表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【電子書籍化】誰のための幸せ  作者: 中村 猫(猫の名は。)
22/28

読んでいただいてありがとうございます。

「こんなに、こんなに腫れて!」


 翌日、ドロシーが殴られて皇宮の医務室で療養していると兄から聞いたフレデリカは、入ってくるなりそう言って泣きながらドロシーを抱きしめた。


「フレデリカ、ごめんね、心配かけちゃったわね」

「お兄様から聞いた時は、本当に倒れるかと思ったわよ。私のためにも、もう二度と怪我はしないで。絶対に!ね、お願いよ」


 ドロシーだって好きでこんなことになったわけではないのだが、少し自分を蔑ろにする傾向にあるドロシーのために、わざわざフレデリカがそう言ってくれているのは分かった。


「そうね。フレデリカが倒れたら大変だもの」

「そうよ、大変なのよ」


 涙を拭ったフレデリカの目の下には、うっすらと隈があった。

 きっと昨日の夜は、眠れなかったのだろう。


「ノア様には、色々とお世話になってしまったわ」

「いいのよ、いくらでも使って。今回は、お兄様が近くにいなかったって聞いているから仕方ないけれど、もしお兄様が近くにいてドロシーが怪我を負っていたのなら、私がお兄様に青あざの一つや二つは作ったわよ」

 

 ちょっと腹黒くて、我が兄ながら恋人にするのは無理、とフレデリカは思っているのだが、次期侯爵ということもあって、けっこう女性人気は高い。

 ドロシーとは、会っている場所があまり人が来ない図書室の近くの廊下で、さらに一応、人妻との立ち話程度なのであまり噂になっていないようだが、その他の場所では狙われているのを知っている。

 何せ、狙っている当の本人たちから、お茶会などで兄の動向を聞かれることが多いのだ。

 最初はドロシーのことを紹介しようかどうか迷っていたが、皇妃の女官ともなれば高確率で兄と出会うだろうと思って、兄には、私の親友を気にかけてほしい、と強く釘を刺したつもりだった。

 兄がわざわざフレデリカの部屋を訪ねてきてドロシーの話をした時に、兄がドロシーに恋をしたことにさすがに気が付いた。

 だから兄に、ドロシーを幸せに出来ないのなら何としてでも阻止をする、と告げた。

 だって、ドロシーは家族のことでずっと苦しんでいた。

 結婚すると聞いた時には、やっとあの家族から離れられると思って喜んでお祝いを贈ったのに、まさか相手があんな男だなんて思ってもみなかった。

 今度こそ、ドロシーにはドロシーのために幸せになってほしい。

 ドロシーがもし自分自身のための幸せを掴むのに戸惑うのならば、フレデリカの幸せのためにもドロシーに幸せになってほしい、と言って背中を押すつもりでいる。

 ドロシーが義理の姉というのも悪くはない。


「そういえば、今のドロシーに言うのはちょっとあれかもって思うけど、他の人から急に聞かされるよりは、私の方がいいと思うから言うね。ミラー伯爵とドロシーのことが噂になっているの」

「え?」


 ドロシーの実家であるコートヴァー伯爵家については、まだ公には伏せられている。捕縛に関わったのは近衛ばかりだったので、皇帝の近くにいる彼らは余計なことを他に漏らさない。

 ただ、ドロシーがここに運ばれている姿は、昼間だったせいで多くの人に見られていた。


「ドロシーがここに運ばれた時、お兄様が抱えていたらしいの。それでドロシーが不貞を働いていたんじゃないかって噂が流れたの。日中だったし、一気に広まったみたいよ」

「……嘘でしょう?」


 確かにここに運び込まれたのは日中で人も多い時間帯だったが、たった一日でどうしてそんな噂が流れているのだろう。


「原因はミラー伯爵の友人たちよ。お友達の一人が、ドロシーが運ばれていく様子を遠巻きに見てたんですって。それで、すっごく好き勝手にドロシーのことを周囲に話しまくったみたいなのよ。そうしたら今度はミラー伯爵が、その友人たちを怒鳴りつけて怒ったのですって。ミラー伯爵だって今まで散々ドロシーの悪口を言っていたくせに、ドロシーはそんな女性じゃない、とか言ったらしいわ」

「……ここから出たくないかも……」


 どうして、そんな騒ぎになっているのだろう。

 円満とは言わないが、それなりにお互い納得して離婚したら家族に生贄に捧げられそうになって、何とか助かったらどうしようもない噂に振り回されそうになっていて……。ここで静かに過ごしているのが一番平和な気がしてきた。


「で、さらにミラー伯爵が、自分たちは離婚した。それは俺が全面的に悪い。ドロシーは真面目で優しい女性だったのに、お前たちの悪いことばかり言う話を信じた俺が馬鹿だった。今度もドロシーを貶めるつもりか!って大勢の人の前で叫んだらしいわよ」

「……やだ、私、もうお城の中を歩けない……」


 ドロシーは、両手で顔を覆った。

 もう、本当に恥ずかしくて外を歩けない気がする。


「ドロシーは堂々と歩きなさいよ。あっちが悪いんだし。続きがまだあるわよ」

「まだあるの?」


 もう勘弁してほしい。


「大勢の人の前でそんなことをやっていたから、皇帝陛下まで出てこられてね」


 そっか、陛下まで出てきちゃったんだ……退職願を書いた方がいいのかな。

 何の功績もない平凡な伯爵家の離婚話が、どんどん一人歩きを始めている。


「事情を知った陛下がドロシーのことを皇帝と皇后が信頼する女官だって言って、ドロシーとミラー伯爵の離婚は双方の言い分を聞いて調査した上で俺が裁可したんだから、不満があるなら今、堂々と前に出て俺に文句を言えって言ったそうよ。そんなこと言われたって、出られるわけないわよねぇ。あの人たちは、ただ単にドロシーとミラー伯爵の仲をぐちゃぐちゃにしてその様を楽しんで見ていたかっただけだし」


 皇帝夫妻の信頼はとても有難いし嬉しいが、その宣言は今じゃない気がする。

 けれどフレデリカの言う通り、サイラスの友人たちは単純に面白がって人の家庭を壊してきたのだ。

 そこに政治的な意図など一切ない。

 何なら皇帝の不興を買うことで家から見捨てられる可能性だってある。

 仲間内の軽い冗談くらいにしか思っていなさそうだ。

 それが外から見てどれだけのことをやっているのか自覚がない。

 どう見られているかなどは考えていない。

 気にするのは、それを同じように楽しんでいる人たちの反応だけだ。


「当然、陛下に文句を言う人なんていなくてその場は解散になったそうだけど、ミラー伯爵がぶっちゃけちゃったから、今まではひどい女性を妻に持った可哀想な男性だったのに、妻を友人と蔑ろにしていたひどい男って噂が流れ始めちゃってるのよ」


 ますますここから出たくなくなってきた。


「どうしてサイラス様は、わざわざ大勢の前でそんなことを……」

「お兄様曰く、罪滅ぼしだろうって。自分と友人が全て悪いって宣言すれば、ドロシーに対するあれこれはなくなるからって。確かに、放っておいたらドロシーのないことばかりの噂が流れそうだものね」

「……それも嫌だけれど……」


 ただ静かに暮らしたいだけなのに、騒動が追いかけてくるのは何故だろう。


「やり方はともかく、ミラー伯爵の友人たちが流す噂は嘘ばかりだって言うのが、皇城には広まったわよ。それに、ドロシーの不貞の相手だと噂されそうになったのはお兄様だから、うちからも各家に正式に抗議の手紙を出すことになったわ」


 フレデリカは、ふふふと笑った。

 フェレメレン侯爵家を相手にするくらいなら、各家は子供の方を切るだろう。今の仕事を真面目にしていれば生活に苦労はしないはずなので、これからは大人しく仕事をすればいいと思う。


「ドロシーはまず傷を治すことに専念してね。ここがちょっとうるさくて不自由なら、うちに来ればいいわ」

「そこまでは……」

「いいのよ。私の大切な友人に文句を言う者など我が家にはいないわ。お父様もお母様も、ドロシーのことは知ってるから大丈夫よ」

「本当にありがとう。でも、いいの。少し一人で考えたいこともあるし」

「一人で大丈夫?怖くない?夜中にうなされたりしない?」

「フレデリカ……」


 夜中に思い出すのではないかと心配してくれる友人に、ドロシーは感謝しかなかった。


「うん、そっちは大丈夫。むしろ今聞いた噂話の方が心配よ。ここ最近、私の周りで色々とあったでしょう?ちょっと自分なりに整理したくて」

「そう。大丈夫そうならいいけれど、私、明日も来るからね。何か持ってきてほしい物はある?」

「今のところはないわ」

「……お兄様に伝言とか、ある?」


 ちょっと気まずそうにチラッとドロシーの方をフレデリカは見た。

 フレデリカがどこまでノアから聞いているのか知らないけれど、ノアとドロシーの関係を何となく知っている気がする。


「お礼だけ言っておいてもらえる?後は……自分で言うわ」

「うん」


 余計なことは聞かずに、友人は小さく笑ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 サイラスの友人モドキたちはそろそろ放逐か、一纏めに僻地の砦に飛ばすべきでは…?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ