⑨
読んでいただいてありがとうございます。
「手紙を送った!?しかも、我が国に便宜を図るように?……何てことをしてくれたんだ」
「何言ってるのよ!当たり前のことを書いただけよ!そもそもオーレリアはうちの国の公爵令嬢じゃない!私たちに挨拶に来るのが当たり前なのに、それも来ないのよ!その分、もっと色々やってもらわないと」
「馬鹿なことを言うな!オーレリア様は、皇妃様は僕たちより身分が上だ。僕たちは属国の人間だぞ。皇妃様に無礼を働くことは許されない。そんな風に呼び捨てにすることだって許されないんだぞ」
フレディの言葉にベリンダは不満顔をした。
リンド王国の外交官として帝国にやってきたフレディは、各国にいいように鉱物資源の金額を決められている現状を何とかしようと、帝国に仲介を頼むつもりでいた。
もっともフレディも、ユージーンがリンド王国など滅んでもどうでもいいと思っているとは思っておらず、皇妃の生まれ故郷を守ってくれると信じていた。
下心は当然あるが、それでも最初に直接言うつもりはなく、それとなく匂わせて、と順番を考えていた。
それを、妻だから一緒に行くと言ってついて来たベリンダが台無しにした。
結婚して改めて思ったのは、ベリンダの世間知らずの度合いのすごさだ。
リンド王国など、広大なバルバ帝国の小さな属国に過ぎない。
それも鉱山資源しかなく、さして重要でもない小国だ。
そこから帝国の皇妃が誕生したのだ。本来なら国を挙げて喜ぶところなのだが、オーレリアが帝国に行った経緯を貴族たちは誰もが知っているので、素直に喜べないでいた。
もし、リンド王国がオーレリアを丁重に扱い、王女の身分を与えて送り出していたのなら、まだオーレリアも便宜を図ってくれていたかもしれないが、現実はベリンダ王女のわがままで追い出したに過ぎない。
ベリンダは、帝国におけるリンド王国の地位を知らない。
リンド王国の王女という身分など、帝国においては子爵令嬢程度の身分でしかないのだ。
それなのに、一国の王女として生まれたベリンダの方が、皇妃であるオーレリアより上だと思っている。誰がそんな風に教育したのだろうと思ったが、あの娘に甘い父王だろう。
「君だって、今はただの公爵夫人だ。王女という肩書きさえない」
「そんなこと関係ないわよ!私は王族よ!」
フレディはベリンダと結婚した時に公爵になり、ノウジュ公爵家の領地をそのまま引き継いだ。
ベリンダも王籍を抜け、公爵夫人となった。
けれどベリンダは、いつまでも自分を王女と言い張る。
「何にせよ、君はここで大人しくしていてくれ。あまりにひどいようなら、夜会にも連れていかないからそのつもりでいろ」
「ひどいわ、夜会に行けないなんて!お父様に言いつけるわよ」
「言いつけてもいい。君が夜会で下手なことを言おうものなら、リンド王国が滅びる。君はそれが分かっていない」
「リンドが滅びるって、フレディこそ何をおかしなことを言っているのよ!滅びるわけないじゃない。うちは稀少な鉱石を採掘している国よ。うちに何かしたら、帝国だって困るじゃない」
「……君はもう少し、色々と勉強をした方がいいよ」
疲れた声でそう言うと、フレディは部屋から出て行った。
「何よ!いいわ、フレディがそんな態度を取るのなら、こっちだって考えがあるんだから!!」
少し血縁としては遠いが、ベリンダの大叔母がこの国の伯爵家に嫁いでいる。その縁を辿れば、皇帝に会うことも簡単に出来るはずだ。向こうだって、王女の言うことは聞くに決まっている。
リンド王国では、伯爵位を持つ者なら誰でも簡単に国王に会うことが出来た。
それは、リンドが小さい国で、貴族の絶対数が少ないからなのだが、ベリンダは帝国も同じだと思っていた。
広大な支配地域を持つ帝国では、伯爵家はそれなりに多くあり、中には名ばかりの伯爵家もある。伯爵位を持っているからといって、そう簡単に皇帝に会うことなど出来ない。
ベリンダはそのことを知らず、伯爵ならば簡単に会うことができるだろうと思って、大叔母が嫁いだ家に手紙を書いた。
「ふふ、王女に頼られるのよ。とっても名誉なことでしょう。誰か!これをミラー伯爵家に届けてちょうだい!」
従者が手紙を持っていったのを満足そうに見ると、ベリンダは持ってきた衣装を確認し始めた。
「うふふふ、上手くいけば皇帝陛下にそのまま見初められて、私が皇妃になれるかも。オーレリアごときがなれるんだから、私の方が絶対いいわよね!」
その時は、用済みのオーレリアはフレディに渡せばいい。
だって、元々、帝国に嫁ぐのはベリンダのはずだった。
あの時は、ちょっと怖かったけど、帝都に来て考えが変わった。
「ちょっと怖かっただけだもの、陛下も分かってくれるわよね。元に戻るだけ。この場所こそ、私に相応しい場所だわ」
窓の外に広がる帝都は、リンド王国のどの場所よりも輝いて見えた。
サイラスはその手紙を受け取ると、困惑した。
「リンド王国のベリンダ王女?リンドってどこだ?」
頭の中に昔習った帝国の地図を思い浮かべて、ようやく鉱山資源を持つ山の国だということを思い出した。皇妃の出身国でもあるが、あまり話題にならないので、サイラスはすっかり忘れていた。
「あぁ、そう言えば、何代か前に嫁いで来た人がいたか」
そうなると遠いが血縁関係のある国ということにあたる。ただ、今まで手紙のやり取りをしたことなどないのに、なぜ突然手紙を送ってきたのか分からない。
そう思いながら手紙を読むと、どうやらベリンダ王女が帝都に滞在中で、皇帝陛下に取り次いでほしいという内容だった。
「……馬鹿な、陛下にそう簡単に会えるものか。それに王女というのならば、国から正式に陛下に手紙を出した方が確実だろう」
サイラスでは、すぐに皇帝に会うことなど出来ない。
伯爵家と言っても、ミラー伯爵家はそこまで力ある貴族ではないのだ。
謁見の申請を出して、許可が出るのは早くても十日ほどかかるだろう。
急ぎの場合はともかく、そうでないのならこれくらいの期間は当然かかる。
ベリンダからの手紙には、すぐに会いたい旨が書かれていた。
「お兄様?どうかなさったの?」
執務室に顔を出したデイジーが、難しそうな顔をしている兄に何気なく聞いた。
「いや、リンド王国のベリンダ王女という方から手紙が来てね……」
サイラスはデイジーにベリンダとの繋がりについて話をした。
「えぇ!すごい!じゃあ、私の中には王族の血が流れているのね!」
「王族と言っても、リンドは小国だし、それほど価値のある国ではない」
「でも王族には違いないじゃない!」
「まぁ、そうだが……」
サイラス自身は、何の役にも立たない血縁関係に興味はなかったが、王族というだけで、デイジーは興奮していた。
「お兄様、そのベリンダ王女の願いは叶えてあげられないのですか?」
「陛下はお忙しい方だ。うちから申請しても時間がかかる。それよりは王族同士でやりとりした方が早いだろう」
「でもベリンダ王女は、それが出来なくて困ってるんでしょう?」
「だからといって、どうしようもないだろう。説明の手紙を書くよ」
「……なら、その手紙、私が持っていってもいい?」
「デイジーが?」
「えぇ。ベリンダ王女に会ってみたいの」
「……まぁ、かまわないが」
サイラスは、手紙から察するに自分たちとそう年齢がかわらなそうなベリンダ王女とデイジーが友人関係になれればそれでもいいか、と思い、デイジーが手紙を届けるのを許した。
手紙を受け取り、すぐに馬車に乗ったデイジーは、ふふふふふ、と笑った。
「お兄様ってば、あの女のことを忘れてるわよね。正式には無理でも、あの女が皇妃様の傍にいるのよ、こういう時に使わないと。私が困っているベリンダ王女を、義姉に会いに行くという名目で一緒に皇宮に連れて行ってあげるわ。親族について来てもらったってことにすればいいだけだし。一緒にきたのが他国の王族なら無下にも出来ないだろうし、義姉から皇妃様に言ってもらって、陛下に会わせればいいのよね。そうすれば困っている他国の王族を助けたということで、陛下の覚えだってよくなるはずよ。そうしたら、上の方との縁談が纏まるかも」
もし義姉に会えなくても、重要なのは困っているベリンダ王女を皇帝陛下に会わせることなので、それさえ達成出来れば義姉などどうでもいい。
ベリンダ王女の手紙には、会えば陛下は私のことを分かってくれる、と書かれていた。
デイジーの役目は、ベリンダ王女と共に皇宮に行き、彼女を皇帝陛下に会わせる。そして、その功績を陛下に認めてもらうことだ。
デイジーだってさすがにいつかは嫁ぐことになるのは分かっている。嫁ぐのなら、なるべく上の爵位を持つ人がいいに決まっている。
困っている人を助けることが出来る、機転の利いた、皇帝の覚えもめでたき伯爵令嬢。
嫁ぐのに、これほどの肩書きはなかなかない。
想像の中のデイジーは輝いていた。
これが上手くいけば、来月辺りには兄のもとに婚約の申し込みがいくつもくるだろう。
もしこのデイジーの考えをサイラスが知っていたら、さすがに止めていた。
それほど仲の良いわけではない義姉に会いに行くのもおかしな話だし、義姉であるドロシーが面会に応じるかどうかも怪しい。それに、そんな勝手に都合良く出来るほど、皇宮は甘い場所ではないのだ。
正式な手続きをしていない他国の人間を勝手に皇宮の、それも皇帝や皇妃がいる場所に連れて行くなど許されることではない。家族の面会は確かに出来るが、それだって申請した上で規定の場所でしかすることは許されていない。デイジーが思うように、今日いきなり皇宮に行ったところで会えることはない。
デイジーは、オーレリアが嫁いできた経緯は知らない。
知っているのは、大勢の妻の中から、皇帝がオーレリアを皇妃に選んだということだけだ。
「皇宮にさえ連れていけば、後はベリンダ王女が何とかしてくれるわ」
今までデイジーのことは、全てサイラスが面倒をみてきた。
同じようにベリンダも、身の回りのことや準備などは全て侍女やフレディに任せていた。
二人とも、気に入らないことがあれば、誰かが何とかするのが当たり前で、自分の思った通りに行かなかったことなどなかった。
小さな世界で生きてきた二人は、特にベリンダは王女ということもあって、自分たちが見下してきた相手が、自分たちの思い通りにならない存在になっているとは思ってもみなかったのだった。