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第十八話   神の御使いになる覚悟

『長峰空心の真言徳位(マントラ・レベル)が上がりました。空神(くうしん)・【虚空蔵菩薩(こくうぞうぼさつ)】の力が使用できます』


 無機質な声が聞こえたあと、空心の眼前の宙に一人の菩薩が現出した。


 豪華な装飾品を身に着けた菩薩だ。


 左手に光輝く(はす)の枝を持ち、右手は掌を下に向ける与願印(よがんいん)をしている。


 広大無辺の知恵と慈悲、そして鳥獣虫魚や諸天善神などに姿を変え、芸能や技能に関してご利益があるとされる有名な菩薩の一人。


 まさに虚空蔵菩薩である。


『我は虚空蔵菩薩。長峰空心よ、そなたの真言徳位(マントラ・レベル)は我を顕現(けんげん)できるまでに達した。ゆえに我の力の一部を授けよう』


 虚空蔵菩薩からは野太い声が発せられた。


『この異世界において、我はそなたに物質収蔵(ぶっしつしゅうぞう)の力を与えん』


 物質収蔵。


 まったく聞き慣れない言葉だったが、虚空蔵菩薩の説明を聞いて唖然とした。


 虚空蔵菩薩が言うには目の前の床や地面に亜空間へと通じる穴を現出させ、その穴に様々なモノを収納できるという。


 ただし収納できるのは非生物のみ。


 人間はおろか、小さな昆虫でも命ある生物を収納することはできない。


 そんな穴は最初は大人一人分くらいの大きさらしいのだが、信心力を高めていくにつれて巨大な城すらも収納できるほどの穴を現出させることも可能だという。


『それだけではないぞ。物質収蔵の力によって収納された生命を持たないモノは、その時点でお主の所有物となる。モノによっては本来の姿を取り戻し、また別のモノ同士が融合して新たな存在となる場合もある。そして、それらを再び放出させて自由自在に使うもよし。元の持ち主に返すもよし。すべてはお主の意志一つ』


 虚空蔵菩薩は鋭い視線を向けてくる。


『なれば悪心(あくしん)(もっ)て使うことなかれ』


 そう言うと虚空蔵菩薩は消えた。


 空心はしばし呆然とする。


 正直なところ、虚空蔵菩薩の異世界における力がよくわからない。


 非生物を収納する亜空間の穴とは何だろう?


 わからないことはまだある。


 亜空間の穴に入れた非生物が、なぜ自分の所有物になるのか?


 しかもあるモノによっては本来の姿を取り戻し、またあるモノによっては別の非生物と融合して新たな存在になるというのも謎だった。


 数秒後、悩んだ末に空心は一つの結論を出した。


 火天や韋駄天、薬師如来とは違って使いどころがわからない以上、しかるべきときが来るまで使わないでおこう――と。


「神の御使いさま、どうされました?」


 やがてアクエラが動揺した顔で訊いてくる。


 いきなり空心が何もない空中を見つめ出したので驚いたのだろう。


 空心は小さく首を振った。


「何でもありませんよ……それよりもお二人ともお立ちください。いつまでもそのように頭を下げられていては私のほうが困ってしまいます」


「しかし、恐れ多くも神の御使いさまと同じ目線でいるなど……」


 ファガルがおそるおそる口にする。


「私は真言宗の僧侶です。そんな大した存在ではありません」


「それは違います!」


 突如、大声で否定したのはマリアである。


「あなたさまは本物の神の御使いさまなのです……大した存在ではない、なんて言わないでください」


 振り返ると、マリアは服の裾を両手で掴み、悔しそうに下唇を噛み締めていた。


 空心はハッとする。


 つい現代日本にいたときの感じで応対してしまったが、ここは魔法や〈異能(スキル)〉という特殊な力が存在する異世界なのだ。


 そして自分が転生したこのセレスティア王国は、数か月前に悪逆非道な魔法使いたちによって国が乗っ取られたという傷を負っていた。


 国が傷ついたということは、国民も傷を負ったということ。


 しかも、その傷は致命傷に近い傷だ。


 空心は無自覚に出した自分の謙虚さを恥じた。


 マリアたちは今、まさに生きるか死ぬかの瀬戸際に立たされているのだ。


 それこそ、神の御使いの伝説を心の底から信じたいほどに――。


「申し訳ありません。前言を撤回いたします」


 空心はマリアとアクエラたちを交互に見る。


「私の名前は長峰空心。この国を悪逆非道な魔法使いたちから救うべく、女神セレスさまと昵懇(じっこん)の仲である大日如来さまのご加護を受けて遣わされた、本物の神の御使いです」


 堂々と言い放った直後、マリアも床に平伏した。


 一方、アクエラとファガルはさらに頭を下げる。


「ありがたいことです。ダイニチニョライさまという方がどんな神かは存じませんが、女神セレスさまと親しい間柄だということだけで、これまでの悔しさが洗われていくようです」


 そう言ったのはファガルである。


「そんな神の御使いさまに確認したいことがございます。先ほどマリアさまが口にしたことは本当でしょうか? 神の御使いさまは我らを勝利に導いてくれる――すなわち、神の御使いさまは我ら対魔法使いレジスタンス・【反逆の風】に加入していただけると受け取ってよろしいでしょうか?」


「ええ、そのとおりです」


 空心は大きく首を縦に振った。


「私は全身全霊であなたたちに尽力いたします……とはいえ、私はまだその対魔法使いレジスタンスの何たるかを知りません。ファガルさんとおっしゃいましたね? あなたがそのレジスタンスのリーダーなのですか?」


「違います。俺――いえ、わたくしは【反逆の風】のリーダーではありません。【反逆の風】のリーダーの名はエリサ・バーンズさま」


 ファガルは真剣な表情で二の句をつむぐ。


「魔族どもに殺された元領主――トマス・バーンズさまのご息女でございます」

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