5.悪役令嬢、眠る
「お嬢様。お医者様です」
お母様の手によって、お父様は追い返されて代わりにお医者様がいらっしゃいました。
「サーシャ嬢。大変だったね。無理はしなくていいよ。お父上にも無理に会わなくていい。まずは体調を最優先にしよう」
そう言われて、わたくしは首を傾げました。
「しかし、わたくしはお父様の娘ですわ。お父様に会わないなんて親不孝なこと……」
「じゃあ、君のお父様は君を追い詰めないかい? あれから、お母上に贈り物が届いていると聞く。それだけで、君はお父上を許せるのかい?」
「……。わたくしの心が狭いから。そもそも、わたくしが弱すぎるせいなんです」
「サーシャ嬢。君は十分頑張っているよ。今は身体が限界を訴えているんだ。今無理をしたら、回復にもっと時間がかかってしまうよ?」
「でも……」
「頑張りすぎない。これが今の君の目標で、今後の君にも必要なことだ。君の脳……頭がSOSをあげているんだ」
「はい……」
「マリアと言ったかな? サーシャ嬢にはしばらくしっかり休養してもらうように。無理はさせないで」
そう言われて、マリアは大きく頷きました。マリアとお医者様の間に信頼関係のようなものを感じて、今までのマリアはお医者様から助言をもらって動いていたんだと知りました。わたくしが弱いせいで多くの方にご迷惑を……。
マリアがわたくしを優しく撫でてくれます。布団をかけ直され、わたくしは目を瞑ります。眠い。なんでこんなに眠いのでしょう。うとうとと目を閉じるわたくしの頭をマリアが撫で続けてくれて、わたくしは眠りにつきました。あぁ、お医者様にご挨拶をしていない。そう思いながら。
眠る、起きる、食べる。そんな生活を続け、少しずつわたくしは回復してきました。
「マリア。わたくし、そろそろ社交に戻らないと」
マリアにそう言うと、目を見開いたマリアに反対されました。
「何を言っているんですか!? お嬢様。まだお休みするべきです。お医者様からの許可が出るまで、このマリアが許しませんよ?」
お茶を差し出され、お菓子を並べられます。
「じゃあ、お菓子作りならいいかしら?」
「無理のない範囲で、少しだけですよ?」
わたくしが楽しいと感じたこと。お菓子作りもきっと楽しかったのでしょう。マリアが頷いてくれました。
「お母様。お菓子ですわ」
お菓子を差し出すと、お母様が笑ってくれます。
「あら。サーシャはお菓子作りまで上手なのね」
笑ってくれたお母様にわたくしは首を振ります。
「皆がほとんど用意してくれるので、わたくしがやったのは混ぜることと、整形することくらいなのですよ」
「あら? でも、こんなにお菓子を上手に作れる貴族令嬢なんてあなたくらいよ」
お母様にそう笑われて、わたくしも思わず笑ってしまいました。
お母様の手元の書類を覗き込みます。
「あら? 数字が……いえ、あっていますわ。ごめんなさい」
「サーシャ。今はね、少し身体が疲れているのよ。だから、計算もできなくなっているかもしれないし、記憶も曖昧になっているかもしれない」
お母様にそう言われて、わたくしも気がつきました。確かに、社交界での記憶が曖昧です。いろいろなことに靄がかかったようになっています。こんな簡単な計算すら、できないなんて……。不安でお母様を見上げると、にこりと微笑んだお母様が言いました。
「大丈夫。今はできなくても、絶対に回復するわ。そのためにも、いろいろなことをやってみて、サーシャの“楽しい”を探してみましょうね」
「……はい。お母様」
お母様の言葉に頷いて、わたくしは執務室を後にします。わたくし、どうしちゃったのかしら。記憶がこんなになくなるなんて……。




