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その日を境に、ドロシーとノアは、細々と交流を重ねていった。
ドロシー的には会った時に話をする程度の間柄だと思っていたが、広い皇宮内で皇妃付きのドロシーと宰相補佐のノアが偶然出会う確率がどれほど低いのか、ドロシーは知らなかった。
それも、会えば必ずノアはドロシーにお菓子をくれた。
疲れたら食べるために持っていた、友人からの差し入れ、妹がくれた、など様々な理由を付けてお菓子をドロシーに渡していた。
「ははは、お前ともあろう者が、健気なことだな」
皇妃付きの女官、それも伯爵夫人、現在進行形で夫から放置されている人妻の女性に惚れたノアは、そのことを皇帝ユージーンに報告した。
ユージーンの最愛の妃に仕える女官を口説くとなれば、皇帝に許可を取らないと後が怖い。
人妻のうちは止めろ、と止められたが、ドロシー本人からそのうち離婚する旨を聞いたことを報告し、人妻のうちは小さく交流し、サイラスとの離婚が正式に決まったら、ドロシーを本格的に口説く許可をもらった。
「言っておくが、ドロシーが嫌がり、オーレリアがそんな彼女の味方をしたら、俺は味方出来ないぞ?」
「そうならないように慎重に口説きます」
「まぁ、下手は打つな。とはいえ、俺にまでミラー伯爵家の内情は聞こえてきている。全く、何を考えているんだろうな。妹や友人は信じるくせに、妻を信じない理由が分からん。自分の妻と話もしないのか。そのくせ他人の言うことだけを信じるとはな。俺からしてみれば愚の骨頂だ」
最も自分の近くにいて支えてくれる存在であるはずの妻を、自分で確かめることもせずに周囲の言うことだけを信じる者など、貴族としてどうかと思う。
ユージーンから見たドロシーは、皇妃付きの女官に相応しい知識と教養の持ち主だった。
性格は控え目で物事を冷静に見ている部分があり、意見を求めれば的確に答えるし、自分が知らないことに対しては意欲的に学んでいる。
たまに抜けている時もあるようだが、それくらいでちょうど良い。
完璧な人間など、どこにもいないのだから。
いたらむしろ、生きるのが辛いだろう。
「ドロシーとは会って話もするが、オーレリアの信頼に値する女官だぞ。そつなくオーレリアを支えてくれている。ああやって話してみると、伯爵家の女主人として申し分のない女性なだけに、ミラー伯爵がどうして彼女を信頼しないのかますます分からん」
「サイラス・ミラー伯爵は、そうは思わなかったようです。ドロシー殿に少し聞いた限りですが、ミラー伯爵とはほとんど会話をしたことがないようです」
少しずつ夫との関係を聞き出しているが、ノアが思っていた以上に、夫婦としての関係は破綻していた。
「あれは噂以上です。少々下世話な話になりますが、以前、ミラー伯爵の友人が、結婚初夜の日にミラー伯爵が泥酔するまで酒を飲ませた、と言っていたのを聞いたことがあります。初夜を失敗させてやった、と自慢していましたね。下手をしたら、あの二人はそういった意味での関係を持っていないのでは、と考えています」
「……ばかなのか?ミラー伯爵は。それにそんなヤツラがこの国にいるのかと思うと、その家を潰したくなる」
「皆、次男以下の人間です。仕事の態度もそこまでよろしくないようなので、次の人事で降格が決まっています」
「ふん、仲間内でただ一人伯爵家を継いだサイラス・ミラーに対する醜い嫉妬、といったところか。伯爵家を貶めて楽しんでいたようだな。まぁ、その程度で潰れるような家ならいらん。さっさと潰して、能力のある者に新しい家を興させた方が国としては有益だろう」
ミラー伯爵家は、それほど政治の中枢に食い込んでいるわけではない。歴史はそれなりにあるが、伯爵家の中では下の方だ。何なら、ドロシーが一番権力に食い込んでいる。
「ミラー伯爵家の領地はそれほど大きくはありません。元はそれなりの大きさだったようですが、代を重ねるごとに領地を減らしていっています。ここ何代かこれといった功績もありませんし、変な事業に手を出して資産を潰していったようです」
「そうか。潰す相手については、きっちり調べるんだな」
「弱みは握っておいて損はありませんから」
にっこり笑ったノアは、皇宮内で艶と色気があるとか言われている評判の文官だが、どちらかというと性格は武人寄りだ。
穏便に済ませる気があるのかどうか、ユージーンにはさっぱり分からない。
「しかし、本当に白い結婚だとしたら、離婚は簡単だろうな。一年半を経過していれば、すぐに離婚出来るはずだ」
「はい、彼女がこうして皇宮勤めになった以上、さらに手を出しにくくなっています。それに本当にミラー伯爵に対して特別な想いなど抱いていないようですので、ドロシー殿との間にある最大の障害は、時間が経てば勝手に解消します」
ミラー伯爵夫人という肩書きが取れれば、ドロシーは、皇帝と皇妃の信頼する女官で、妹の大切な友人という女性だ。生まれた家の家格は伯爵家なので、侯爵であるノアに嫁ぐのに支障はない。
「最大の障害が、夫がいることなのか。ドロシーが嫌がるという障害はないのか」
オーレリアに少し聞いたところ、ドロシー自身は、誰かと再婚する気はないらしい。
結婚など一度で十分と言っているとのことだった。
「陛下、もし皇妃様と出会った時に皇妃様がドロシー殿の立場だったらどうなさいますか?」
「……そうだな、オーレリアに嫌がるような気は起こさせん。離婚までの間に信頼を勝ち得て、どろっどろに甘やかす。俺は俺の幸せのためにオーレリアに傍にいてもらわないと嫌だ。その分、オーレリアには愛情を注ぐ。彼女が幸せだと感じられるようにな」
「俺もです。生家も調べましたが、ドロシーは大切にされていないようでした。だから、俺が彼女に愛情を注ぎます。ドロシーが、俺の傍にいるのが幸せだと思ってくれるようにしますよ。ですから、ドロシーが嫌がることは有り得ません」
時々、逢い引きをしている男女を見かけると、ドロシーが冷めた目で見ているのを知っている。
ノアは、ドロシーのその目が熱量を持ってノアの方を見てほしいと願っていた。