第7話 マニア
思わぬ展開になった肉パーティ。
ウチのポンコツは領主の末弟様を屁とも思わなくなったらしいのが痛いか。
翌日、どんな料理長が来るのかドギマギしていた。
神経質そうなのが来たら嫌だなあ。
前世のTV番組にあったように事前にワインにすりおろした生姜、ニンニク、玉葱と塩にワインビネガーを混ぜた漬け汁を用意して、一口大に切ったラプトル、火炎蜥蜴、ディアトリマ、オークの肉を漬けておきます。
小麦を振って唐揚げするトコを見せればいいんだろうキット。
んで、待ち構えていたら末弟氏と恰幅の良いおっちゃん、如何にも執事さんって感じの紳士とがやって来た。
「ターラン辺境伯家執事コーリン・チャップです。
本日はよしなに」
「ターラン辺境伯家料理長ドニ・ニコルスです。珍しく若様が料理に興味を持っていただいているので今日は楽しみにしています」
「やあ、今日も宜しくお願いしますね。
実はそろそろ園遊会の準備を始めないといけないのです。
毎年この時期には来賓を招いて交流を深めているのですがね。
王都から付き合いのある貴族や周辺の寄子を招くのですが、流石にこの数年はマンネリ気味でしてね。少し趣向の違った事をしないと飽きられてしまうので悩んでいたのです。
実に良いタイミングで新たな趣向を披露出来そうで助かりますよ。
料理の方が解決出来たら、モンスター素材の確保もお願いします。この土地に求められているのは何と言ってもモンスターの素材ですからねえ」
ああ、そういうことね。
まあいいや。
「そういう事なら料理ですね。
揚げ物から入りましょうか。
一緒に造り方を見ていてください。
まず揚げ物にする素材を・・・」
説明していったら執事氏が突っ込んで来た。
「漬け汁にワイン、生姜、ニンニク、玉葱、塩、ワインビネガーを選んだ理由は何だね?」
「元々は括り罠で捕まえた血抜きしていない兎が臭かったので、匂いを消したかったんです。生姜、ニンニク、玉葱なら匂いが消せるかと思ったんですが、匂いが消えても辛くてどうにも。少しはマイルドな味にしたくて最初は天然のサル酒を使ったんです。でも、いつでも手に入るものじゃなかったんでワインで代用。それとワインが酸っぱくなったワインビネガーもぶち込んでみたんです」
「なるほど身近にあったものですか」
「はい。
そして、朝から漬け込んでおいた素材がこちらにあります。
これを浸け汁から取り出して、少し布で水気を取ります。このままだと揚げた時にグチャグチャになりますから。
それから小麦粉を振ります。
これを今日もオリーブオイルで揚げます。なお、ごま油でも美味しいですからお試しを。
絶対やらない方が良いのは熊のラード。ギトギト過ぎて胸やけします」
「それは経験ですかな?」
「はい・・・どうにもなりませんでした」
「油を火にかけて、余った材料をぶっこんで様子を見て・・・。
ジワッと来たら揚げ物を始めます。
いい塩梅に色が付いたら一旦上げて余熱で熱が入るのを待ちます。
少し醒めたら二度目を揚げます。これでカリッと揚がりますので。
ちなみにコレって川で捕れたマスやナマズの切り身でも美味しいです」
「ほう・・・」
「ラプトル、火炎蜥蜴、ディアトリマの唐揚げはこんな感じですね。
応用編のオークの肉のチーズ揚げもやります。
漬け込んでおいたオーク肉に切れ目を入れてチーズを挟んでおいて。
衣は卵の白身をまず牛乳と混ぜて泡立てます。それから卵黄と小麦を加えて衣の完成。
これに肉をくぐらせて揚げます。
じゃあ、揚がったので試食してみてください。
ああ、ライム汁と粉チーズ。ワサビとからしもありますからお好みでどうぞ」
興味津々だった料理長氏と執事氏は待ってましたとばかりに手を出す。
「これはっ!」
「なるほど中に肉汁が閉じ込められるのですな。
チーズを挟むと更に熱い汁状になって広がる訳ですか。衣がふっくらしているのも良いですな」
「衣の変形になります、卵で肉を閉じ込んで焼く奴を作りましょう。
ちょっと前までは卵を手に入れるのが大変だったのに、この街に来たら簡単に手に入るのだから都会は便利ですね」
「うん、これも美味しいものですな」
「これは浸け汁を使っていないのですね?」
料理長氏が乗って来たみたい。
「なんとなくライム汁をかけるのが好きだったので」
「そうですか・・・」
「昨日のスープも教えておいてください」
末弟氏のリクエスト来た~っ!
「うーんと昨日の場合はオークの骨で出汁を取るのが基本で、そこに人参、セロリ、玉葱を加えて味を調えます。塩っ気はその時の気分でやってますね。本来なら半日くらいじっくり煮た方が美味しいです。なんなら2日目の方がしっとりするくらいかも」
「骨は分かりますが、人参、セロリ、玉葱なのは何故ですか?」
「骨の匂いを消してくれて、少し甘みが出てくれますので。人参や玉葱って煮ると甘いじゃないですか。玉葱をゴロッと入れておいてクタクタになるまで煮ると甘くておいしいです」
「なるほど」
「肉と玉ねぎを一緒に煮ると旨いと思うんですよね、俺」
「わかります、それは良くわかります」
料理長氏と妙に波長が合ってしまう件。
「それと・・・以前から思っていて実行出来ていない問題がありまして」
「ほほう、お聞きしましょう」
「さっきの浸け汁に蜂蜜を入れると旨いのじゃないかと。蜂蜜の入手が問題でしょうけれど」
ワイン、生姜、ニンニク、玉葱、塩、ワインビネガー。ここに蜂蜜とリンゴやブドウの果汁とか加えて煮るとウスターソースっぽい何かになりそうな気がしているんだよな。
「それなら商人ギルドに在庫がありますよ。誰か走らせてください、受付に私の命令だと言えば出しますから」
「結婚詐欺、ひとっ走り行って来い!ついでにリンゴと葡萄の在庫も聞け。生が無ければ乾燥物でも良いから」
魔法袋がある世界だから季節に関係なく商人の誰かが保存していておかしくないんだよな。
「かしこまりました」
「結婚詐欺ですか?」
「犯罪奴隷なんです、アレって」
「そうですか・・・」
料理長氏ビックリしちゃったね。
実は試してみたかったんだよ、この浸け汁って甘くしたらウスターソースっぽい何かになるんじゃないのかって。
かくして昨日やった串焼きの準備をまた開始だい!
嫁連中がチマチマ始めたら、料理長氏も手伝い始めた。
執事氏は唐揚げ食ってる。
「私はパセリとチーズ味が・・・」
ブツブツ言ってんのよ。
「ジイはチーズですか、私はライム汁がいいですが・・・」
「若様と執事様で好みが違う、しかし、どちらでも楽しめる。
大勢の来賓をもてなすには、それが良いのかもしれませんね」
「ええ、ドニ。
それも魅力なのですが赤ワインと白ワインで合う味も違いますからバリエーションが楽しめるのです」
「それは確かにありますね、それは大切です」
「大将帰りました」
「えへっ、来ちゃった!」
受付のお姉さんまでやって来ちゃった。どれだけ肉好きだよ、この人。
「さて、では勝負!」
はじめは少しだけ蜂蜜を浸け汁に加えてだ。
焼き鳥串をタレにくぐらせて炭火で焼く。途中で何度も浸け直して火が通るまで焼く!
「これは良い匂いになりますね・・・」
「なんとも食欲をそそりますな、肉が香ばしく焦げる匂いが良いですな」
「これだ!これですぞ!この香りが中々に出せんのですよ!」
末弟氏、執事氏、テンション上がった料理長氏。
いつの間にか焼肉番長(自称)のオッサンがやって来て、炭火を扇ぎながら焼き鳥を焼きだした。
「この汁が堪らん匂いですな、大将!昨日とは全然違います!」
焼き上がったら大皿に取るのだけれど、末弟氏が遠慮なく齧り付いた。
「ええ、これは良いですね。このタレでオーク・ステーキを焼けますか?」
「それは私がやらせていただきますとも!」
料理長氏がスイッチ入った!
そそくさと材料からタレをサクッと作り上げて、削ぎ切りオーク肉をくぐらせてバター焼き!
「こ、この匂いは反則です!」
素っ頓狂な声を出してしまう俺。
「バターと焦がすと相性が良いようですな」
執事氏も目の色が変わった件。
料理長氏はサクッと仕上げて末弟氏へ。
「うん、これは素晴らしい。
これは話題になること間違いありませんね」
「ドニ、私にもお願いしますよ」
「はい、お任せください!」
執事氏は堪らんとばかりに料理長を急かす急かす。顔、怖いっての。
「俺、人生3度目の蜂蜜。
ここに至って蜂蜜無双かあ。でも、蜂蜜って高いんだろうなあ。
ああ、貴族様のパーティならではの料理なのか。
クッ、自分で思いついていながら簡単には食えぬ!」
「大将、稼ぎましょう!この為にならナンボでも森に入りましょう!」
「単価で考えるとディアトリマなのかな?でも、狙って獲りに行けるのか?」
「そんなのは気合です!なんとでもなります!」
焼き鳥焼きながらテンションおかしくなって来たオッサンの図。
受付のお姉さんなんか無言でモシャモシャ焼き鳥食ってんのよ。
なんだかなぁ、異世界転生したら真昼間から焼き鳥食ってんの俺。
それとは別に無事に調達に成功したリンゴをすりおろしてだ。葡萄は皮を剥いて種を取って擂鉢でジュース状にして。リンゴと葡萄汁をワイン、生姜、ニンニク、玉葱、塩、ワインビネガー、蜂蜜の液に加えて煮てみる。甘いフルーティな匂いがフワリと広がる。
「おや、これはまた果実の香りが加わって良いですね」
「ええ、こちらの方がよろしいかと」
「それだ!それを使わせてください!」
末弟氏、執事氏、料理長氏の目が怖いんですけれど・・・。
「ベル、水溶きの薄焼きパンを作って。料理長様はバターと塩だけでステーキを焼いてください。これは上から掛けるソースにした方が香りは良いのかもしれない・・・気がする」
「はい、旦那様」
「おお、それは面白い!」
「「ゴクリ」」
サクッとオークのバター焼きが出来上がって来て、その上に何となくウスターソースっぽい何かをかけてみた。
「これは・・・うん、良いソースが出来ましたね」
「これを作る工房を立ち上げましょうか、若様」
「それも良いですねえ、ジイ。
これはちょっとした名物になりそうです」
「これは・・・これは良いものだ・・・良いものだ・・・」
出来上がったのは酸味と甘みが微妙に絡んだフルーツソース風なウスターソースもどきだった。うん、焼肉のタレとしては割といいかもしれない。
醤油は無いけれど、焼肉用には上等だろう。
念の為、焼き鳥、バターソテー、揚げ物。
そして、蒸しディアトリマを作ってかけてみた。基本、蒸し鶏なのは間違いない。
「ジイ、蒸しディアトリマにこのソースをかけたものをメインの皿にしましょう。
これにワサビを添えると良いでしょう」
「かしこまりました若様。これは評判になることでしょう」
「ジョン君、レシピを少し改造していいか?もっと色々と工夫してみたいんだ!まだこの先に工夫の余地があるような気がしてならないんだっ!」
「わかます、これはまだ工夫の余地があります。
材料のバランス、煮込み時間・・・工夫の余地はまだ無限にありそうです料理長様!」
「おお、そう言ってくれるんだなっ!!」
なんだか料理長と抱き締め合って盛り上がってしまった俺がいる件。
「今日のレシピについては恩賞を出せるように領主様と交渉します。モンスター素材の料理ともなると、この領地にとっては貴重な産業資源ですからね。しっかり、恩賞を出さないといけません。何か希望の品はありますか?」
「恩賞ですか・・・うーん・・・あっ、そうだ。
ひたすら頑丈な戦斧が欲しいです。武器屋で売っている奴だと、とにかくポロポロ刃こぼれするし、柄がへし折れてしまって。モンスターを数匹倒すと武器がダメになってしまうんですよ」
「ああ、君のレベルだと膂力が凄くて武器が付いて行かないのですか・・・。
モンスター素材を獲得するにも武器は必要になりますね。
わかりました、考慮しましょう」
「若様、ジョン君がモンスターを狩っているのですか?」
「うん?ドニは知りませんか、彼はサイクロプス3匹殺しのレベル77ですよ」
「噂のサイクロプス殺しだったんですか!!」
「えっと、スイマセン。ジコショウカイシテマセンデシタ・・・」
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妙に肉肉しい時間を過ごした翌日のことになる。
バタバタと商人ギルドから使いの丁稚がやって来て、奥方と戦闘奴隷を連れて直ぐに来てくれって。
何じゃらほいと言ってみたら、いきなり着替えさせられた。
俺と嫁はカネ回りの良さげな商人風。オッサン連中は借り物の古代ローマ風の板状の金属甲冑姿。
「こりゃ、儀典用ですな。さしずめ領主様に拝謁でしょう」
「うわぁっ、昨日の恩賞って話かな」
一同揃ってまさに馬子にも衣裳状態。
完全に衣装に着られている状態でなんとも浮きまくっている。
拝謁の時は取りあえず片膝になって跪いていればいいらしい。領主お抱えの騎士や軍人じゃない商人なら作法っていう作法もないそうだ。
着替え終えたら馬車で領主館に連行されて、謁見の間?に連れて行かれた。
赤い絨毯の奥にデーンとデカイ椅子に領主様が腰かけてんの。
その横に側近らしい人がいて、何か書き込んである羊皮紙を読み上げる。
サイクロプスを討伐して塩の交易ルートを守った事。
モンスター素材を着実に持ち帰っている事。
ポージョンの作成を行って領地に貢献している事。
新たな料理とソースを開発した功績が認められる事。
この功績により屋敷と武器を与える。
また、新たなソースをジョン・ソースと命名して名誉を称する。
更にチーズのはさみ揚げをジョン揚げと命名して名誉を称する。
んがっ、そう来るか~っ!
なんとも、こっぱずかしい!
良く見れば末弟氏と執事氏も領主様の近くにいて笑ってんのよ。
ひょっとして、後世にまでジョン・ソースなんて名前が残ってしまうのかな。
ううっ~っ!
なんだか致命傷をやっちまったか!?
心の中で何かを失ってしまった感覚・・・。
すっかり疲れた気分になって商人ギルドへ帰還。
俺と嫁の衣装はそのままプレゼントだってさ。
オッサン連中の甲冑は儀典用の貸し出し品という事で回収。
武器の方は魔法的に強化された魔槍ならぬ長柄の魔斧を3本。全金属製で幾何学模様が全体に施されてる。魔法陣になっていて相当に丈夫な物だってベルが解説してくれた。とても高価なものみたい。
そして、屋敷というのを案内してもらったの。
メインストリートにある大富豪用のデーンというお屋敷でやんの。
先々代の領主の弟さんが住んでいた屋敷だってさ。恩賞だから固定資産税みたいなのは免除ってことになってる。
「掃除と手入れが大変そうですね・・・」
ベルの感想が全てな気がする。
屋敷を見て回ったら広いの。
そして離れがあってポージョン工房に使えるように準備されていた。それも相当な人数で作業できるような規模で。
「弟子を探せというのでしょうか?それとも人手を出して来るのでしょうか?」
不安そうなベル。
年上の綺麗なお姉さんの不安げな表情もいいもんだなぁ。
・・・どうしよう。
全然想像してなかった境遇になっちったな。
もっとも今までも想像出来た未来なんて無かった訳だけれど。
今更、ジタバタしても始まんないか。
「出来ることだけやっていこう。だって俺ってまだ12歳。
ベル姉さんだって15歳。
10年先になんとかなっていればいいじゃん」
「・・・そうですね。
この数日で環境が変わり過ぎて感覚がおかしくなっているようです。
冒険者予備校の頃の知り合いに声を掛けてみます。
何人か雇うことになりますがよろしいでしょうか?」
「うん、ポージョン工房はベル姉さんにお任せ。
最初の1年は赤字でもいいよ。どうせ狩りに出ると1回で売り上げは500万を超えるんだしさ」
「旦那様に甘えますね」