【電子書籍発売記念】番外編②
読んでいただいてありがとうございます。4月25日にリブラノベルズさんから電子書籍が発売になります。コミックシーモアさんだと特典SSが付きます。よろしくお願いします。
「久しぶり、ノア」
「あぁ、本当に久しぶりだな。元気そうで何よりだよ、キリアム」
皇宮の廊下で、ノアは友人と再会していた。
フレストール王国の騎士団に所属している友人は、王国からの特使の護衛の一人としてバルバ帝国を訪れていた。
フレストール王国とバルバ帝国は、それぞれの大陸で最大勢力を誇っている。
そのため貿易が盛んで、良好な関係を結んでいた。
キリアムは元々小国の伯爵家の人間だったが、色々あって今は王国の騎士団に所属している。
「もうすぐ騎士団を異動するんだ。王都の治安を主な任務にしている第三騎士団の副団長になることが決まっていてね。そうなると今までのように国の外には行けなくなる。今回が最後の特使の護衛だよ」
キリアムは今まで国外に出る要人の警護を主な任務にしていたので、時々帝国を訪れてはノアとこうして直接会っていた。
「そうか。そうなるとあまり会えなくなるな」
「寂しい?」
からかうようにキリアムが言ったので、ノアは素直に頷いた。
そんなノアの姿を見て、キリアムが驚いた顔をした。
「……どうかしたのか?ノア、熱とかない?」
「素直に頷いただけだ」
「今までのノアにそんな素直さはなかった気がするんだけど」
「あのなぁ、人を何だと思っていたんだ?」
「ひねくれ者」
「おい」
こんなに素直な男はいないのに、とぶつぶつ文句を言っていると、キリアムは苦笑していた。
「素直な男に帝国の宰相補佐なんて務まらないよ。こんなにもノアが素直になれたのは、噂の婚約者のおかげかな?」
「……噂って何だ?」
「うちの義弟殿から聞いたんだ」
「コンラート殿か」
確かにこの間、キリアムの義弟で王国の貿易を担っている伯爵であるコンラートと会い、彼からドロシーへの贈り物を購入した。
だが、コンラートとドロシーは直接会ってはいないはずだ。
「婚約者への贈り物を見ている時のノアの顔が優しく崩れていたと言っていた。話を聞くだけであのノアがねぇ、と驚いたよ」
「……初めて真剣に惚れた相手だぞ。やっと手に入れた彼女のことを想うと、自然と顔にも出る」
「へぇ」
「そういう自分はどうなんだ?」
「俺?俺は気楽な独り身だよ。今は継ぐ家もないから、さらに気楽なものだ」
「王国の子爵位を持っているはずだよな?」
元々の伯爵位は親族に譲ってフレストール王国に行ったのだが、義弟が王国でも貿易で有名な伯爵でキリアム自身も騎士として優秀な人材だったので、女王が特例で子爵位を与えたと聞いている。
「そっちも領地はないし、名前だけの気楽な爵位だ。王宮でも貴族しか入れない場所などがあるから、そういう時に持っていると便利だし、他国へ行った時に多少は箔が付く。便利だからいただいたが、まぁ、名ばかりに子爵だからそれほど真剣には考えていないさ」
子爵位というのは、キリアムにしてみればほどほどに使い勝手がいい爵位だ。
下手に爵位が上がり、高位貴族や王家の何やらに巻き込まれるのはもうごめんだ。
キリアムが守りたいのは家族なのだから。
「……婚約者が、結婚したら新婚旅行でフレストール王国に行きたいと言っている」
「ならその時は王都を案内しよう。俺は王都の治安維持をする騎士になる予定だからな」
「あぁ、頼む。その時はちゃんと彼女を紹介するよ」
お互いにふっと笑うと、ノアとキリアムは軽く握手をして別れた。
ソファーで隣に座ったドロシーの髪を触りながら、ノアは彼女がこうしてこの場に存在していることを神に感謝していた。
「どうかしましたか?」
「いや。何でもないよ」
最近のドロシーは、抱きしめると素直に身体を預けてくれるようになった。
こわばっていた最初の頃とは全く違う。
信頼されている証だと思えて、ノアは内心で喜んでいた。
「フレストール王国からの特使が来ているのは知ってる?」
「はい。オーレリア様の元にも挨拶に来られました」
「その特使の護衛として友人が来ているんだ」
「まぁ、フレストール王国にご友人がいらっしゃったのですね」
「キリアムはフレストール王国の騎士で、主に国外に出る要人の護衛を任務にしているんだ。だから、いつもフレストール王国から誰かが来る時に護衛として一緒に来ていたんだが、今度、部署を異動することになったらしく、これからはフレストール王国の王都の治安維持を担うらしい」
「では、会えなくなってしまいますね」
「そうだな。でも、俺たちがフレストール王国に行った時は、王都を案内してくれるそうだよ」
ノアがそう言うと、ドロシーは少し間をおいて、顔を赤らめた。
先日、新婚旅行でフレストール王国に行こうという話をしたばかりだ。
「……まだ、先の話です」
顔を赤らめながら、ドロシーが小さな声で言った。
「分かってる。俺はドロシーと一緒じゃなければ行かないからね」
「……はい……」
ノアは、いつでもこうしてドロシーに言葉で伝えてくれる。
これから先もドロシーと一緒にいるつもりなのだと。
ノアは、女性の人気の高い男性だ。
皇帝の信頼厚い宰相補佐で次期侯爵。
自分の夫にと願う令嬢たちは多い。
今まで浮いた噂がなかったことも人気が高い理由の一つだった。
そのノアが選んだのが、皇妃に仕えているとはいえ、離婚歴のあるドロシー。
当然、そのことが面白くない令嬢やその家族たちが、ドロシーのことをこそこそ噂していることをドロシーは知っていた。
自分のことはどんな噂が流れようとかまわないけれど、ノアの評判まで悪くなるのは嫌だった。
時々、ノアと距離を置いた方がいいのかも、と弱気になる時があるのだが、そういう時は決まってノアからベタベタに甘やかされた。
言葉や態度で、ノアはドロシーに示してくれる。
フレデリカからは、もう諦めてね、と笑顔で言われた。
「……ちゃんと、考えます。だから、もう少しだけ……」
「いいよ。待ってるから」
「……ノア様」
この温もりを離したくない。
一度知ってしまった温もりから離れられない。
ドロシーはノアを強く抱きしめたのだった。




