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【電子書籍化】誰のための幸せ  作者: 中村 猫(猫の名は。)
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読んでいただいてありがとうございます。

 サイラスからもらったネックレスは、シンプルで普段着けているのにはちょうど良い感じの物だった。

 もらったはいいけれど、ドロシーはそれを着ける気にはなれなかった。

 まだ戸籍上は夫婦とはいえ、実際にはすでに別居していて、離婚も確定している身としては、ほぼほぼ元夫という立場の人からもらった物を着けられるわけがない。

 本当に、一体何を考えているのだろう。

 これをくれるのなら、本来はもっと前の話だし、今更感が半端ない。

 仕事に戻って少し時間が空いた時にネックレスを見ながら悩んでいたら、レティシアが声をかけてきた。


「ドロシーさん、どうしたの?」

「レティシアさん、その、これをいただいたのですが……」

「あら、素敵なネックレスね。ドロシーさんに気のある方からの贈り物ではないのですか?」

「いえ、もうすぐ元夫になる人からいただいたんです。それも、食堂で」

「食堂?ドロシーさんとミラー伯爵は上手くいっていないと聞いていたんですが……そんな方がわざわざ食堂にいらしてネックレスを?」

「はい。なので少々意味が分からなくて。あの人曰く、これくらいのネックレスは皆しているのに、私だけしていないから、とのことでした」

「ドロシーさんのことを、気になさっているのではないでしょうか?」

「それはありえません。夫とはそういう関係を築いておりませんので。考えられるとしたら、私への気遣いというよりは、周囲の目ですかね」


 友人の意見に流されやすいところからも分かるように、サイラスは周囲の目や意見をものすごく気にする人だった。

 誰々がそう言っていたから、という話を何度聞かされたことか。

 根も葉もない噂話でも、周囲の人間に言われれば信じる人だった。


「あら、旦那さんは、そういう方なんですね」


 そういうレティシアの胸元にもネックレスが光っている。

 薄い青色のネックレスは、彼女の雰囲気にとてもよく合っていた。


「レティシアさんのそれは、贈った方がレティシアさんのことを本当に想って選んだネックレスだというのが分かります」

「ふふふ、ありがとう。これは旅先でリュシーが買ってきてくれたの。何でもこれを買った地域では、幸せは青が運んでくるって言い伝えがあるらしくて、誰もが青色の何かを身に着けているそうよ。リュシーがそのことを陛下に伝えたら、翌日にはオーレリア様に青色のネックレスや指輪を贈られていたわ」


 リュシーというのはレティシアの婚約者で、皇帝の側近の一人であるリュシアンのことだ。

 レティシアとリュシアンは姉弟として育ったらしいが血の繋がりはなく、育った家で色々あって、二人で帝国に逃げてきたそうだ。

 つい先日、正式に姉弟から婚約者になった。


「陛下もリュシアン様も、オーレリア様とレティシアさんの幸せのためなら、なりふりかまわず何かしそうですね」


 ドロシーが、息を吐きながらそう言うと、オーレリアがくすくすと笑う声が聞こえた。


「あの二人は極端だと思うわよ。ね、レティシア」

「オーレリア様、まぁ、そうですね」


 部屋に戻ってきたオーレリアが、面白そうに笑っていた。


「ちょうど良かったわ、ドロシー。そのネックレスについて聞きたかったのよ」

「え?これについてですか?」

「えぇ、どうやらちょっとした噂になっているらしくて、陛下に確かめてこいって言われたの。で、どうなの?」


 さすが耳目の多い食堂で渡されただけあって、すぐに噂になったようだ。

 ユージーンもオーレリアも、ドロシーを雇うに当たって彼女のことは全て調べた。

 生まれた家でも嫁いだ家でも冷遇されている女性。

 冷遇されていながら、嘆くだけではなくて、少しずつ家を出る準備をしているのを知って、ドロシーをオーレリアの側近に加えることにした。

 流されるままではなく、自分に出来ることからコツコツとやっている姿勢を評価したのだ。

 なので、彼女と夫が人目のあるところで一緒にいたことがとても珍しいことだと知っていた。

 それなのに、衆人観衆の目がある前で、ネックレスを贈るとはどういう理由なのだろう。


「急にいただきました」

「急なの?」

「はい。食堂にいたら急にサイラス様がやってきて、これを渡してきました。恐らく、他の女官の方々がネックレスをしているのを見たか聞いたかして、私だけしていないのはミラー伯爵家の恥になるとでも思ったのではないでしょうか」

「他に何か贈られるような心当りはない?……たとえば、ミラー伯爵の周りで何かあったとか」

「どうでしょう。ただ何かあったとしても、私とは特に関係はないと思いますが……」

「では、あなたの周りのことは?親しくしている男性が出来たとか」

「それこそ全く心当りはないのですが……。親しくしている男性って、どこら辺まで入るんでしょうか?」


 友人?それとも恋人?

 仕事上、皇宮に勤めている男性とはそれなりに会話くらいはする。

 それも入るのなら、皇帝陛下だって親しい男性だ。


「最近、宰相補佐のノア・フェレメレンと親しくしていると聞いたのだけれど」


 オーレリアの心配そうな顔に、本命はそれが聞きたかったのかと納得した。

 独身の彼と一応人妻のドロシーの噂が広まっているのなら、それは確かにまずい。

 しかもドロシーは皇妃の配下だ。

 これ幸いにと、皇妃の管理がなっていないと糾弾される可能性もある。


「ノア様は友人の兄です。その関係で気遣ってくれているのでしょう。特別に親しい関係というわけではありませんが、噂になっているようでしたら、気を付けます」


 別に今までだって、示し合わせて会ったことなどない。偶然会った時に、少し話をする程度の関係だ。


「私と噂になっているなど、友人やノア様にも申し訳ないことです。どなたかが私に真正面からそう言ってくだされば、否定出来るのですが」


 うーん、と考え出したドロシーを見て、オーレリアとレティシアはそっと目を合わせた。

 違うの。そうじゃないの。

 なんて、今は言えない。

 オーレリアもレティシアも身をもって知っている。

 あの手の男性は、諦めないし、逃がす気もない。

 この人だと決めたら、何年かかっても手に入れる。


「……何が、あなたの幸せになるのかしら……」


 オーレリアのその言葉に、ドロシーはきょとんとした。


「……私の幸せ……?」

「えぇ、そうよ」

「……結婚する時、父母から、サイラス様と結婚するのが私の幸せだと言われました。サイラス様にも、伯爵夫人になれたのだから幸せだろうと言われました。他の方々にも似たようなことを言われましたが、残念ながらミラー伯爵家で幸せを感じた時は、一人で刺繍をしている時だけでした。私の今の幸せは、こうして働いていることです。家族というものに縛られずにいる今が、わりと幸せなんです」


 ドロシーにとって、家族という括りは、ドロシーを縛るものでしかなかった。

 家族にとって使い勝手のいい存在。それがドロシーという存在だった。

 忘れても、蔑ろにしても、怒鳴りつけても、外に見える傷さえ負わせなければ、精神的にいくらでもいたぶっていい存在。

 何をしてもどこからも文句の出ない、家の中の弱者たる存在。

 だからこそ、少しでもドロシーが反抗したり、無反応だったりしただけで、余計に苛立っていたのだろう。

 そして不思議なことに、ドロシー以外の家族に対する彼らの家族愛は、それなりに深い。


「……オーレリア様、レティシアさん、不躾な質問になりますが、結婚された時や、婚約された時は、どう思われたのですか?」


 オーレリアは元は小国の公爵令嬢だったし、レティシアは義理の弟と婚約している。

 二人とも、今は幸せそうではある。


「ドロシーさんも複雑よね。……私の生まれた家は、少々歪んだ家でした。母が妹しか見ていなくて、私とリュシアンはその歪みから抜け出したくて、いつか家を出ようと約束していました。その、あまり大きな声では言えませんが、リュシアンは祖国ではすでに死んだ者として扱われています。バルバ帝国に留学して、馬車の事故で亡くなったという知らせがきていたので」


 あの時は、本当にリュシアンが死んだと思っていた。

 もう二度と会えないことに絶望して、どうにかなってしまいそうだった。


「実際には生きていて、私を帝国に迎えるために色々とやってくれていたと知ったのは後からです。私の場合は、リュシアンが全てを整えてくれていたので、帝国に来るのに不安はありませんでした。リュシアンがいれば、どこでもよかったというのもあります。私にとって、生きる場所はリュシアンがいる場所です。姉として傍にいた時も、婚約者になった今も、それは変わりません。もしリュシアンが他の女性と結婚する、となっていた場合は、自分がどうなっていたのか、正直分かりません。ですから、婚約してほしいと言われた時は、素直に嬉しかったですね。これから先も、ずっと傍にいるという約束をもらったようなものですから。リュシアンは、約束を決して破ったりしません」


 二度と離れない。きっと死ぬ時ですら、そんなに間が空かないだろうと思っている。

 お互いにずっと縛られたままだけれど、レティシアとリュシアンはそれを望んで継続しているのだ。

 レティシアの笑みに、オーレリアもふっと笑った。

 

「知っての通り、私は元は小国の公爵令嬢だったわ。ここに来たのも、祖国の王女の身代わりとしてだったし、その時の陛下にはすでに八人の側室がおられたわ。私はその九番目の側室として後宮に入ったの」


 オーレリアにとって、バルバ帝国に嫁ぐことは、突如決められたことだった。

 嫌とかそういうことを言っている場合ではなかった。

 すでにリンド王国はバルバ帝国との約束を破っていた。

 王女を送る予定だったのが、蓋を開けてみれば、送られてきたのは公爵令嬢だった。

 その時点で、リンド王国は潰されてもおかしくなかった。


「私には、祖国に幼馴染の婚約者がいたわ。よりにもよって、その婚約者と王女が不貞を犯したの。リンドの国王は、娘可愛さに私の婚約者と王女のことをすぐに認めたわ。そして、身代わりに私に嫁ぐように命令したの。これだけ聞くと、けっこうひどいわね。その時は仕方ないと諦めていたの。王女でもない私の下に、陛下が通ってくださるかどうかも分からなかったんですもの」


 あの時は、帝国との約束を少しでも果たすために、という思いしかなかった。


「婚約者と別れてからそう間もない頃だったから、私の心にはまだ婚約者がいたわ。初めの頃は、陛下が来られてもいつも話をするだけだったのよ。陛下って強引そうに見えて、意外とそうでもなくて、陛下と話をしているうちに、自然とこの方に寄り添っていこうって思えたの」


 そして、いつしか自然と肌を触れ合わせていた。

 ユージーンとは、優しい思い出しかない。


「陛下は、私に新しい心をくださるっておっしゃったの。今の私は、陛下がくださった心で出来ているわ」


 ふふふ、と笑うオーレリアは、初めに九番目の側室として嫁いできた身には見えなかった。

 皇妃になるべく育てられた女性にしか見えない。


「ねぇ、ドロシー。私もレティシアも、今はこうして笑っていられるけれど、それなりに時間はかかったのよ。レティシアは、幼い頃からの絆をそのまま発展させたわ。私は、何もかも失った後で新しい心をもらったわ。あなたは、どうなるのかしらね」


 優しく笑う二人の女性は、ドロシーの幸せを決めつけない。

 こうであれ、という決めつけなどせずに、家族と上手くいっていなくても、それでいいのだと言ってくれる。

 家族の言うドロシーの幸せは、正直、実感などなかった。

 ドロシーにとって、家族というものが理解不能な存在だったのだから、そんな彼らの言う幸せなんて分かるはずもなかったのだ。

 ドロシーも、そんな彼らのことを理解しようと努力しなかった。

 そういうものだと思うだけだった。

 関係性を発展させることもなければ、嫁いだ先のサイラスと心を通わせることもなかった。

 

「……私、今、少しだけ反省しています。実家の人間はともかく、サイラス様とはきちんと話をするべきでした。といっても、元に戻るつもりはありませんし、このまま離婚した方がいいという考えに変わりはありません。ただ、少しだけ話をして、前に進みたいと思います」


 ドロシーの言葉に、オーレリアとレティシアは優しく微笑んで頷いてくれた。


「大丈夫よ。あなたには私たちが付いているわ。いざという時は、ここに逃げていらっしゃい。あぁ、それと、あなたとノア・フェレメレンの噂だけど、気にする必要はないわ」


 その噂を聞いたノア・フェレメレンは、笑顔だったそうだから。

 

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