唱える。


 すると、空心の右手の掌に薬壺が現出した。


療神(ゆしん)・薬師如来よ。この者の怪我を治したまえ。オン・コロコロ・センダリ・マトウギ・ソワカ」


 空心の真言に呼応するように、薬壺からは桃色の粘液がドロリと出てくる。


 あとはファガルの病気を治したときと一緒だ。


 スライム状の薬はエリサの全身を包み込むほど膜を広げる。


 一方、初めて空心の力を見た者たちは驚愕した。


 それも当然だった。


 空心の真言が響いた瞬間、瀕死だったエリサの身体に異変が起きたのだ。


 ズズズズズズズ…………


 体内に食い込んでいた刃が勝手に動き、まるで身体の中から誰かに押し上げられたように抜けたのである。


 それだけではない。


 破れたシャツはそのままだったものの、傷口自体は瞬く間に塞がった。


「痛みや違和感はないですか?」


 空心がエリサに尋ねる。


 数秒後、唖然としていたエリサが文字通り飛び起きた。


 自分が刺した腹部をまさぐり、傷の有無を確認する。


 薬師如来の力は本物だ。


 当然ながら傷跡などまったく残っていない。


 エリサは空心から十歩以上は離れると、再び平伏して全身を震わせる。


 それは決して恐怖からの震えではないだろう。


 なぜなら、後ずさるときにエリサの目元に涙が浮かんでいたのを空心は見逃さなかったからだ。


 エリサは今度こそ実感したのだろう。


 目の前の人物こそ、自分たちが望んでいた本物の神の御使いだと。


 ゆえにエリサは歓喜の涙を流した。


「「「「「「「「神の御使いさま!」」」」」」」」


 エリサが平伏すると、他のメンバーたちも次々と平伏する。


 やがてエリサがゆっくりと顔を上げた。


「どうかお願いいたします。我ら【反逆の風】にその神の力をお貸しください。その代わり、わたくしでよろしければ何でも差し上げます。命であろうと何であろうと」


 嘘ではないだろう。


 エリサは本気だ。


 もしも今、空心が「では死になさい」と命じれば、エリサは今度こそ躊躇なく命を捨てるに違いない。


 では、空心はエリサに対してそのような命を下すのか?


 答えは否である。


「私が学んだ仏の教えの中には、把手共行(はしゅきょうこう)という言葉があります」


 空心は立ち上がって微笑むと、合掌しながら静かに告げる。


「どんな苦行や目標も一人で達成することは困難で辛いもの。ゆえに同じ目標がある者同士、手を取り合って協力して行きましょう……そんな意味がある言葉です。そう、まさに今の私たちです」


 空心の言葉に全員が真剣に傾聴(けいちょう)する。


「私もレジスタンスの一人として、ぜひとも皆さんに協力したい。悪逆非道な魔法使いたちから、この国を皆さんの手に取り戻すのです。そのためには私も協力を惜しみません」


 時間にして数秒。


 オオオオオオオオオオオ――――ッ!


 メンバーたちの口から歓声が沸き上がり、その歓声は地下空間を激しく震わせる。


 中には力強く拳を突き上げ、エリサと同じく歓喜の涙を流している者もいた。


 そんな中、マリアの「静かに!」という声が響き渡る。


 空心はマリアに顔を向けた。


「どうしました?」


「クウシンさま、お静かに……」


 マリアの真剣な表情に空心は口を閉ざす。


 それは他のメンバーたちも同じだった。


 やがて天井の一部から音が鳴った。


 ドンドン……ドンドンドンドン……


 空心はハッとする。


 誰かが地下に入るための合図を鳴らしている。


「わたしが出ます」


 階段に一番近い位置にいたマリアが応対する。


 警戒心をむき出しにしながら階段を上り、「誰なの?」と合図の主に尋ねる。


「俺だ! リチャードだ!」


 マリアは急いで扉を開けた。


「どうしてあなたがここに? この時間は街の巡回中でしょう?」


 リチャードは「それどころじゃないんです!」と息を荒げながら叫んだ。


「冒険者ギルドがモーリスの魔兵たちに襲われています!」

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