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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
六章
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空虚の歩み

「僕は彼女の目線で、彼女の母親を見ていた。愛憎というものがどれだけ痛むのか、それで初めて知ったよ。それから何度も彼女の夢を見た。彼女の人生はある意味で豊かだった。親友の幽冥、義兄の友美さん、義妹の君……そして、理解し難く怖ろしい実の父親」

「その全てを、アンタは夢で見たと言うの」

「その通り。僕は夢で、断続的だが、彼女の過去を見た」


 望は紅茶を一口含んだ。


「馬鹿げていると思うかもしれないけど、きっと本当に、彼女の過去なんだ。証拠に、僕は義妹の匡香ちゃん、今、君と出会って、話をしている」


 夢の中にいた、君。彼はそう私を示した。事実なのだろう。彼は、望は、夢でハラヤを知った。その中で、過去を知ったのだ。何故ハラヤなのかは上手く飲み込めなかった。が、一応の合点はいく。この赤檮望と七竈祓は、双子(豊と祓)のように、共鳴している。似ているのだ。脳だとか、その回路だとかが。そしてそれが、人魚を通してアンバランスにも繋がってしまった。もっと言ってしまえば、彼等は三者三様、別ベクトルに勘違いをしながら、互いを強く思い合っているのだ。


「だから僕は、ハラヤが君の為にしたことも、知っているよ」


 黙りこくった私へ、反応を求めるように、望は笑って見せた。


「いや、君のため、というよりも、それも一つの"家族"だから、という感覚だったけれど」


 表現を探す彼の表情は、毎秒変化していた。多分、ハラヤの思考を理解してはいないのだ。何より、そもそもアレの無味無臭な精神を、上手く表す手段は、恐らくこの世にはない。


「ハラヤは君のストーカーだった同級生を、君の目の前で殺したことがある。両手いっぱいのカッターの刃を飲みこませて」


 それは、私とハラヤしか知らない出来事だった。格段にそれが過去を明示していると信じることが出来た。一人の男子中学生が血と鉄の欠片を吐いて、のたうち回る景色を知るのは、私とハラヤだけだ。


「ごめんよ。怖がらせるつもりは無かったんだ。ただ、信じてほしくて、この話を出してしまった」

「怖がってなんて、ないわよ」

「強がらないで。手が、震えているよ」


 咄嗟に、自分の両手を見た。確かに、私の手は制御を失っていた。感覚を忘れる程に、指先は冷え切っていた。


「ともかく、アンタは夢でハラヤを、ハラヤの目線で、過去を見てたのね」

「そういうことだよ。だから君の知らないハラヤを知っている。けど、客観的な彼女を知ることは無い。それこそ、顔も、どう笑うかも」

「アレは鏡を避けているんだもの。一人称視点なら見ることは無いでしょうね」

「やっぱりそうだったんだね」

「アレは自分の顔が嫌いなの。実の母親の生き写しだから。それに、私、アレが笑ったところなんて見たことが無いわ。不機嫌な時以外、それが下に出ていることが無いから」


 大学入学以降は知り得ないが、ハラヤが笑うことなど無いに等しかった。


「そう、それは、なんだか、悲しいね」


 望が絞り出した共感性には、雑味があった。その悲しみを、憐れみを、何処に向けたのかはわからない。

 回って止まらない精神に蓋をするために、私は目の前の紅茶を飲んだ。私の舌は、苦み以外の認知を許されていなかった。


「……お茶を淹れなおそう。話をしているうちに、冷え切ってしまったでしょう」


 そう言って、望は私のティーカップを取り上げた。揺れる液体のうち、茶渋が水平線に描かれていた。

 ふと視界に入った日比野のカップは空だった。取り分けられていた肉片も、綺麗になくなっていた。彼は私の目線に気付いて、舌なめずりをして笑う。どうにもこの男は、他人の神経を逆なでするのが好みらしい。手の震えは止まっていた。けれど、新たに私の手には、鳥肌が目立つようになっていた。


 再び、静かに湯気が立つ。電気ケトルの中で気泡が躍っている。


「――――五つ」


 ポツリと、日比野が呟いた。彼は目を閉じて、上半身を揺らしていた。声は、近くに座る私にだけ聞こえていた。


「四つ」


 揺れる彼の身体は、安楽椅子で微睡む老人にも見えた。きっとそれは二割くらいは一致しているだろう。彼の動きは、夢で作品を創る芸術家のそれだった。


「三つ」


 その数字を表した頃になって、ようやく望が日比野の様子に気付く。同時に、私はそれがカウントダウンであることを理解した。


「二つ」


 あと数秒で、日比野は目を開けるだろう。彼の瞼の裏で起きていることは、大体の予想がついた。当の望は、まだ、正答を与えられていない。


「一つ」


 耳を澄ませる。どうしてかはわからないが、息が詰まった。

 三人の時間が終わる。次の瞬間には、彼等は私を客人とみなさないだろう。私以上に待ち望んでいた存在が、自ら足を運んでくれたのだから。


「零」


 数字が終わった。玄関の開く音がした。


「遅いじゃないか、兄弟。美味しいお茶が、冷めてしまったよ」


 扉越し、廊下に向って日比野が笑う。それはゆっくりと開く。時間の経過は遅く感じられた。

 入り込んだ部屋、何も言わず、座る私達を見下していたのは、赤檮望が切実に待ち望んでいた、七竈ハラヤだった。

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