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【電子書籍化】誰のための幸せ  作者: 中村 猫(猫の名は。)
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読んでいただいてありがとうございます。

 家族に、夫に翻弄されたからこそ、自分で掴み取ったこの場所から去りたくない。

 ドロシー自身が望んでこのまま皇城で働き続ける決断をしたことに、ユージーンは満足していた。

 思えばオーレリアはベリンダの生まれた国に留まりたいという我が儘の結果、ユージーンの下に嫁いで来た。

 ドロシーは、自分の居場所を求めて皇城で働き始めた。

 オーレリアもドロシーも、始まりは己の意志を蔑ろにされたことだった。

 けれど、今はこうして己の意志でこの場所にいることを選んだ。

 そのことをユージーンは嬉しく思っていた。


「あぁ、そうだ、ドロシーにはあまり関係ないことだが、あいつらと行動を共にしていると思われるリンド王国のベリンダだが、行方不明のままだ」

「ベリンダ王女が?ユージーン様、ベリンダ王女の命は無事なのでしょうか?」


 オーレリアが心配そうに尋ねると、ユージーンはあまり面白くなさそうな顔をした。

 公式の場ではともかく、妻と、ほぼ毎日顔を合わせている者しかこの場にはいないので、ユージーンが多少不満顔をしていても誰も何も言わない。


「さぁな。国境を越えたのか越えていないのかもまだ分からん。オーレリア、もし何かがあってベリンダの命が失われたとしても、それはアレの自業自得だ。気にするな」

「はい。ですが、知っている方がそういう風になるのは……」

「オーレリアは優しいな。あの女はオーレリアを自分の都合の良いように使おうとしていたのに」


 帝国に嫁ぐのが嫌でオーレリアの婚約者を寝取り、追い出したオーレリアが皇妃となったら今度は元通りになればいいなどという馬鹿げた提案をするような女だ。

 父王にどれだけ甘やかされて育ったのか知らないが、全て自分の思い通りになると思っているのなら、そうでないことを知る良い機会だろう。

 たとえその代償が己の命だろうとも。


「ドロシーに何かしてくることはないと思うが、しばらくの間は気を付けてくれ」

「はい、陛下。しばらくは皇宮から外に出ません」


 というより、外に出ても行く場所がない。

 ちょっとした日用品なら皇宮に来る商人から買えるし、ここに住んでいるドロシーは、皇宮内で衣食住の全てが完結してしまう。

 どこかに行くとしたら旅行とかお祭りとかになるのだろうか。

 けれど、今はそんな気にはなれない。

 刺繍は今もやってはいるが、布や糸はフレデリカが持ってきてくれるし、注文を受けて作った商品はやっぱりフレデリカが外に持って行ってくれる。

 こう考えると、我ながらつまらない人間だと思ってしまう。

 というか、色々な意味でフレデリカがいなかったら生きていけなかったと思う。


「あまり皇宮内にばかりいても窮屈だろう。たまには外出するといい。その時はノアを連れて行け」

「そうよ、ドロシー。あなたの目から見た外の様子をわたくしに教えてほしいわ」


 皇帝夫妻の方こそ皇宮内にずっといて窮屈なはずなのに、そう言って微笑んでいる。

 二人とも、生まれた時から大勢の人に囲まれて育っているので慣れていると言えばそうなのだろうが、それでも自然にそう言える皇帝夫妻に、ドロシーは改めて尊敬の念を抱いた。


「私の説明で、オーレリア様に上手く伝えられるでしょうか?」


 口下手な方なので、見たものをしっかりオーレリアに伝えられる自信がない。

 そういうのはレティシアが上手いのだが……。


「ふふ、いいのよ、そんなに上手い言い方でなくても。その方が、いつか自分の目で見た時に答え合わせのようで楽しめるでしょう?」

「なるほど、そういう楽しみ方もあるか。人から聞いて想像していたものと全く違っていたら、それはそれで面白いな」

「えぇ、それがいつになるか分からないけれど、これから先の楽しみの一つになりますわ」

「ドロシーから聞いて行きたい場所が出来たらすぐに教えてくれ。視察をねじ込む」

「陛下、部下が大変なのでいきなりねじ込むのは止めてください。日程は何とか調整しますから」


 ドロシーの話だったのに、ちゃっかりオーレリアと一緒に視察という名の旅行に行こうとしたユージーンを、宰相補佐であるノアが止めていた。


「オーレリア様の想像力を引き出す説明が必要なのですね……」

「ちなみにドロシー殿、絵の方は?」

「多少は」

「あら、絵なんてだめよ、ドロシー。見るまでの楽しみを奪わないでね」


 ノアが助けるつもりで絵を描くことを提案しようとしたのだが、見事にオーレリアに阻止された。


「分かりました。何とかがんばります」


 とは言ったものの、オーレリアに説明する前に他の人で練習した方がいいかもしれない。


「あの、ノア様」

「ん??」

「説明の練習台になっていただけないでしょうか?」


 ノアに説明して理解してもらえなければ、きっとオーレリアにも上手く説明出来ない、そう思ってドロシーはノアにお願いをした。


「いいよ。でも、ドロシー殿が見る景色は、俺も一緒に見ることになるよ?」

「え?」

「今、陛下が言っていただろう?君が外に行く時は俺を連れて行くように、って」

「……え……?」


 言っていた?そうだっけ?そういえば、さらっと言われた気がする。

 オーレリアへ説明しなくてはいけないということばかり考えていたので、その前にさらっと言われたことを忘れていた。


「……同じものを見るんですか?」

「そうだな」

「……一緒に行く?」

「そうなるな」


 ……それって、離婚直後の貴族女性としてどうなのだろう?

 変な噂が立たないだろうか。


「ドロシー殿、皇宮内だと色々と人目もあるし、お互いに仕事もある。たまには外でデートをしよう」

「デート、ですか」

「そう。少しでもお互いのことを知れるように。ひょっとしてドロシー殿、俺が君に告白したの、忘れてる?」


 デートという言葉に理解が追いつかず、デートって何だろう、とか考えていたドロシーにノアがそう言ったので、ドロシーは顔は一気に赤くなった。


「あ、その、え、あ……」


 想いが通じ合った男女が一緒に出かければ、それは確かにデートと呼ばれるものだ。

 ドロシーがまだ返事を保留にしているので正確には違うのかもしれないが、ノアと二人で出かけたら確かにデートになる、と思う。


「デートか。いいな、それは。オーレリア、皇宮の外には出られないが、後で一緒に奥の庭園をデートしよう」

「まぁ、ユージーン様、喜んで」


 うろたえるドロシーのことなどおかまいなしに、皇帝夫妻は二人の世界に入っていた。

 常に見られていることが当たり前の二人は、甘い雰囲気を出しているその場にノアとドロシーがいても決して動じない。


「……ノア様、申し訳ありませんが、私はあそこまでは……」

「臣下としては、陛下と皇妃様の仲が大変良いのは喜ばしいことだな。まぁ、俺たちは俺たちなりに進んでいこう」

「は、はい」


 濁して皇帝夫婦のようなのは無理だと告げると、苦笑しながらノアがそう言った。

 もし恋人になったとしても、オーレリアのようにはなれない。

 ドロシーのその思いを、ノアは正確に感じ取ったようだった。


「他の人たちと同じじゃなくていい。自分たちのペースでいけばいい」

「……そうですね」


 ノアのペースではなく、ドロシーのペースでもなく、二人のペースで進む。

 どちらの意志も尊重して、独りよがりにならないように。

 返事はまだだしこのまま仕事に打ち込む気ではいるのだが、いつの間にかドロシーは、ノアと一緒にいることを考え始めていたのだった。

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