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春が終わり、夏が始まり、秋が過ぎて、冬で待ち、妖精さんは○○と再開する

作者: 零眠れい

 優しい色をした春が終わりかけていた。

 時間がゆったり過ぎていく。

 長くて長くて、だけれどいなくなってしまったら恋しくなる、そんな時間が。

 なだらかな風がわたしの隣を通り過ぎていって。到底届きそうにない雲は、誰かとお喋りしながら泳いでいった。

 白い花は歌うようにそよぐ。

 白い花は語るように揺れる。

 白い花は――眠るように、流される。

 蝶々も歌って、草木も語って、大地も眠っていた。

 みんなマイペースで、みんな眠むそうにしていて。

 だから雨が降ってきたり、雷が聞こえてくるときは、みんなして慌てて跳ねるんだ。

 でも、次の日や、その次の日になったら。

 またみんなで久しぶりの陽の光を浴びて、濡れてしまった身体を乾かす。

 水滴が綺麗だね、なんて言い合って。

 そうして一日が終わり、始まっていく。

 けれど、変わらない日々だけれど。

 時々、いつになったら最期が来るのだろう、なんてことを考える時期がある。

 一期一会な虫たちを見て、はらはらと落ちていく葉っぱを見て――わたしもいつか、いなくなってしまうんじゃないかって。

 あるいは、そう――あなたがわたしの知らないどこかで、朽ち果ててしまっているかもしれないと。

 唐突に変わらない日常が、真っ暗に変わってしまう気がしてくる。

 でもね、そんな風に心が不安になってしまったとき、決まって声がするんだ。

 「一緒に遊ぼ」って誰かがわたしを呼んで、受け止めるように手を握ってくれる。

 そうしてその子と色んな遊びをして、色んな発見をして、「おやすみ」したときに、気付くのだ。

 ――どこかへ行ってしまっても、必ず帰ってきてくれたことを。

 ――それでもどこかへ行ってしまうときは、ゆっくり歩いて「さよなら」したことを。

 だから――大丈夫なんだろうって、そう思えた。

 わたしは安心して、目を閉じる。夢の中に吸い込まれていくのを、飽きるほどに繰り返した。

 あなたと再び出会える、その日のために。

 巡る季節の中で一度しか会えない、大切な友達。

 今日も咲き誇る白花の下で、次にあなたと出会えたときのことを想像していた。

 ――あなたとどんな話をしようと。

 ――あなたはどんな話をしてくれるのだろうと。

 どんな遊びをしよう? どんなものを食べよう? どんな光景を見よう?

 決して大きなイベントがなくていい。珍しいものが見られなくてもいい。

 あなたとお話することが、わたしにはとても楽しみなんだ。

 葉っぱの上で寝っ転がりながら、青空を見上げて色々なことを考える。

 今日のご飯のこと。明日の天気のこと。開花した白花のこと。お隣さんのこと。

 そして――あなたのこと。

 あなたは今、どのお花畑にいるのだろう? わたしの知っているお花なのか、それとも見たことのないお花なのか。

 その花の蜜は甘いもの? その花の蜜は美味しいもの?

 それとも黄色い巣に帰っている最中だろうか? 別の花を求めて飛んでいる最中だろうか?

 あなたの話を聞きたい。あなたが見たもの、感じたこと、思ったこと。どれもきっと、楽しいものだろうから。

 あれやこれやと思いを馳せながら、私は気持ちのいい光を浴びて、緩やかに流れる風に長い髪をほのかに揺らす。

 あなたのことをいっぱい考えて疲れたら、いつしか眠気が舞い降りてきて、わたしの意識をここじゃないどこかへと連れて行くんだ。

 



 暑い色をした夏が始まった。

 じりじり、じりじりなんて音が聴こえてきそうな、いつにも増して元気もりもりな太陽さん。

 ぼんやりしていた葉っぱたちが、今でははっきりくっきりな緑に見える。

 茶色い大きな木や土も暑そうにしていて、だけどわたしは、世界がより鮮明に見えるから好きだった。

 雲は日に日に白さを増して、青空は日に日に青さを増す。

 涼しいと思っていた風も、いつの間にかあったかくなっていた。

 みんなみんな暑がりだから、夏は少し元気がない。

 だけど、そうじゃないものもいる。

 例えば水。触れれば冷たくて、瞬く間にわたしの暑さを取り除いてくれる。

 大地にかけたりすると、気持ちよさそうに笑っていた。

 例えば岩。触れれば暑いのは他のと変わらないけれど、色んな耐性があるからへっちゃらなんだと。

 いつものようにごつくて、いつものように硬くて、いつものように修行してる人みたいな顔をしてる。

 そして、わたしは――

 とても暑い日は、白花の葉の日陰に隠れてやり過ごしたり。

 雨が降ってる日は、白花の葉の下に隠れて、頭上の雨音を楽しんだ。

 あなたと出会える日が近づいていくのが、暑い分、涼しさを感じ取れるのが好きだけれど。

 でも……寂しいこともあった。

 ――次から次へと、育てた白い花たちが弱っていくから。

 春はほのぼのとしていたのに、今ではもう、すっかり生気がなくなっている。

 せっかく育てたものが枯れてしまうのは、悲しかった。

 少し前まで一緒に寝たり、日向ぼっこしていた友達が消えていくのは――辛かった。

 夏の中盤に差し掛かれば、みんなと別れてしまう。

 繋いでいた手が、本当に離れてしまう。

 ぎりぎりの時間まで話して、後悔がないようにしたけれど、それでも寂しくなってしまった。

 泣くのを堪えることができなかった。

 でもね、嗚咽を噛み殺さずに泣いて、泣いて、夜になったら――思い出すんだ。

 白い花に言われたこと。白い花と話したこと。

 「丁寧に育ててくれてありがとう」って。「もしも心細くなったら、また咲かせて」って。

 ごめんね――すぐにいなくなってしまって。

 ごめんね――君だけを置いていってしまって。

 だけど花は、何度も死んでしまうけれど。何度でも咲き誇ることができるから。

 君は一人になってしまうけれど、再び誰かと遊ぶこともできるんだよ。

 私たちだけじゃない。

 草木や、大地や、空や、水や、岩がいる。

 どうかそれを忘れないで。

 ――そんな声が、思い出の中から聴こえてきたんだ。

 白い花の葉っぱの下で、雨や暑さをやり過ごすことができなくなってしまったけれど。

 この花畑に生えている、丈夫で太い木の葉っぱの下で、わたしはやり過ごすことにした。

 あなたに会いたいと――そう思ったけれど。

 大地を歩いていたら、青空を見上げていたら、草木を眺めていたら、水の中を潜っていたら、岩をスケッチしていたら。

 まだまだ待てるような、そんな気がしたんだ。





 鮮やかな色をした秋が過ぎようとしていた。

 すっかり緑はなくなっていて、赤や、オレンジ、黄色に変貌している。

 だけど、空はやっぱり青いままで、木々までは変わることはなかった。

 少し見渡せば、色とりどりな風景がわたしの眼に映り込む。

 漂う空気は軽くなって、涼しくなっていた。心なしか岩の険しい表情も緩んでる。

 木の枝に座って、眺める景色を書き写したり――寝そべって、赤い葉っぱに囲まれて眠ったりもした。

 色彩が、形が、何もかもが変わるから、秋の景色が好きだった。

 この季節になったら、やることは二つだ。

 一つは落ち葉掃除。定期的にやっておかないと意地悪な虫が来るって聞かされてるから、七日に一度くらいはやってる。

 葉っぱに隠れている、新たな虫やものと出会うきっかけにもなるので結構気に入っていた。

 どんぐりも集めて工作なんかしてる。次にあなたと再会したとき、見せるんだ。

 そして、二つ目は――

 友達から貰った白花の種を、たくさん植えること。

 またあなたたちに会えるようにって、種を両手で抱えて土の中に入れる作業だ。

 ちゃんと育つように、綺麗な並びになるようにしてるから、少し大変。

 けど、全然苦痛には感じない。またあなたたちに出会えると思うと、もっともっと植えたくなる。

 この色とりどりな風景も好きだけれど、白い花の花畑も好きだから。

 どちらもかけがえのないものなんだ。

 ねぇ、今あなたは、どんな作業をしているのかな。

 いつも通り、花の蜜を運んでいるのかな? それとも蜜を吸っているのかな?

 やっと中盤――あと少しで、あなたに会えるよ。

 あなたに触れられる。あなたの声を聞くことができる。

 だけど……時間はのんびり屋さんだね。

 減っているようで、減っているように感じない。

 進んでいるようで、振り返ってみれば距離が近いんだ。

 でも、どうしてかな。

 いなくなるのは、あっという間。

 スケッチをしていたら、落ち葉を拾っていたら、種を植えていたら――朝から始めて、青い光が周囲を照らしていたのに、気付いたらオレンジ色の光に変わってるんだ。

 暖色だった地面たちが――更に赤く、色づいて。

 もしもこの景色をあなたと見られたなら、あなたはどんなことを思うのだろう……なんて考える。

 次にあなたと出会ったとき、話すんだ。

 こんな風に話題を蓄積しておいてね、あなたと話す度に、少しずつ減らすの。

 ――わたしは秋にしかできないことに、また取り掛かる。

 時間を潰すため、楽しい気持ちで待つため――あなたを驚かせるために。




 白い色をした冬で、わたしは待つ。

 降り積もる雪のおかげで、何もかもが、白い――。

 草や葉っぱはどこかへいってしまって、虫たちも眠ってしまって……。

 茶色い大地は雪で覆い被さって、茶色い分厚い木だけがそこにそびえ立つ。

 風と水が冷たくて、とても寒い。だからわたしが入るサイズのかまくらを作って、冬を凌ぐのだ。

 冬が始まったばかりの頃は、かけっこしたり飛び回ったりできたけれど。

 これほど寒くなっていると――難しかった。

 はぁぁぁ……と、息を吐いて、手を温める。

 一人になってしまったようで、夜は特に、不安になってしまうけれど。

 でもね、ここを踏ん張ればあなたと会えるんだなって、そう思ったら嫌じゃないんだ。

 あなたはきっと、今でもせっせと働いてるんだよね。それとも今は、巣の中で休んでるのかな?

 話したいこと、いっぱいあるんだ。試したい遊び、いっぱいあるんだ。

 もっと楽しい思い出を――作りたいんだ。

 だから生きてほしい。あなたと一緒がいい。

 たとえ年に一度しか会えずとも、あなたのことが大切だから。

 もう少しで、あなたに会えるよ。

 ほら――現に前を見れば、白い蕾ができている。

 もこもことした、白い毛みたいな蕾。

 全部咲いてくれるといいなって、そう祈りながらわたしは眺めるのだ。

 あんまり寒くないときに少しだけ外に出たりして、雪を集めて。

 そして――雪が溶けていく時期になる。

 ぽつぽつと白い花が咲き始めるけれど、咲かない花は、とことん咲かなかった。

 でも――咲かなくてもいい。

 雪みたいな蕾も十分、可愛いから。




 そして、季節は一周する。

 そこには、大きい大きい花がたくさん咲いていた。

 見上げればその白い花びらが、上を向いて日光を浴びていて。

 一本の茎を片方の手だけで握ろうとしたら、ぎりぎり手のひらに収まるほどに太い。

 そんな茎から生えた軽くて丈夫な葉っぱの上に、一人の少女が座っていた。

 背中から透明な羽を生やし、柔らかい色のワンピースを身に纏う少女。

 少女は黄色い『それ』を目にするなり顔をパァァっと明るくさせて、『その手』を優しく握るのだ。

 一番下に生えている葉っぱを指さして、急かすようにそこへと案内する。

 一見何の変哲もない、その葉っぱを動かして、どかしてみれば――

 そこには、葉っぱに隠れるほどに小さい、雪玉の上にもう一つの雪玉を乗っけたもの。

 黒い種を二つの目、三つのボタンであるかのように付けた――少女が自作した雪だるまが、そこにはあった。




「僕はきっと、もう一度ここに来ることはできない」

「……え? もう寿命、なの……?」

「うん……それもあって、今日は少し、無理してきたんだ」

「……そっ、か。少し残念だけど、長生きしたもんね。これ以上は、難しいよね」

「もっと寿命が長ければ――せめて、妖精である君くらいに、長ければ良かったんだけど……」

「いいよ……しょうがないよ。あなたのせいじゃない」

「……色んな出会いをさせて、その度に、色んな別れをさせて……ごめんね」

「そんなこと、言わないでよ……謝らないで。もう、聞きたくないんだよ……」

「……」

「……あなたは」

「……ん?」

「あなたは……ゆっくり歩いて、「さよなら」してくれるよね……?」

「うん。そのために、今日は遅くまでここにいるつもり」

「行っちゃうんだ、また」

「……うん」

「そしたらもう、会えないんだ」

「…………うん」

「……じゃあ、一緒に遊ぼ?」

「……っ」

「驚かせたいこと、いっぱいあるんだ。訊きたいこと、いっぱいあるんだ。そうやって……楽しいまま、終わりたい」

「……わかった。ありがとう」


「「あなたに会えて良かった。今日まで生きていてくれて、ありがとう――」」

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