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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
五章
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答え合わせ

 自分でも驚く程に、僕はただ、無感情だった。目の前で僕から視線を外すばかりのこの男に対して、怒りも、不信感も、負の感情は一つとしてなかった。これが小清水自身の、そういった"力"なのかは、定かではない。

 人を待たせているのだ、騒ぎになる前に、と、先生に連れられたカフェの一角。黙って僕を恨めしそうに見ている匡香と、やはり何もせずにいる小清水を囲んで、僕と先生、そして待ちくたびれていた霧子は座っていた。二人は先生が勝手に注文した珈琲に、手を添えようとすらしない。

 無音に耐えかねたのか、一人、霧子が口を開いた。


「申し訳ないんですけどね、韮井さん。私はこっちの娘さんは世話しますけど、小清水君についてまで、手は出せませんよ」


 以前より更に疲労感を漂わす彼女は、そう言って、匡香を小突く。匡香の方といえば、それにすら無反応で、眉間に皺を寄せていた。


「別に良い。小清水は別件だ。たださっき、ばったりと出会ったから連れて来ただけだ」

「それにしては空気が重すぎるんじゃありませんか」

「色々あってな」

「それは見ればわかりますけどね、もう、私、この重ったるいの、嫌ですよ」


 あぁ、もう、と彼女は唸って、冷水を飲み干した。その様子は何処か思春期混じりの少女的な空気を纏っている。


「先生」


 次に切り出したのは、小清水だった。彼はやっとのことで目を見開く。凶悪な怯えた彼の眼光は、先生をしっかりと捉えていた。


「信じてくれますか」

「何をだ」

「何かは言えません。けど、信じて欲しいんです。俺のこと、七竈のことも」

「論拠の無い言葉に、信じろの一言だけで、そう易々とその通りに出来ると思っているのか。いや、出来たんだろうな、今までは。だが今はどうだ。その手の内はもう見えてるぞ、■■■■」


 先生の表情には、呆れが強く出ていた。その指導者としての側面は、問われていない僕ですら反射的に、肩が跳ねた。

 再び無言を貫く小清水に、先生は息を吐く。状況はどうやら悪化しているらしい。


「何処までなら出来る」


 ふと、先生が声を上げた。それは柔らかく、何処か救いを与える親のようだった。


「認識の阻害を解く、自分の正体を明かす、共犯を明かす、七竈への目的を明かす……どれが出来て、どれがどうして出来ない」


 足を組み、先生は小清水を睨んだ。一貫して、先生はその態度を尊大なものとしている。謂わば、威嚇のそれに近しい。


「六割の予想はついている。私が求めるのは、お前の行動とその口から出る主観的な事実だ」

「まるで拷問じゃないですか」

「当たり前だ。お前という"人間"に対して情はあっても、"怪異"に対して慈悲はない。根本が異なっている」


 何処となく、先生と僕達では、生きている道が違っている気がした。経験の差、というものか、先生は妙に白黒ハッキリと、何か、分別をしたがっている。


「……出来るのは、認知を解く――――つまり、自分の本名を明かすことくらい、です」


 諦めた様子で、小清水はそう語った。言葉は噛みしめられる。ギリと、僕の奥歯が鳴った。


「でも、他は無理です。俺だって、まだ死にたくはない」

「死ぬ。殺されるのか」

「多分、あの人はそうすると思います。要らないと思えば捨てるし、要すれば殺す。そういうことが手軽に出来る。あの人は俺に対して特に執着が無い。正直、最近はずっと怖くて仕方がない」


 ボロボロと、堰を切った様に、小清水の口からは言葉が溢れた。その姿は、いつもの大人びた優等生の彼ではない。僕はこれを、この光景と似たものを、見たことがある。それは数年前の、初めて僕達が出会った頃の、乱雑とした現実に喘ぐ■■の姿そのものだった。


「先生、先生は、七竈が何になろうとしているか、わかってますよね」


 小清水の一言に、先生は数回、指で机を叩いた。一定のリズムが整った後、先生は冷えた唇を開いた。


「"神"と呼ぶべきもの、なんだろうな、コイツは、既に」


 ピクリと反応したのは、霧子だった。彼女の目線が、僕に向いた。対して、先生と小清水は変わらず睨み合ってばかりだった。


「もう俺でも勝てないんです。和泉さんの夢を見たなんて言った時は、あぁ、もう、終わったんだなって。そう思ったんです」


 ――――怪異は自分よりも弱い怪異の影響を上塗りする。

 そう言ったのは、先生だった。だとするなら、僕は。


「七竈はもう、神の領域に踏み込んでいる。もう何もかも遅い。最初から全部、人間としての生活なんて、崩れるのは時間の問題だった。だってそんなもの、最初から無かったんですから。後は七竈が、あと一線を越えるのを、指を咥えて待っているだけ」


 ただそれだけ、なんですよ。一つ、最後に、彼はそう零すと、その異常に回っていた口を閉じた。小清水のソレには、僕に対する罵倒も嘲笑も無かった。あったのは、それを言葉とする己に対する、恐らくは軽蔑と呼ぶものだった。

 がらんどうの胸の内、ピリリと何かが内側から破れる音。それを合図に、脳の中心から、ずるずると、ひものような者が引っ張り出される感覚があった。


「俺が言えない俺達のことを調べるなら、この名前をあたってください」


 視界は明瞭さを増していた。確かに、僕達から、目の前の"彼"に対する霞は晴れていた。


「俺の名前は――――葦屋(あしや)幽冥(カクリ)、"小清水"は"清水"という男から与えられた、鎖のようなものです」


 明確に、僕はその奇妙な名前を思い出した。僕の"(ハラヤ)"という名と同じ、死と亡者に向けた名を、眼球の奥に見立てる。そんな僕と、メモを取る先生を、小清水――幽冥は少々スッキリとした、僅かな不安を含んだ表情で見ていた。

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