第9話 隠れた才能
蟹喰いたかったなぁと未練タラタラで帰宅。
家に帰ったら少し変?
まず、門に立ち番がいた。これはベル姉さんが冒険者ギルドに依頼してⅮランク冒険者を日替わりで雇っていた。使用人として雇ってくれと言ってくる奴を問答無用で追い返す為の要員だってさ。
それに薬草採取の依頼を出していたのだけれど、その納品に駆け出しの子達が来てた。駆け出しの子達って言っても、ベル姉さんと同い年なんだよな。どうにも頼りなさげな駆け出し連中に比べて、ベル姉さんはどこか貫禄が漂っている。
女将さんの貫禄かな?
遥かに年上のリタとジーナを顎で使っているくらい。
そんな状態だったのだけれど、ベル姉さんが一人雇いたいと言い出した。
この街の職人の娘でアリッサ。彼女はどうやら治癒魔法の才能があるらしい。俺と同い年でまだ冒険者予備校にも行けない。本人も魔法の才能に自覚が無いままに、薬草採取などの手伝いをしていたらしい。モンスターの領域に入らなくても採取できる薬草はあって、危険無しでも採取出来る種類もあるんだってさ。知らんかった。
ベル姉さんも採取の仕事をしていた時に偶然現場でアリッサと遭遇して知り合ったそうだ。で、アリッサが冒険者予備校に入ったら、ベル姉さんが稽古つけさせようと狙っていたと。
魔法って本人に自覚がなければ勝手に才能が開花する事は稀だそうで、ちゃんとした指導者に稽古つけて貰わないとダメなんだってさ。冒険者予備校に入ると能力を測定するシステムがあって、才能があるかどうかは確認出来るらしい。アリッサの場合は家庭環境で魔法の才能がある者が身近にいなかった。だから、予備校に入らなければ才能も判らない。
ベル姉さんはチョットした鑑定能力があって、アリッサの才能を理解出来たらしい。
ちな、初対面の俺をベル姉さんは鑑定出来なかったそうだ。極端にレベルが高い相手を覗けないんだって。不便なモンだ。
んで、ベル姉さんはポージョン工房を稼働させたこともあって、助手としてアリッサをスカウトして手元に置いてしまいたいらしい。
親を騙してでも身柄を押さえないと、神殿あたりに持って行かれる可能性があるんだそうだ。神殿には治療術師が常駐していて、才能がある子を育てることをしている。ただし、神殿の丁稚奉公など二束三文で扱き使われるだけだそうだけれど。
今回は正規の雇用契約で商人ジョン様の徒弟として身柄を貰い受けてしまいたいっていうのがベル姉さんの狙い。
という訳で、そういう訳で、また商人ギルドに戻る羽目に。
徒弟にするなら商人ギルトで登録する必要がある。なんなら定型の契約書もあって書類を整える事も出来る。
商人ギルドで散々肉を喰らっていた受付のお姉さんに話をして応接室を借りて、アリッサの実家に使いを走らせる。
呼び出されてやって来たのはビクビクと怯えた顔の父親とアリッサ本人。応接室には強面の奴隷戦士が無言で控えていたから、そりゃビビるわい。
受付のお姉さんから娘のアリッサを商人ジョンさんの徒弟に迎えたいという申し出があり、支度金200万ソルを準備してある旨が伝えられる。
アリッサ本人も怯え顔だったけれど、ベル姉さんがいたからちょっと安心したらしい。
「ベルお姉様なら、私はお手伝いしたいですっ!」
アリッサ本人が喜んだことで決定。
父親はビビりまくった顔のままで契約書にサインして現金を掴んで逃げて行った。
そのまま商人ジョンさんの徒弟として登録して、今後はアリッサの人頭税が俺の負担となる。
「側室に迎えるなら恐らく婚資は600万ソルですけれど、徒弟の支度金なら200万ソルですから上手い抜け道ですよね。魔法の才能なんて羨ましいです」
ん、受付のお姉さんが妙な事を言ったぞ・・・?
「強面の兵士に囲まれては嫌とは言えないでしょうからね、いい具合に進みました」
ベル姉さんは澄ました顔。
「わ、わたしっ男の人を喜ばせる方法なんて知りませんけれど末永く・・・」
「慌てなくても良いのですよ、アリッサ。あなたが18歳になるまでは出産を待ってくださる夫ですからね。優しい人ですよ」
キョドキョドしだしたアリッサを優しくなだめるベル姉さんの図??
「男の徒弟に入る娘は側室と同じことです、大将」
あっさりとオッサンが横から突っ込んで来た。
「そうなんだ・・・」
知らぬは俺だけだったらしい。
「そうなんだね・・・」
いや、ルネも知らんかったらしい。
「アリッサ、紹介しますね。私の妹のルネです。同い年ですから仲良くしてあげてください」
「はいっ、よろしくお願いします。お姉さんに似て綺麗な方ですねっ」
うん、ルネを妹と紹介しやがったな。去勢しちまったから純粋に男だとも言い難いかな。
「あははっ・・・よろしくね・・・」
ルネは引きつった笑顔だった。
ついでと言っちゃなんだけれど、彼女のレベル測定をしてみた。魔法使い用というのが専用品として存在するんだね。
□アリッサ
レベル;1
HP;70/70
MP;50/50
スキル;薬草採取
□ベル
レベル;15
HP;100/100
MP;200/200
スキル;属性魔法(地水風火)、属性外(治癒)、鑑定
□ルネ
レベル;10
HP;60/80
MP;120/150
スキル;属性魔法(地水風火)、属性外(治癒)
□ジョン
レベル;77
HP;2600/2600
MP;2600/2600
スキル;膂力強化、身体強化
称号;狂戦士、ソース王
「・・・俺は一体なんなんだ・・・。
狂戦士とソース王って・・・」
「ジョンさん、凄すぎます!
アリッサさんもちゃんとMPがあります。
ベルさん姉妹も凄いじゃないですか!!」
受付のお姉さんがテンション高い。
「旦那様は12歳でHP2600ですか、MPも素晴らしく高いですね。
恐らくMPは膂力と身体の強化に特化して使用されているのでしょう。
ある意味では特化型の魔法使いと言えますよ」
「俺って魔法使いなの??」
「はい、魔法使いと言って差し支えありません。戦闘スタイルが身体強化を必要とする物に特化している場合だと、放出系が使えなくなることもあります」
ベルお姉さんが解説してくれたけれど、要するに俺って近接戦闘専用なのか。
カッコいい魔法使いなんて憧れるけれど。
「んで、狂戦士って何ソレ?美味しいの?」
「それは・・・」
「お嫁さんとして、そこは黙らないでっ!俺、捨てられたら泣いちゃうからねっ!」
咄嗟にツンデレ状態になっているのはなんでだろう。
「捨てませんっ、私は誓約で縛られているのですよ」
「じゃあ、狂戦士ってナニ」
「それは・・・いざとなると手が付けられない戦士と言えばいいのでしょうか・・・」
うん、あんまり良いニュアンスじゃないらしい件。
「それはそれとして、アリッサには魔法の通路を開いてしまいましょう。
私と向き合って立ってください」
うっ~、お嫁さんに話を逸らされた!
「こうですか?お姉様」
「ええ、私の両手と合わせてください」
ベル姉さんとアリッサが向き合って、お互いの両手を合わせる。
「私の右手から魔力を流します。
アリッサの左手から肩、胸、お腹・・・ここをチャクラと言います」
「お姉様、お腹の中がくすぐったいですっ」
「このままじっとしていてください、魔力を循環させます。
左足、股に戻って右足、上に戻ってまたチャクラ。
上に上がって胸、頭、下がって、右肩、右腕から私に戻ります・・・」
「なんだかフラフラします・・・お腹がグルグルまわっているみたいですうっ・・・」
「アリッサ、この状態でまたステータスを確認してみましょう」
□アリッサ(再計測)
レベル;1
HP;20/70
MP;150/150
スキル;属性魔法(光)、薬草採取
「おめでとう、アリッサ。
MPがしっかり上がりましたね。光属性ですか、これは希少ですよ、」
「凄いっ、光魔法なんて王国に5人くらいしかいませんよっ!!」
テンション上がった受付のお姉さん。いや、俺に唾飛ばさないでって、どんなご褒美だよ。
「アリッサで5人目の筈ですね。この街では2人目になります」
「そっか、神殿のホーリィ様だけでしたものね」
この街の神殿名物の巫女さんがいるらしいのだけれど、俺は見たことも無い。
「アリッサ、私の言う通りに言葉に出してください。
『精霊の女神にアリッサは誓います。
生涯、ジョンの傍に仕えて裏切ることは有りません。
この命尽きる迄!』です」
「ひゃ、ひゃいっ、お姉様。
ええっと、精霊の女神にアリッサは誓います。生涯、ジョンの傍に仕えて裏切ることは有りません。この命尽きる迄・・・?」
誓約の魔法って奴かな。これでアリッサも俺のモンって事みたいだ。
フワフワ系の可愛い感じの子だね。上等じゃないかな。
「その魔法の通路って俺も開くの?カッコいい魔法とか使えちゃうの?」
「じゃあ、ボクがやってあげるっ!えへへっ、向かい合って、手を合わせてねっ」
可愛いなあ、ルネっ。
「えへへっ・・・あれっ・・・全然通らないよ・・・。
ううっ、ボクの方に魔力が入って来る・・・はあっ、はあっ、うんっ、ううっ・・・」
赤い顔になって汗が噴き出ている、ルネ。
ヘニャッと腰が砕けてへたり込んでしまった。
「ルネッ!!」
慌ててベルが後ろからギュッと抱きしめる。良いなあ、美人姉妹。
「レベル差があり過ぎて魔力酔いをしてしまったのでしょう。少し休めば大丈夫ですよ」
心配そうに頬をスリスリしているベル姉さん。ルネは甘えて縋っているの。眼福。
□ルネ(再計測)
レベル;10
HP;10/80
MP;300/300
スキル;属性魔法(地水風火魔法)、属性外(治癒)
何故だか、ルネのHPがごっそり削られてMPが倍増。
「一流の魔法使い並のMPになっていますね。HPがすっかり削られてしまいましたか・・・」
ルネを抱き締めながら冷静に解説するベル。
興味を持ったらしいベル姉さんはルネをソファに座らせておいて、俺と向き合って手を合わせる。
「あっ・・・あんっ・・・ああっ・・・あうっ・・・」
ビクッとしてやっぱりへたり込んでしまう。
慌てて俺が抱き締めたけどさ。
□ベル(再計測)
レベル;15
HP;15/100
MP;400/400
スキル;属性魔法(地水風火)、属性外(治癒)、鑑定
やっぱり、ベル姉さんのHPがごっそり削られてMPが倍増。
□ジョン(再計測)
レベル;77
HP;2500/2600
MP;2250/2600
スキル;膂力強化、身体強化
称号;狂戦士、ソース王
俺のHPとMPも少し削られていたけど、向上するってことも無い。
HPを消費して、MPの枠を嫁に移転したようなもんかな?
なお、すっかりHPが削られてヘタっているベル姉さんも儚げで綺麗だ。お嫁さんで良かったなァ・・・。
「HPは普通なのに、MPだけが高いって何か問題あるの?」
「HPは経験を積めば上がるでしょう。MPが高ければ魔法を使う回数や持続力の面で有利になります。特に問題はありません・・・」
冷静そうなことを言っているけれど、俺の腕の中でお嬢様抱っこされている状態ですからね。クッタリして身を任せてくれてんのよ。ぬははっ、綺麗なハーフエルフ嫁を貰って嬉しいなっと。
ベル姉さんとルネがすっかりへたり込んじゃったから、受付のお姉さんが俺達を応接に戻してくれてさ。お茶を入れてくれるって。
でも、お茶を持って来てくれた時にはお約束の出納長である領主の末弟氏も一緒。
「報告は聞きました、ソース王様(笑い)
しかし、光属性の持ち主とは有難いですね。神殿の聖女様は所詮神殿の意向次第でいつ転勤されるか判りません。正直、神殿に聖女という切り札を握られている状態でした。
この領地の経営には自前で光魔法の使い手がいてくれるのは大変に有り難いのです。
さて、アリッサさんは既に誓約を済ませたということですから夫君であるジョン君と交渉する必要があります。
ずばり今後作成するポージョンについては、あなた方が使う私用の分を除いて全量を商人ギルドにだけ卸して欲しいのです。他の商人や冒険者、貴族、神殿には一切卸さずに当ギルドの専売にして頂きたい。光属性の治癒ポージョンは極めて貴重です、何しろ作成出来るのは5人だけなのです。
ポージョンの卸売りによる利益については領主税を免税とさせていただきます。
これを受けてくれるのならこれから作るソース工房についても利益の一部を提供します。ええ、あなたの名前のソース工房でこの街の名物として売り出すことにしますのでね。
他にも希望があればお聞きしますが?」
「蜂蜜を作りたい・・・。
街の北から流れている川の河原って雑草が生えているだけで使っていないじゃないですか。あの雑草を冒険者予備校や駆け出し冒険者連中に引っこ抜かせて、蜜を出す花に植え替えてしまう。その上でハチを飼いたい!ソースを作るにも蜂蜜が必要!なら、蜂蜜を作るしかない!」
「・・・考えた事もありませんでしたね。
確かに使っていない土地です。使っていない場所が蜂蜜を生み出してくれるのなら面白いですね、蜂蜜業者に声を掛けて蜂の飼育自体は委託してしまいましょう。
ギルドとあなたの共同事業という形でやらせて頂けませんか?」
「じゃあ、それで」
「ええ、これからも良い関係でありたいですね」
なんだか悪代官と越後屋って感じの密談になったけれど、悪代官じゃなくて領主の弟だもんな。
ソース工房と蜂蜜事業に1.5億を俺が出資。この出資比率に応じて利益の配分を受けることになった。
この世界でも原始的な株式会社的な概念が既にあったんだな。
何しろ、俺には家臣団なんて言えるのは奴隷戦士集団だけ。まともな事業運営なんて無理な話だった。誰かと組んで実務をやって貰わないと無理。
ポージョンの作成だけならベルにお任せで十分だろうけれど。
MPが一気に増加した3人組はフラフラになって帰宅。
アリッサと新婚初夜なんてことは無理だった件。
でも、リタがいるから良いんだもんね。
末弟氏の動きは速かった。ポージョンの独占を決めると翌日には商人ギルドの警備要員をウチに派遣して門番をやらせた。冒険者ギルドのバイト警備員はお役御免に。
これで妙なのがウロウロすることがピタリと止まった。
そして始まったのがベル先生によるポージョン作成講座で、生徒はルネとアネッサ。
これが案外とスパルタだった。
ベル先生がMPポージョンの作り方を二人にまず教えて。
効果が薄いながらもこれが作れるようになると、治癒ポージョンを手解き。
途中でアリッサが魔力切れになるとMPポージョンを使って強引に回復させて作業を続けさせるというブラック企業並み。
でも、このお陰でアリッサのステータスは大幅向上。
□アリッサ
レベル;8
HP;120
MP;150
アリッサのレベルとHPはグッと上がっていた。
□ルネ
レベル;19
HP;180
MP;360
□ベル
レベル;22
HP;210
MP;460
この姉妹はレベル20という中堅処並になって来た。
魔法ってブラックな修行が有効みたい。
この修行に伴って、ルネを屋敷に残して、代わりにジーナを狩りに同行させた。
ルネの魔法が無い状態というのは大きなネガなんだけれど、俺が自分のステータスを理解してしまった以上は問題ない。
オークの1ダースやそこら楽勝なのは間違いないんだし。
ジーナは背中をガブリとやられていて筋力面で相当に落ちているらしい。なんせ筋肉が抉れているのだ。戦力としては低いのだけれど、オークを誘き寄せるには女がいた方が良い。 現地で誘引剤をばら撒けるのだから。
それにジーナはオークに齧られたことがトラウマ状態だった。オークの群れが寄って来ると恐怖が蘇って大声で泣き喚いてしまう。
その声を聞きつけてオークが余計に寄って来るという循環。
かくして究極のオークホイホイの完成だった。
樹上に網を設置して、誘引剤をばら撒いて。
オークが寄って来たなら網を落として、ポンコツ組に投槍で痛めつけさせて。
いい塩梅に痛めつけたら俺が仕留めて行く。
完全に流れ作業として成立した感があった。
ジーナを伴った狩りを終わってみたら。
兎11匹。
ラプトル3匹。
魔狼6匹。
オーク31匹。
トロール2匹。
完全にオークの入れ食い状態だった。
誘引剤としてのジーナは実に有能だった訳だ。下手をするとオークに齧られると何らかのマーキングになるのかもしれない。感覚的にはどんどんオークが沸いて来る感じだった。
誘引剤代わりに使ったジーナは帰る頃には完全にパニック状態で半狂乱に陥っていた。
奴隷紋で命令を強制させようとしてもダメな程。
ルネ用に作った人力車にジーナを縛り付けて森林地帯から帰る羽目になった。
もっともポンコツ組がそのジーナを見て妙に怪しくなってしまっていた。森林地帯から出たベースキャンプでそりゃもう本能にかまけて・・・。お陰でグッタリ状態になったジーナがやっと大人しくなる結果。
オークというのは他種族のメスを使って繁殖する。この時にマーキングされたメスはオスを昂らせるようなことになるのかもしれない?何となくそう思う。
オークがジーナを食おうとしていたのなら首でも齧って殺すだろう。でも、実際には急所でも無い背中を齧った。致命傷にせずに半殺しにしようとしていた訳だ。半殺しで生かさず殺さず。そこに何かの意味がありそう。