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「デイジー・ミラー、直答を許す。お前は自分の罪を理解しているか?」
皇帝と視線があって、デイジーはビクリと身体を震わせた。
膝がガクガクとしていて、一人では立っていられそうにない。
「つ、罪……あの、ベリンダ王女をつ、連れてきたこと、でしょうか?」
「それもある。皇宮に不用意に他国の王女を連れてきて、なおかつ面会に定められた部屋から勝手に出て皇宮内をうろついていた」
「で、ですが、たかが女性一人のことです」
「女性一人であろうとも、毒を仕込むことくらい簡単に出来るのですよ。デイジー嬢、あなたは陛下を危険にさらしたのです」
「俺だけではなく、この皇宮にいる者全員を危険にさらした」
ユージーンとオーレリアの言葉に、デイジーはその場に座り込んでしまった。
「そんな、そんなつもりはありませんでした。ただ、ベリンダ様が陛下にお会いしたいからって……。会えば大丈夫だからって」
「で、俺と会った結果はどうなった?」
痛みを伴う罰はなかったが、ベリンダは二度と帝国に入ることを許されず、彼女の祖国は、放置されることになった。
何を根拠に、大丈夫だと言われたのだろう。
「も、申し訳、ございません」
デイジーには謝ることしか出来ない。
責任を取れと言われたってどうすればいいのか分からないし、それにデイジーはただの伯爵家の娘であって、皇城に勤めているわけでもない。
チラリと兄、そしてオーレリアの傍で何の表情も浮かべずに立っている義姉の方を見た。
責任を取れ、と言われたら、伯爵家の当主である兄が取るのだろうか、それとも、義姉に会いに来たという名目があったので、義姉が取るのだろうか。
……出来れば、義姉だけで済ませてほしい。
だって、兄にはベリンダ王女に関わるなと言われただけで、皇城に来たことは兄には直接関係ない。
そうよ、全てドロシーお義姉様が悪いのよ。
お義姉様が皇城に勤めなければ、ここに来る口実だってなかったのに。
「ドロシーお義姉様に会いに来ただけで、私は本当に……」
全てドロシーに押しつけようと思って、デイジーはドロシーの名前を出した。
このまま泣きつけば、きっと陛下も分かってくださる。
私はドロシーお義姉様に会いに来ただけで、ベリンダ王女は一緒に行きたいと言われたから連れてきただけ。ドロシーお義姉様はもう大人で、私はまだ子供だもの。
「だから、私は」
「デイジー・ミラー、ドロシーを雇い入れる時に、彼女の身辺調査は全て済ませている。常にオーレリアの傍近く仕える人間になるんだ。当然のことだろう?お前たち兄妹のことだって、全て調べた。それこそ、家族としてドロシーをどういう扱いをしているのかもな。その上で、問おう。お前はドロシーに会いに来るほど親しい関係を築けていたのか?」
「え?」
「嫌っている人間にわざわざ会いに来た理由は何だ?」
「そ、それは」
知られている?え?全部?
……私が、ずっと夫婦の仲を邪魔していたことも?
青ざめた顔からさらに血の気が引いていき何も言えなくなっているデイジーを、ユージーンは冷たい瞳で見下ろした。
「サイラス・ミラー、先ほども言った通り、お前の妹は皇宮内への無期限の出入り禁止だ。当然、夜会などにも出席させるな。素直に認めていたら、期限に関しては多少考慮してもよかったのだが、ドロシーに己の罪をなすりつけようと必死になっている姿を見て、直すつもりなどないだろうと判断した。身体が弱いのならば、どこぞで療養でもさせるのだな」
デイジーが言い訳をしようとする前に、ユージーンはデイジーの処分を決めた。
「はい。妹はすぐに屋敷にて謹慎させます」
「あぁ。ドロシー」
「はい」
サイラスとデイジーには冷たい瞳を向けたユージーンだったが、ドロシーに向けたその瞳からは剣呑さは取れていた。
「お前の名前は利用されただけだが、これから先、面会の仕方も多少は変えねばならんな」
「申し訳ございません」
「緩い部分があったのだ。今回は何も被害がなかったが、引き締めねばならん」
「はい」
「義妹の処分については?」
「不服はございません。彼女の行動が、皇宮を危うくし、リンド王国との関係を切るきっかけとなりました。デイジー・ミラーの行動は、帝国の伯爵令嬢として相応しいものではありませんでした。自分の行動一つで、家や国を危うくすることもあるのだということを知らぬ者は、皇宮には相応しくございません。それに、そのような教育しか出来ていない娘を他家に嫁がせることなど、伯爵家としては恥でしかございません」
今まで蔑んできた存在であるドロシーにそこまで言われて、デイジーの顔がさらに青くなった。
そこまで言わなくても、そう思って兄を見れば、兄の顔も真っ青になっていた。
デイジーの教育が出来ていないのは、本人の勉強嫌いもそうだが、何より両親とサイラスが際限なく甘やかしたせいだ。
伯爵家全体でデイジーの教育に失敗した。
ドロシーは皇帝にそう告げたのだ。
「ミラー伯爵」
「はい」
「次は失敗しないようにすることだな。以上だ。下がれ」
「はい」
サイラスはデイジーを連れて部屋を出る前に、ちらりとドロシーの方を見た。
けれどドロシーと目が合うことはなく、その横顔には哀れみも蔑みも、ましてや勝ち誇った様子もなく、ただただ前を真っ直ぐに見ているだけだった。
「あの程度の罰でよかったのか?」
その夜、夫婦の寝室でユージーンはオーレリアにそう聞いた。
オーレリアは、その問いに「はい」と頷いた。
「下手にあれ以上の罰を与えると、さらに勘違いする可能性がありますから」
「あぁ、そうか。俺が激情のままに重い罰を下して、さらにリンドを皇妃領にしたら、帝国がリンドを欲して王女に重い罰を下した、と解釈するということか。リンドの地は帝国が欲しがるほどの価値がある、そういう風に思い込むやつらがいるということだな」
「王女の帝国への入国禁止。帝国からはそれ以上の罰を与えず、何の干渉もしない。もちろん、今回リンドが望んでいた他国との輸出入での調整の仲介もいたしません。リンドにとって、それが一番の罰になります」
「何の優遇もされず、期待もされず、悪化しても滅びようとも何の興味も持たれない。ただそこにあるだけの国。帝国の皇妃の出身国だというのに、何の恩恵にもあずかれないとはな」
くっくっく、とユージーンは意地悪そうに笑った。
以前、ユージーンがオーレリアにリンドが欲しいかと聞いた時は、いらないと断られた。
すくい上げたい人材たちは、勝手に帝国にやってきて、今では帝国のために働いている。
唯一王族の中でまともな王妃は、最後まで見届けるためにリンドに留まった。
あの地には、もう何もなく、帝国からも見放された。
「ベリンダは大人しくなるか?」
「分かりません。彼女は帝国では何の力もありませんし、リンドが帝国に何か出来るとも思えません。さらにすでに結婚もしていますので、王女としての価値もありません。リンドで生涯大人しくしている以外、選択肢はないと思うのですが……」
「意外性がある女だからな。家出くらいはするかもしれんぞ」
「したところで、リンド国内でも市井で生きるのは難しいでしょう。あの方にああいった生活が耐えられるとは思えません。私も最初は戸惑いましたから」
「まぁ、あの女は俺たちの知らぬところで好きに生きればいいさ。ところでオーレリア」
「はい?」
「公爵令嬢であったお前が、市井で生活したことがあるのか?」
「はい。お父様から庶民の生活を身を以て学びなさいと言われましたので、三ヶ月ほどですが、変装して暮らしました。初めて作った料理は、焦げてしまったのですが、お父様は喜んで食べてくださいました」
懐かしい思い出だ。たった三ヶ月だけだったが、身の回りのことを全て自分でやり、買い物にも出かけた。完全なる庶民の生活、というわけではなかったが、それでもあの体験は貴重なものだった。
「私、ユージーン様に捨てられたらお父様と二人で静かに暮らすつもりで帝国に来たんです」
「残念ながら、生涯捨てる予定はない。だが、そうだな、二人っきりで暮らしたら、お前の手料理が食べられるのか?」
「……何とか食べられる程度のものですよ?火加減がよく分からなくて、すぐに焦がしてしまいます。あれ以来、作ったこともないですし」
「義父殿だけ食べたというのが気に入らん。俺にも作ってくれ。焦げていようがかまわない」
「お腹を壊したらどうなさるおつもりですか?」
「少なくとも、義父殿よりは頑丈な身体を持っているつもりだ。義父殿が食べられたのなら、俺も食べられる」
「どんな理屈ですか……」
くすくすと笑いながらオーレリアはユージーンに身を寄せた。
「私だって、ユージーン様に食べていただけるのでしたら、納得のいく料理をお出ししたいですわ。ですから、少しお待ちください。練習しますので」
「試食も付き合う」
「まぁ、練習の料理から食べられては、待っていただく意味がありませんわ」
ユージーンは、愛しい妻を抱きしめたのだった。




