レゾンデートルはかくありき ~転生したら俺が魔王直属の最強の英雄に!? 勇者と聖女がいる悪辣な帝国へ反旗を翻す~
「よう、クソ聖女」
横一線。
巨大で奇怪な剣を片手で振るい、天地に分かれる頭と胴体。
使い手である青年が血しぶきの先に捉えたのは、神々しさを身にまとった清廉な女性。
同年代と思われる彼女に声をかける彼だが、その声色は髪と同じ暗い黒と、瞳と同じ鮮烈な赤で染まっていた。
「神への挨拶は終わってるか? 今からそっちに行くってな」
「相も変わらず野蛮な人ですね、英雄さん。魔王の配下は、貴方のような人しかいないのですか」
英雄──そう呼ばれた青年の持つ剣は、一人の魂を食らっただけでは止まらない。 どれだけ不利に見えようとも、眼前の獲物を逃す理由はないのだから。
宵闇に満ちた空と大地。
四方八方に広がるは凶器の軍勢。砲煙弾雨は楽団を組み、奏者である兵士たちは、地平の彼方までくつわを並べている。
押し寄せる殺意の大波。背負うのは、眼前の敵に及びもしない少数の友軍たち。
状況だけを並べれば撤退戦であり、英雄は末尾を預かる部隊の殿。
無謀な吶喊、捨て身の囮、屍をさらして真の英雄へ。
そんな負の要素がダンスを踊っているも、事実は違う。
ゆえに青年の剣は颯爽と、聖女と呼んだ女性の部下たちの命を絶っていく。
「それはこっちの台詞だ。聖女だ、猊下だとアンタにケツ振る野郎ばっか。女に鞭打たれて喜ぶ変態しかいねぇのか、そっちは!」
「なっ……。彼らを侮辱するのも大概にしなさい! そちらこそ、魔王とデキてるという噂があるじゃないですか、この不潔!」
「どういう耳してんだ、クソ聖女が。風通しの悪い帝都は、空気も全部腐ってんのか!?」
屈指の列強国家として名を馳せる大帝国。
その内政に難を呈し、革命の足掛かりとして国内に小国が興された現在。
革命国家による幾度目かの奇襲作戦が、この戦況。
帝国の象徴の一つである聖女は、今まさにその奇襲の対象として、抱える部隊の体勢を整えている最中だった。
そこへ一人、急襲をかけた英雄の活躍は一騎当千。
乱れた隊列に風穴を開け、最高指揮官である聖女の首元まで迫ったため、帝国側に動揺が駆け抜けていく。
「全軍に通達。部隊指揮を各最高階級者へ移行。私はこれより、麾下部隊を連れて英雄を討ちます!」
「一手、遅かったな。壊滅だ」
英雄が部下たちを狩る中、対応に迫られた聖女が取ったのは、預かった護衛部隊の各自迎撃の策。
戦地となったのは、聖女が身を寄せていた駐屯地。
地の利は帝国側にあり、護衛の任があったがために物資も程々。
であれば奇襲に対しては守りを固め、作戦の都合上、兵を少数とするしかない革命側を手堅く削っていくのが定石。
奇襲とは火薬による爆発だ。銃弾は放ってても、焚き火のように長時間は燃えられない。
時の経過こそ最大の弱点であり、堅実こそ憎き天敵。
だがそれは、あくまでも奇襲の速度に追いつければの話だ。
「これでッ……!」
「チェックメイトにはまだ早いですよ、愚かな英雄。私の部下たちを舐めないで下さい」
人外、いや生物として外れた挙動で戦地を駆ける英雄は、捉えどころのないゴキブリの速さと鮫の嗅覚で、塵ほどの隙をついて兵士たちを斬り捨てた。
残るは仕留め損なった数名だけ。だが仮に彼らが万全であっても、英雄に刃を通せる技量はない。
ゆえに、大剣はためらいもなく聖女へ飛翔する。
アップスタイルにされたガラスのような白銀の髪。
それを断つには血で塗れた剣は不相応であり、纏う華麗な衣装に対しても以下同文。
しかしそれこそがお似合いだとばかりに、長身の青年と同程度の大剣は、音を超えて聖女に食らいつく。
「下位権能、リジェネレイト。──強制行使」
英雄の赤と、聖女の青。
二つの瞳が重なったとき、紡がれた女性の言葉が異変をもたらした。
血袋となった帝国兵士たち。そのはずが一斉に傷が治癒され、絶命から原隊復帰していく。
数十にも及ぶ死者の蘇生。
それを刹那の内にこなした聖女は、肉薄した大剣に対し、身のこなしだけで回避を試みた。
生物ではありえない軌道の攻撃。しかし剣を振るう挙動は横薙ぎであり、ならばと剣の腹に自身を写すかのごとく体をひねる。
常人には、英雄の剣が聖女の体をすり抜けた。
そう映る一連の動作は、空中機動による斬撃と、その軌道に合わせた宙返りで終始する。
「……チッ!」
「各員、武器使用自由。聖女の名において、英雄討伐を命じます!」
長剣が抜かれた、銃器が構えられた。槍の矛先を向け、拳は常に握られる。
擬人化された殺意たちがくつわを並べ、注視するは聖女に刃を振るう悪しき英雄。
敬愛する聖女猊下より勅命が下された。
大義を掲げよ、心には誓約を、我らが讃えるのは聖女様!
私欲を捨て、神の代行者である聖女の剣となった兵士たちは、一切の乱れがない隊列で英雄に迫っていく。
蘇生による副作用か。一度目の戦死の前より格段に動きが良くなった彼らは、人間で構成された軍隊ではなく、個を捨てた群体。
奇襲の効果も薄まってきた今では、死を恐れぬ戦士たちに、英雄は思考に意識がいって足を止めてしまう。
本命を討つのは失敗した。ならば勢いづいた群体は程々に相手をして、順次撤退。
しかし目の前まで迫ったこの絶好のチャンスは、二度もあるとは限らない。
順当な手に乗るか、それとも蹴り飛ばして突き進むか。
逡巡する中でも群体の攻撃は迫り、まず放たれた弾丸が英雄の頭部を捉える。
そんな状況で、一つの人影が戦地に迷いこんできた。
「──らしくねえな、戦友。聖女のキツい面に、一発ぶち込むんじゃねえのかよ!」
それは全身を血で染めた、革命側の兵士。
見るからに致命傷で、狂気を孕んだ群体の壁を突破したのは、奇跡に近いものがある。
片腕をなくし、頼れる武器は己の拳だけ。
だというのに戦友と告げた英雄のため、彼は凝縮した意思をもって聖女に目がけて駆けていく。
「先に行ってるぜ、魔王の旦那。美味いワイン見繕っててやる。手土産なしだと締めだすかんなッ!」
握られた彼の拳は聖女に届かず、守りに徹した群体たちの白兵武器によって、串刺しとなってしまう。
しかし絶命間際でにやりと笑った兵士は、血の唾をはき捨てた。
大地を跳ねる血の雫。それが呼び水となって、彼の体は激しい閃光を放ち、一帯を白に染め上げる。
捨て身の自爆。
英雄を逃がすため。いいや、攻勢に回るチャンスを生みだすため。
彼が残した煙の中で、英雄は口元に一筋の線を描く。
「だとよ、バカ魔王。お前には勿体ない戦友だ」
線は波打ち弧を描き、赤い瞳には決意の光が宿される。
光は現実のものとなり、大気が震え、万物を支える地上は共鳴の叫びを上げていく。
散った戦友に英雄が捧げるのは、内で暴れる感情をかみ締めた笑顔の手向け。
人は涙に溺れながら生を受ける。
ならば最期は、笑みの花束で囲んでやりたい。
そんな、かの魔王の言葉を握りしめ、英雄はついに隠した牙で煙を払う。
「地に刻みし刹那の理、我が渇望を証明せよ」
「天に描きし夢幻の理、我が宿命を証明せよ」
月まで鳴り響く、英雄と聖女の謳い声。
重なり合うのは言葉だけではなく、煙を切り裂いた互いの剣すら刃を交える。
視界が遮られた隙に手にした、ツーハンデッドソード。
それを振るい、英雄との鍔迫り合いへ持ちこんだ聖女は、しかして拮抗までこなせる力を見せた。
「血の縁は遠ざかり、転び生けるは己のみ。愚昧な神の問いかけは、醜悪な呪いに他ならぬ」
英雄が謳うのは、世界を恨む呪詛そのもの。
平凡な家庭から一転し、父は高所から転落、母は蒸発、妹は弄ばれた末の凄惨な最期。
英雄自身も例に漏れず、不本意な末路を辿ったことを、今でも記憶に留めていた。
ならこの二度目の生。そんな結末は嫌だと嘆くものの、世界はそれを望まない。
──ならば、是が非でも掴むしかないだろう。
幸福の道筋に乗る、正せる力そのものを。
「祈りと希望は尽き果てた、汝に願うは転落のみ。星を制する荘厳な座。預けるその身の穢れこそ、咎の極みと解さぬか」
聖女の鍔迫り合いを意に介さず、力を抜いた英雄は、わざと後ろへ弾かれた。
直後に襲いかかる群体の刃。英雄の残像を貫くそれは、聖女の衣にはかすりもしない。
続けて飛来する弾丸の雨も、呪詛をまき散らしながら躱していく。
離れた英雄が駆けるのは、奇襲の起こりと変わらない群体の隙。
致命傷は狙わず、すれ違いざまに手足を斬る彼は、器用に五体を操り個々人の動きを御していく。
それは生きた盾の大量生産。
飽和していく銃撃の網の目を広げ、被弾を減らす戦術の一つだった。
「時の悪戯は空をも塗り替え、滑落の行く先は天津の城。神聖なる言伝は、清浄を身籠る受胎告知」
しかし聖女の側も、防がれたままでは終わらない。
世界を讃える祈りを流し、応戦の意を示す聖女の周りを、乱れのない隊列が臨機応変に変化を見せる。
ここに並ぶ兵たちは、死をも恐れぬ狂戦士。
英雄の盾にされたとなれば、小官ごと穿つがいいと声を枯らし、血潮でできた名誉の花を咲かせていく。
「眼前に列する勇士たち、汝に願うは幸運のみ。天上へ隠されし聖なる座。預けるこの身が成せるのは、ただ祈りに殉ずるだけなのか」
一つ、また一つと盾が減るも。
祈りの傍らで与えられる聖女の加護により、彼らの目は再び光を取り戻す。
「ならば汝は、盲目の時を過ごすが良い。反された天地によって、頭が垂れるその日まで」
一進一退。英雄の斬撃が数多の星を狩り、聖女の祈りが火を灯す。
千日手にもほどがある戦況だが、これもある種の共同作業。
呪詛は敵意の煮詰まりを、祈願は信仰の研ぎ澄ましを。
双方、小手先の勝負にさほど価値を見出さず、狙うは絶技の解き放ち。
「ならば汝ら、勇気を備えし兵たちよ。疾風迅雷となりて、凱旋の日を目指すのだ」
怨みと使命の二重奏。
真逆の音調が切り結ぶさまは、英雄と聖女が演じるデュエットそのもの。
俺が上だ、私の方が優れている。
そうした幾重もの衝突の末、完成された対なる楽曲は、名を告げることで世界へ羽ばたいていく。
「一等地殻、エンドレス・アビス。──強制解放!」
「上位権能、ルーラー・オブ・ザ・トリニティ。──強制行使!」
赤と黒で染まり切った不穏な夜空。
それは瞬く間に青と白で塗り重ねられ、真昼の青天へと移り変わる。
太陽も月も星々も、全てが描かれた楽園の大空。
幾何学的な光の翼を聖女は広げ、彼女の下へ列した群体もみな同じ。
天昇する神々の軍勢、手にするのは光輝に満ちた灼熱の武器、率いる聖女はまさしく神の代行者。
「最終勧告です。投降しなさい、革命の英雄。魔王の足跡となるほど、貴方の命は安くないはずです」
光の伝播は衰えを知らず、駐屯地一帯まで手を伸ばす聖女の権能は、帝国の兵士へ余さず力を与えていく。
地に伏した者には灯火を、前を向く者には強大な武器を、民を守れと進む者には輝く力を。
帝国の御旗に立つ限り、聖女の加護は彼らを強く抱きしめる。
──聖女猊下の御心のままに。
口を揃えてそう告げる兵士たちに、地を這う英雄は慈悲の殻を脱ぎ捨てた。
「過大評価だ、クソ聖女。あいつの命が、俺より高尚な訳ねえだろ」
巨大だが、奇怪な形状をした英雄の剣。
その理由をさらす彼は、刀身の腹に尖った凹凸を作りだした。
まるで牙のようなそれは、隠した機構が解かれた錠前の証。
漏れでる赤黒い炎が刀身を包むと、英雄は一息に柄を引き抜いてみせた。
抜かれた柄の先に現れたのは、細くも美しい一振りの大太刀。
鞘となって残された刀身も、炎が操り宙を駆けると、牙をそろえた鋼の獣へと変貌する。
異変があったのは武器だけではない。
英雄が纏うのは、大地に流れる地脈から吸い出したエネルギー。
それを装甲として全身を覆い、彼は機械の爪牙と尻尾を手に入れる。
血に濡れて、黒の甲殻を手にした英雄の姿は、勇者の前に立ちふさがる邪龍そのもの。
「あいつも俺と変わらねえ。──世界から弾かれた外れ者だ!」
太刀を握り、機械の翼を広げた英雄は、紅蓮の炎を吐きながら飛翔した。
追従する獣の顎も共鳴し、幾節もの関節をもった尻尾は、剣のような鱗を生えそろえる。
龍を模した仮面により、もはや英雄と聖女が目を合わせることはない。
彼女がどれだけ言葉を尽くそうと、手を伸ばそうと、思いの丈を見せようと。
邪龍となった英雄に、優しさだけでは届かない。
誰かの足を切り裂いて、不幸だったねと語りかける世界を壊す。
それが英雄と魔王が結んだ契約。──それが、彼らが掲げる存在証明。
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