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今まで色々なことをやらかしている妻が処分されることを覚悟したフレディと違って、妹が皇宮の侵入者になってしまったサイラスは、その事実を受け入れられないでいた。
「ミラー伯爵、なぜお前の妹とベリンダ王女が共に行動しているのだ?」
「は、はい。我が家は、過去にリンド王国の王女を迎えたことがございます。王女と言っても庶子の娘で、我が家に嫁いでから数年後、子供を生んだ後に儚くなっております。我が家とリンド王国にはその縁はありましたが、今まで連絡を取ったことはありませんでした。ですが、先日、突然ベリンダ王女より手紙が届き、中には、陛下に取り次いでほしいと書かれていましたので、断りの手紙を妹が持って行きました」
「断った?だが、今、お前の妹は一緒にいるようだが」
「……妹は、自分が小国でも王家の血を引いていることを喜んでおりました。断りの手紙も妹が渡すと言って持って行きましたが、おそらく渡していないかと。以前、皇宮に勤めている者がいれば、面会のために皇宮の、普段は関係者以外出入り禁止の場所に入ることが出来ると教えたことがあるので、ドロシーの名を出して皇宮に入ったのでしょう」
妹のことを信じていたが、今ならば分かる。
デイジーは、自分が思っているような妹ではない。
ドロシーに意地悪されたと言っていたが、きっとそんなことはないのだろう。
……友人たちも一緒だ。
友人たちには、ドロシーの話を色々と教えられた。
曰く、不誠実で、過去に何人もの恋人がいて、派手好きな女性。
どこがだ、と問い質したい。
むしろ逆だ。生真面目で、仕事をきちんとこなし、ネックレスの一つも持っておらず、そして何より皇帝陛下と皇妃様の信頼をしっかりと得ている。
サイラスだって皇宮に勤めている身だ。
ユージーンがどういった人物なのかは心得ている。
ドロシーが本当にサイラスの友人たちの言うような女性なら、こんなに信頼を得ていない。
「陛下、妹が無断で皇宮内をうろついているのでしたら、十分に処分の対象になります……」
グッと握りしめた拳に力を入れて、サイラスはユージーンを見た。
「……いかなる罰でも、お受けいたします」
罰を軽くしてほしい、なんて言えるわけもない。まして、見逃してほしいなどとは間違っても言えない。そんなことを言ったが最後、ミラー伯爵家そのものの存続が危うくなってしまう。
「……今回のこと、表沙汰にする気はない。幸い事情を知っているのは、ここにいる者と、今、二人を探している者たちだけだ。内々の処分にする。リンドの外交官よ、ベリンダは帝国から追放する。生涯、帝国に足を踏み入れることは許さん。俺とオーレリアの前に姿を見せることもな。お前が責任を持ってベリンダを監視しろ。ミラー伯爵、お前の妹は皇宮内への立ち入り禁止だ」
「はい。寛大なご処分、感謝いたします。」
「はッ!妹はすぐに領地に送ります」
処刑さえも覚悟していたので、この処分にフレディとサイラスは多少なりとも安堵した。
ただし、華やかな帝都を知ってしまったベリンダは二度とここに来ることは許されないし、もし皇帝夫妻がリンド王国に来た場合は、二人の目に入らないように大人しく隠れているしかない。
そして、デイジーは帝国の貴族令嬢としては死んだも同然になった。
誰が好き好んで、皇宮に入ることを許されない妻を持つというのか。
理由が表沙汰にならなくても、夫となる人物には言わないわけにはいかない。
「ミラー伯爵、ドロシーに感謝するんだな。皇宮に上がって以来、ドロシーは献身的にオーレリアに仕えてくれている。ミラー伯爵家を処分するとなると、ドロシーにまで累が及ぶ。それは避けたいのだ」
「……はい。ドロシー、済まない。デイジーが勝手に君の名を使ってしまって」
サイラスの青ざめた顔がドロシーの方を見た。
「……これから先、きっとデイジー嬢は苦労なさると思います。支えてあげてください」
「……あぁ……」
ドロシーはユージーンとオーレリアに深く頭を下げた。
「陛下、ありがとうございます」
「ドロシー、ついでにお前とミラー伯爵について確認しておきたい。このまま離婚したいと言うのならば、今この場で認めるが、どうする?」
オーレリアからドロシーの離婚について相談されていたので、当事者が揃っているこの場で一緒に済ませてしまおうと考えて、ユージーンはドロシーに聞いた。
通常は役所で書類などを出して手続きをすることだが、皇帝が認めてくれるのならば、誰にも覆すことは出来ない。
離婚、その言葉を聞いた瞬間にサイラスの身体がこわばったのを、ノアは見逃さなかった。
ノアは、ドロシーからネックレスの話を聞いた辺りでひょっとしてと思っていたのだが、どうやらサイラスは本気でドロシーとやり直すつもりでいたようだ。
だが、今回の騒動でそれも難しくなった。
サイラスの妹が、勝手にドロシーの名前を使って皇宮にベリンダ王女を引き込んだ。
それは、許されないことだ。
今までの負い目もあり、この状況でドロシーが離婚を望んだら、サイラスは頷くしかない。
「……元より離婚はするつもりでいたので、お認めくださるのでしたらお願いいたします。ですが、最後にサイラス様と話をしたいので、もう少しだけお待ちいただけますでしょうか?」
「いいだろう。ドロシーとミラー伯爵の話し合いが終わりしだい、二人の離婚を認める。ミラー伯爵、それでいいな」
「はい」
出来れば、ドロシーとやり直したかった。
皇宮で働き出したドロシーは、サイラスの耳に入ってきていた噂と違っていた。
こんなに生き生きとした美しい女性だとは、知らなかった。
たまに食堂や廊下で見かけるドロシーは、家族には見せたこともないような優しい笑顔で人と話をしていて、その笑顔をなぜ自分に向けてくれなかったのかと言いたくなった。
……ドロシーからその笑顔を奪っていたのは、自分たちだと心のどこかで理解していた。
けれど、あの姿こそがドロシーの本当の姿なのだと、認めたくなかった。
それを引き出せなかった愚かな自分から目をそらしていたかった。
だが、現実は容赦なくサイラスに離婚という二文字を突きつけた。
ちょうどその時、扉がノックされて、二人の捜索に向かっていた衛兵がやってきた。
「デイジー・ミラー伯爵令嬢とリンド王国のベリンダ夫人を発見いたしました。もうまもなく、こちらに連れて参ります」
「あぁ、ご苦労だったな。この件に関しては、箝口令を敷く」
「はッ!」
ユージーンは衛兵の仕事に満足したように頷いた。
「さて、当事者の言い訳を聞くか。あの二人の下らん言い訳でもっと罰が重くならんことを、祈っておくがいい」
フレディとサイラスの悲壮感に溢れた顔を見ながら、ユージーンはにやりと笑ってそう言った。




