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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
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義弟へ、深層からの呪いを込めて

 白いリノリウムの床で、足音を並べる。いつもなら革靴がコツコツとなるが、今日はそうもいかない。久しく使用していなかったスニーカーの、底の擦れる音が、奇妙に感じた。


「七竈」


 床を見て歩く中、正面より左二〇度から、聞き覚えのある声が聞こえた。『俺』より一回り背のある彼、立花は、捜査から外された俺の後任だった。


「立花さん、事情聴取ですか。お疲れ様です」

「あぁ、少年の方は今終わった。次は()()()の方だ」


 立花は大学生という言葉を強調する。これ見よがしに、彼は歯を見せて笑った。


「そういえば、お前の弟だっけか。義理の」

「……えぇ、そうですよ。昨日、俺の前で目が覚めて―――—まだ今日は、少し体調が悪そうでした」

「嘘を吐け。一時は重傷だった青木棗の方ならまだしも、七竈ハラヤの方は無傷だったんだぞ」


 それに、と彼は、俺に向かって牙を剥く。


「奴は新原の血を大量に浴びていたうえに、冷蔵庫の中にあったバターとジャムをバクバクと食ってたんだぞ。悪いのは体じゃないだろ」


 そう言って、立花は自分の頭を指差す。


「そんな目するなよ。肉親でも無いのに、よくそんな感情的になれるな」


 どうやら俺は、酷い顔をしていたらしい。顔に力が入っている自覚はあった。息を吐いて、立花と目を合わせる。


「元々、ハラヤはここ最近、心身のバランスが悪く、そこで更に事件に巻き込まれて……体調が悪化しても、不思議じゃないですよ」


 無意識に語調が強まる。日頃から、立花の物言いは好かなかった。その口で、家族を罵倒されれば、怒りも湧く。


「そんな庇いたくなるほど、可愛い奴なのか」

「何から庇うと」

「警察からに決まっているだろ。正当防衛の可能性が高いとはいえ、新原――――いや、新原の死体が()()()()()()()()消えた、となれば……関係は捨てきれない」


 あのマンション――――新原がハラヤと青木棗、他複数を監禁、殺害した現場。あそこは、数年前にある暴力組織が買い取り、運営している場所である。特にここ二、三年は新原のように不自然に失踪する者や、遠い地でバラバラ死体となって発見されてる居住者が多い。曰く、猟奇趣味な組織の跡取り息子が殺人鬼を飼っているだとか、裏切りそうな者を始末する場所だとか、そんな憶測が立てられていた。


「義弟は、複数人とつるむのは苦手なんですよ」

「何だ、ボッチという奴か」


 一つ一つ、丁寧に、立花は俺を刺激する。

 きっと同じことをハラヤにもやるつもりなのだろう。あの見た目で、気の強いハラヤのことだ。どんなに体が重くても、痛くても、今のように神経を逆なですれば、胸倉を掴み、頭突きの一つくらいするだろう。


「……立花さん、面会、俺も一緒で良いですか」

「何でだよ」

「その方が心を開きやすいと思いますよ。ハラヤは人見知りをするタイプなんで」


 ふうん、と、立花は俺を品定めの如く見下す。考えているのだろう、この男は。如何にしてハラヤからこの奇妙な事件の、有力な情報を得るか。もしもハラヤが新原を殺して、その死体をマンションに関する誰かに処理してもらった、というストーリーがあれば。これほど俺達にとって簡単な話はない。


「良いだろう。俺じゃ、警戒されるだろうからな」


 立花はそう言って、長い腕を広げて見せた。十分な威圧感が、彼をより一層大きく見せる。

 では、と俺がハラヤの病室へ踵を返すと、背後に思い革靴の音が響いた。

 ナースステーションを横切って、個室へ。マスコミ対策で名前の伏せられた四〇二号室の扉を叩いた。


「どうぞ」


 齢二一にしては甲高い、ハラヤの声が聞こえた。それを合図に、扉に手をかける。

 部屋にはひっそりと白い花が生けられ、カーテンで外の見えない環境に、甘い香りを添えていた。


「義兄さん、帰ったんじゃなかったの」


 ベットの上では、きょとんと目を丸くしているハラヤがいた。


「お邪魔します」


 扉を開けた俺を押しのけて、立花が病室へ踏み込む。視界の端で、眉間に皺を寄せるハラヤの顔が見えた。


「……誰だ、アンタ」

「お義兄さんの同僚、でわかるかな」

「はあ、ふうん、義兄さんよりは頭悪そうに見えますけど」


 ピクリと、微笑む立花の表情が止まった。


「……いや、良いだろう。教えてやる。人間は見た目じゃない」

「少なくとも人から話を聞く仕事は知性的に見えた方が得じゃないですかね」


 いつも以上に、というよりも、今までに見たことが無いほどに、ハラヤが初対面の人間を罵倒している。ただただ、俺はその場に呆然と立ち尽くすしかなかった。


「おい、七竈」

「何ですか」

「お前じゃない」


 立花が俺を呼ぶ。その表情には、苛立ちと焦りが見て取れた。


「お前の義弟だろ。何とかしろ。何のために付き添いを許可したと思ってるんだ」

「そういえばそうでしたね」


 今にもハラヤを殴りつけそうな立花と、欠伸をするハラヤの間に立つ。どうやらハラヤは、立花を警戒する依然に、舐め腐っているようだった。


「……ハラヤ、実は、お前に事件のことを……」

「話すのは構わないけど、その(類人猿)は嫌だ」


 きっぱりと、ハラヤは表情一つ変えずに言う。怒りで耐えられそうにない立花を腕で制止しつつ、その口の続きに耳を傾けた。


「四回も冤罪で市民を自殺させているような奴に、事件の話なんかしたくない」


 立花の、動きが止まった。俺の頭からは、血が落ちていく感覚があった。


「冤罪? ハラヤ、お前何を」


 俺が問おうとした瞬間、立花の腕が、ハラヤの胸倉を掴んだ。


「お前、何を知ってる」


 立花は近くの点滴と俺を倒しながら、ハラヤの上半身を振り乱した。それでもハラヤは変わらず、無表情のままだった。針の抜けた腕から、手首を通って、血液がベットに滴る。その血だらけの手で、ハラヤは立花の首筋を撫でた。


「ずっとアンタを見てるんだよ。頸の長い男が二人、顔と四肢がぐっちゃぐちゃの女、腸を床にぶちまけてる学ランが一人」


 ハラヤは立花の耳元で、囁く。その顔は、妖艶で――――正しく、魔女のようだった。

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