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【電子書籍化】誰のための幸せ  作者: 中村 猫(猫の名は。)
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 フレデリカが見舞いにきてくれた翌日には自分の部屋に戻れたが、噂のこともあって、ドロシーは結局、十日ほど部屋に引きこもった。

 元々、ドロシーのことをよく知っている皇城勤めの人たちはドロシーに関する噂を信じていなかったので、今更よね、とサイラスのことを怒っていた。

 皇城で皇帝が出てくるほどの騒ぎを起こしたサイラスの友人たちは、フェレメレン侯爵家からの正式な抗議の手紙が来たこともあって家族が激怒し、皇城勤めさえも辞めさせて自領で謹慎させたそうだ。これから先、一生皇都に戻ってくることはないという。

 今回の騒動で、サイラスは妻と友人を全て失った。

 皇城に入ることが出来ない妹も、貴族令嬢としては微妙な立場になった。

 色々と噂されているサイラスだが、黙々と仕事を熟して家に帰るという規則正しい生活を送っているらしい。

 この辺は、フレデリカやレティシアが教えてくれた。

 そして、久しぶりに出仕したドロシーは、いつも通り図書室近くの廊下でノアと会っていた。


「ノア様、助けていただきありがとうございました」

「ドロシー殿が無事でよかったよ。頬の腫れも引いたようだね」

「はい。痕が残るような怪我もありませんでしたし、ご心配をおかけしました」


 いつも通り滅多に人が通らないこの廊下には、ノアとドロシーの二人だけしかいない。


「ミラー伯爵のことは聞いた?」

「はい。正直、変な噂のせいで部屋から出たくなかったです。本気で退職を申し出ようかと思ったくらいでした」


 さすがにユージーンまで出てきたのでドロシーのことは被害者という位置づけだが、それでも色々な噂が飛び交っていた。


「それは陛下も皇妃様も困ると思うよ。お二人とも、君のことは信用してるから」

「それは有難いのですが、目立つのが苦手なので噂で私の名前が出るのがちょっと……」


 今までは「ミラー伯爵の妻」と言われて噂されていたので名前は広まっていなかったのだが、今では「ドロシー」という名前がばっちり広まっている。

 通りかかった時などに、おしゃべりな人たちの話の中で自分の名前が聞こえてきたら、絶対に驚いてしまうだろう。


「……君の家族のことは?」

「……はい、それも聞きました」


 残念ながら父によって売られた家族は、すでに生贄にされていた。

 貴族ならばより上位の家の者ほど生贄に良いとしている連中だ。

 思いがけず手に入った伯爵家の人間など、すぐに生贄にしたのだろう。

 良い思い出なんて一つもない家族だが、正直、ドロシーの心境は複雑だった。

 

「……どうしていいのか、自分自身でも分かりません。悲しんでいいのか、それともほっとしたと思うべきなのか……、ずっと私を虐げてきた家族です。時には恨みもしました。ですが……私は……」


 言葉で上手く言い表せないドロシーが、困ったような顔をした。


「無理に言葉に出さなくてもいいよ。その感情に名前をつけることもしなくていいと思う。時に恨んで、時に許して。揺れるのは仕方ないんじゃないかな。嫌なことを思い出せば恨むこともあるだろうし、もういない人たちのことをいつまでも引きずっていたくないという気持ちだってあるだろう。今回のように関係のない人たちが面白おかしく噂することだってある」

「……そうですね。いつまでも引きずっていたくなくて忘れようと思っているのですが、あの人たちのことはちょっとした瞬間に思い出してしまいます。いくら今の私とは関係のない存在だと思いたくても、記憶は忘れてくれません。困りますね」


 どれだけもう関わらないと決めても、いつだって記憶は蘇ってきた。

 これから先、ドロシーがいくら幸せになろうともその記憶はきっと消えないし、忘れることも出来ない。

 嫌な記憶であり、そして同時に今のドロシーを作り上げた記憶でもある。


「こういう記憶は、きっと一生消えないんです」

「……確かに消えないかもしれない。これから先、それを少しでも上回る幸せな出来事がドロシー殿の記憶に残ることを願うよ。……出来れば、その幸せを一緒に残したいと思っている」

「ノア様」


 正直、まだ、怖いという気持ちはある。

 誰かを信じてドロシーの全てを委ねたら、また裏切られるかもしれない。

 家族になるのが、怖い。

 ドロシーの今までの人生は、家族というものが一番怖くて嫌な存在だった。

 そして、同時にドロシーは家族というものに憧れていた。

 自分が持ったことのない、友人たちの話の中でしか聞いたことのないちゃんとした絆がある家族。

 親兄弟や自分の伴侶と笑い合える家庭というものを、ドロシーは欲していた。


「返事はゆっくりでいいよ。とりあえず、そろそろ陛下のもとへ行こうか」

「あ、はい」


 今回の件については、ユージーンが直々に采配をした。

 ドロシーの実家の伯爵家のこともあるので、ユージーンから呼び出しがかかったのだ。

 指定された時間が朝一ではなく、こうしてノアと少ししゃべった後に来られるような時間にしてくれたのは、ユージーンの優しさだろう。

 少しでもドロシーの心が落ち着くように。

 誰も居ない図書室近くの廊下とは違い、皇帝の執務室に行くまでの廊下は人の往来が多い。

 ノアと二人で歩いていると、好奇心に満ちた目で見られているのが分かる。

 ただ、今までのように少し嫌な感じのする目ではなくて、何と言うか、同情するような感じが強い気がした。


「今まで噂を鵜呑みにしていた人たちは、ちょっとした罪悪感もあるそうだよ」


 ドロシーが少し居心地が悪い感じになっているのを察したノアが、そう教えてくれた。


「少し、目線が……」

「気にするな、といっても気になるよな。さすがに陛下の執務室までは入ってこないから、急ごう」

「はい」


 適度な距離を保って、二人は皇帝の執務室へと急いだ。


 


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