プロローグ 宝城家との別れ
まず始めに、はなむけ少女記を読んでいただきありがとうございます。基本的に時間のあるときに投稿するので、更新頻度はバラバラです。誤字脱字も多々あるとは思いますが温かい目で読んでいただけると幸いです。
住み慣れた街から離れることなど、よくあることだ。
新しい街に慣れるのには早くても2週間ほどかかってしまっただろうか。
ただでさえ人見知りな私は他人とかなりズレているのかもしれない。
親戚をたらい回しにされ、新しい学校ではイジメられることも多々あった。
会話というキャッチボールが苦手で他人との繋がりを自ら絶ってしまった私の末路。
「この想いを伝えることは叶わない」そう考えさせられる夏だった。
20XX年6月12日、この日を境に私の中の歯車が動き出す。
それは28回目の引っ越し。
54歳までの平均引っ越し回数が4回という日本では、異常とも捉えられる数字である。
今度は東京。釀月区。
満月の夜に酒の発酵をする風習から付いた地名である。
今まで後見人が居なかったので受け取れなかった遺産だが、法律が改正され16歳で相続可能となったため両親の遺産を受け取り、1人で暮らすこととなった。(死後3年以上経過していても遺産の相続が出来る)
私にとって実に3年ぶりの都心である。
…………………
「早く運びなさい!!」
後ろから急に怒鳴られる。
振り向くと、この家の家主である宝城玖美子が立っていた。
今年で46歳だというのに20代のように見える若々しい姿をしている。
玖美子さんは2年前に夫を亡くしていた。昔はおっとりした性格だったようだが、今では荒々しい性格である。
宝城家には17歳と15歳の娘が2人おり、私は双方からイジメられていた。
「す…すいません……」
ボソっと私はそう言った。
玖美子さんは、はぁ〜っと大きくため息を吐いて廊下を歩いてゆく。
引っ越しのために荷造りをするのは当たり前のことだけど、1人ですることも無いと思う。
私にとって遠縁の親戚とはいえ居候の身。玖美子さんに対して意見するのは以ての外、私の方から話しかけるなど出来なかった。
荷造りが終わりトラックへと積み込む。
「今まで…お世話になりました」
私は後ろを振り向き、深々と頭を下げて、宝城家の方々に別れを告げる。
17歳の娘…宝城霊華が私の頭を手で押す。
「あんたにそんなこと言われるだなんて、何だか気持ちが悪いわ」
霊華は手を離して封筒を投げつける。
封筒に向かって指を差す。
「それ…あげるわ。それは私から貴女への餞。せいぜい向こうでも頑張ることね」
私は突然のことに唖然とする。
「ほら!さっさと行きなさいよ。時間ないんでしょ!!」
私は慌ててタクシーに乗り込む。
タクシーは醸月区へと向かって進み出した。
「はぁ、ようやく厄介払い出来たわ…」
玖美子はそう言うと家の中へと入って行ってしまった。
「なんかお姉様、悲しそうだね」
妹が私に訊いてくる。
「…あんなのでも居なくなると寂しいものね。ほんのちょびっとだけ感傷に浸ってしまったわ」
「ふーん。なるほどね。先に家に戻ってる」
そう言うと家に向かって走って行ってしまう。
「私は応援してるからね…」
美奈は夕焼けの空を見上げて呟いた。
………………
タクシーの中で貰った封筒を開けてみる。
その中身に私は驚愕した。
封筒の中には高そうなネックレスと札束が入っていたのだ。
総額20万円ほど入っているだろうか。
ネックレスも10万円くらいする高いやつでテレビなどでもよく紹介されている。
(そういえば…餞ってどういう意味だっけ?)
私は札束とネックレスを封筒の中に戻し、ポケットからスマホを取り出す。
検索バーに『はなむけ』と入力し調べる。
旅に出る人などに贈る、品物・金銭や詩歌など。餞別と表示される。
(そんな…私のために)
今までイジメられていた。それは間違いない。ただ、見方を変えてみると、宝城家は私を何かから守ってくれていたようにも思える。
確証は無い…ただそんな気がした。
封筒の底に、丸められた紙が入っていたことに気が付いた。
紙は手紙のようで、美奈の筆跡で書かれている。
『まず始めに、今までに酷いことをしてきたことを謝ります。せめてもの償いとして、貴女が欲しがっていたネックレスと当面の生活費を入れておくわ。そもそも何故そのようなことをしたのか、それについてなのだけど、私たち宝城家は代々神職を継いでいた一族の末裔。故に見えてしまうのよ。貴女の後ろに憑くモノが。もっとも、私とお母様しか見えていなかったようだけど。そのモノに貴女が気付いてしまったら何が起こるのか分からない。貴女の気をそらすためにも、そうするように言われていたのよ。それと、貴女は奈沢家の生まれ。あそこの家は酒に溺れた一族と呼ばれ代々呪われているらしく奈沢家の者を1年以上家に居させると災いが起こる。だから、貴女と仲良くなってしまうと別れのときに辛いじゃない?そんなこともあってイジメてしまった。奈沢家の呪いは単なる噂だけど、貴女のご両親が亡くなったことにも関係があるかもしれないわね。そんなこと、貴女は知らないだろうと思うから、ここに書いておくわ。私の予感なのだけど『醸月区』あそこで貴女にとって不都合なことが起こりそうね。色々と大変でしょうけど頑張りなさい。』
私は手紙を読み終えると再び封筒の底へとしまう。
封筒に水滴が落ち、じわじわと色が変わってゆく。
タクシーの窓には、大粒の涙をボロボロと落とす私が映っていた。
(あぁ、霊華さんは覚えていてくれたんだ。私が一度だけ玖美子さんにネックレスが欲しいと懇願したこと...あの時は居候の身で生意気だと言われて、殴られたっけ)
私はハンカチで涙を拭う。
(それにしても、私に憑いているモノか...奈沢家の呪い...私の両親が亡くなったとき、私はまだ3歳で記憶に残っていることもほぼ無い。少しでも私のルーツが分かるなら、私の親のこと私の家のこと調べてみよう。たとえそれが危険なことだとしても……)
私はそう決心した。おそらく、この考えは変わることはないだろう。
タクシーの運転手が振り向き話しかけてくる。
「お客さん!あと5分ほどで目的地ですけど、えらい混んでるんで、ここで降りて歩いてもらった方が早いと思うんですけど、どうします?」
「えっ?そんなに混んでるんですか?」
タクシーに付いているナビの道が特に赤くなっている訳でもないので、思わず聞き返してしまった。
「全く動く気配が無いんですよ。いやぁ~前の方で事故でも起きたのかなぁ」
タクシー運転手は頭を搔きながら前を向く。
私はふと窓から外を見た。
宝城家を出てから1時間ほど経っていたため外はもう暗くなっていた。
「さすが都会...ビルも多いし人通りも多いな」
(ん...?なんだろう。あれ)
ビルの隙間を縫うようにして二つの影が高速で移動している。
その二つの影...そのモノ達はぶつかり合い、喧嘩をしているようにも見える。
その二つのモノがタクシーの隣に落ちてきた。
そのモノ達の全貌が見える......
金髪にツノを生やした青年と黒髪に白い袴のようなものを着た青年が取っ組み合っており、金髪の青年が黒髪の青年に乗っかって胸ぐらを掴んでいる。
何かを言い争っているようだ。
「あ...あの!運転手さん!!右側のあれって見えますか?」
「右側のあれ?特に何もありませんけど?」
(この人には見えて無い...特殊メイクとかを使ったコスプレって訳でもないのか)
「あの!やっぱりここで降ります!!」
私はお金を払い、バタバタとタクシーを降りた。
あのニ人から声が聞こえてくる。
「・・・んだ。だって、あり得ねーだろ!そんな非人道的なことを平気でするのか!!お前らは」
金髪の青年がそう言うと、黒髪の青年は...
「ふふっ、非人道的か...キサマら鬼からそのような言葉を聞くことになるとはな。過去に何百人と殺めてきた、あの酒呑童子の言うこととは思えんな」
「何が言いたい?」
「別に?ただ...時代とともに堕ちたものだな。昔ほどの覇気は感じないぞ?」
「ほざけ!!」
金髪の青年は鋭い爪で引っ掻く。
黒髪の青年がそれをひらりと躱し、金髪の青年の背後へと回る。
「忘れるんじゃないぞ、お前らの行く末は我が一族が握っていることを」
そう言うと黒髪の青年は消えてしまった。
先ほど酒呑童子と呼ばれていた金髪の青年と目があってしまう。
(ヤバっ!こっちに向かってくる)
「おい!お前...俺のことが見えるのか?」
私は涙を浮かべながら答える。
「は...はい」
「あ?もっと大きな声で言えよ!!」
青年にジロりと睨まれ、思っていたよりも声が大きくなる。
「みっ...見えます!!貴方のこと」
「なんだ...ちゃんと声出せるじゃねぇか」
そう言うと私の頭をポンと触れる。
次の瞬間、青年はその場に倒れ込んだ。
生えていたツノが無くなり、長かった爪も短くなっている。
「なんだ、急に人が現れたぞ!」
「なんか、あれぐったりしてない?救急車呼んだ方が良いよね絶対」
「あそこにいる女は何でなにもしないんだよ」
「なんだろ~痴話喧嘩とか?」
など色んな声が聞こえてくる。
(どうしよう...このまま放置はダメだろうし、病院はマズい気がする)
そうこうしていると、目の前に1台のパトカーが止まる。
中から2人組の警察官が降りてきて話かけられる。
「ここら辺で男女が喧嘩している。男の方が急に倒れたって通報がきたんだけど。君たちのことで間違いないね?」
「…喧嘩はしてないですけど、私達のことで間違いないと思います」
「ふーむ。取りあえず、ここじゃなんだから署まで行こうか」
「片岡さーん!こっちの青年は気絶してるだけで外傷とかは特に見当たりません」
「おや?そうかい。それじゃ、わざわざ署まで来てもらう必要も無いか...」
「あの...私これからどうなるんでしょう」
「特にどうもしませんよ。今から軽く質問するので正確に応えてください。それが終わったら帰ってもらって良いので」
「はい...」
「まず、そこに倒れている男性との関係は?」
(正直に答える訳もいかないか...でも、嘘を付くわけには)
「ゆ...友人です。今日、引っ越すので、手伝ってもらうために呼びました」
「ふむふむ。それじゃあ、なんで倒れたのか分かるかな?」
「最近...貧血気味だと言っていたので」
「なるほど。じゃあ、君のご両親はどこに居るのかな?」
「両親は私が3つのときに他界しました」
「それは悪いことを訊いてしまったね」
「いえ、そんなに両親のこと覚えていないですし平気ですよ」
「そうか...では、君の家はどこにあるんだい?」
「この先にあるマンションです。今日から入居するんです」
「最後に、君の名前は?」
「奈沢陽夏」
私の名前を出した途端、片岡と呼ばれている警察官は黙り込む。
「片岡さん。送ってあげましょうよ~暗いなか歩かせるのも酷ですって」
「そうだな...そこの金髪の青年は君の連れなんだろう?とりあえず君の家に連れて行こうか」
私は言われるがままにパトカーへと乗り込む。隣には金髪の青年が横たわっている。
小声ながらも、なんとか受け応えが出来てホッとした。
「それじゃ、しゅっぱーつ!」
車が走り出す。
(なんだろう、この人のノリに付いていけない)
先程まで渋滞していたとは思えないほど閑散としており、すんなり車が進んで行く。
「あの…ここら辺で事故とか起きました?」
「いや?起きてないですよ」
「そうですか…」
(事故もないのに車がまったく進まなかったのか、なんだか気味が悪いな)
しばらくして目的地のマンションへと着く。
「すみません。ありがとうございました」
「いやいや、こちらこそすまないね」
そう言って警察官達はパトカーで来た道を戻って行く。
(さて、どうしようこの後)
私は金髪の青年を肩にかけ、ずりずりと引きずる。
受付で鍵をもらい、自分の家へと向かう。
「えっと...3114号室だから31階か」
エレベーターで31階へと上がり自分の家に入る。
家具はすべて置かれていて、荷物も自室へと運び込まれている。
30畳ほどの広さで景色も中々に良い。
こんなマンションに住めるのも両親が遺した莫大な資産のお陰である。
(取りあえず...この青年をどうにかしないと、寝室に寝かすので良いかな)
私は寝室に行き、青年をベッドに放り投げる。
(この青年は何者なんだろう。人とは思えないし妖とかの類いなのかな?思わず嘘を付いて連れ帰ってしまったけれど良かったのかな...)
一般的に妖と呼ばれるソレが実際に存在していることを私は知っている…
昔は誰もが視えていたモノだが、時代と共に視える人間が減っていった。
ずいぶん前に、今は亡き私の母も視える人だったと教えられたことがある。
(だからといって、実際に妖がいて、それを視ることになるとは、思わなかったけどね)
「まぁ、色々考えても仕方ないか」
荷物の整理を一通り終える。
封筒を自室の机の上に置き、リビングにあるソファーに座った。
「疲れた~!それにしても…今日は星が綺麗だな...」
この景色を霊華さんは見ているだろうか、この光輝く星々を...
そのまま私の意識は途切れた。
花の近くに蝶が飛んでいるように、神社には鳥居があるように、人は何々があるなら何々もあるだろうという考えに至ってしまう。それは視覚的にいつも目にしているので次第にそれが必然的なものだと錯覚しているのだ。ではなぜ、地割れが起きたり津波が起きたりすると地震の影響だの台風の影響だのと思ってしまうのだろう。簡単なこと...人は目の前にいるソレらを視るという行為を忘れてしまったのだ。人は忘れてしまってもソレ...いや、ヤツらは憶えていると言うのに......
例えば、片岡という警察官は奈沢という名を聞いて黙り込んでいたけれど、何か知っているのだろう。警察にしては対応も雑で、外傷がないからといって簡単な質問だけで終わらせることは本来あり得ない。ちゃんと署で事情聴取するべきである。そして、明らかに混雑していた道路がパトカーの通る時だけ閑散としていた。もしかして、彼らは人では無く、パトカーで通ったみちは人間が通るべき道では無かったのかもしれない......
これはそんな妖と一人の少女が織り成す物語。
・・・後書きのはずが、あらすじっぽくなってしまいました。
こんなシリアスな雰囲気を漂わせておきながら恋愛主体の作品です。ホラー要素も少しはあるかも?