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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
三章
19/78

男三人、肉を食らう

 日が暮れ、繁華街の光はぽつぽつと燈っている。僕達は日比野に連れられて、大通りの歩道を歩いていた。

 そのうち、自分の髪から漏れる、使い慣れない品の良いの残り香が、鼻についた。

 曰く、あのマンションは日比野の父親が所有している物件とのことで、いくつかの部屋を日比野は使い分けて住んでいるいるらしい。そのうちの一つを借りて、僕と小清水はシャワーを浴びた。備え付けてあったシャンプーは女性もので、柘榴の香りがした。その酸味を含む香りが、僕達に染み付いた、苦味のある腐敗臭を掻き消した。お陰で、人のごった返す休日の繁華街を歩くことが出来る。

 日比野を先頭に、飲み屋などが立ち並ぶ通りを歩く。約束通り、夕方には掃除が終わったということで、小清水が肉を奢れと日比野を強請ったのだ。

 ふと急に、日比野が立ち止まった。

 

「知り合いの店なんだけど、ここでどうかな。個室に案内してもらおうよ」

 

 今日はドレスコードがなってないしね、と日比野は笑った。彼が立ち止まったのは、黒を基調としたシックな壁と質素な扉。店名は書いておらず、一見して僕が想像する焼肉屋ではない。ただ、細い路地から漂う煙の匂いは、煙草の煙に混じっても、甘い油を含んで、胃と舌の粘膜を増幅させる。

 扉を日比野が引き開ける。それに倣って僕も扉に体重を乗せた。重い扉は、音も無く動く。洗練され清潔感が強い手摺りは、よく見れば黒檀のような木で出来ていた。

 

「三人なんだけど、個室空いてる?」

 

 淡々と、日比野が店員に歩み寄る。店員は少し困った顔をして、僕達を見た。

 

「お客様、申し訳ありませんが今日は個室が全て、予約で埋まっておりまして。他のお席であれば直ぐにご用意させていただきます」

 

 店員の言葉を聞いて、日比野はくるりと振り返り、僕達と顔を合わせる。

 

「ちょっと待ってて。お話ししてくるから」

 

 誰と、と小清水が声をかけようとした瞬間、日比野は店員の手を掴む。唐突な行動に、僕達も店員も、目を丸くしていた。仕切りにお客様、と声をかける店員は、スタッフルームへと日比野と共に消えていく。

 暫く、僕と小清水が顔を見合わせていると、再び同じ扉が開いた。出てきたのは、にこやかな日比野と、顔面蒼白の初老の男性だった。

 

「お客様、大変失礼致しました。一室、空きがございました。ご用意させていただきますので、今暫くお待ちください」

 

 指先は小刻みに震え、怯えを隠せていない。胸にはオーナーという名札が一瞬だけ見えた。

 

「いつもは家族とか身内と一緒に来るんだよね。友達と来るのは初めてで」

 

 困らせちゃったね、と、日比野はオーナーの男性に笑いかけた。彼の引きつる口角に、僕と小清水も釣られて笑ってしまっていた。

 暫くして、用意が出来たと案内され、入り組んだ店内を歩く。漆喰で固められた壁に、黒い扉が並ぶ。中の様子は外からでは全くわからない。天井に張り巡らされているパイプが、多量の煙を運んでいるということだけはわかった。

 こちらです、と開いた扉に、オーナーには見向きもせずに日比野が入っていく。僕と小清水は頭を下げ続けるオーナーをチラリと見て、扉の奥に進んだ。

 案内された部屋には、ほんのりと暖かみのある暖色のライトが、天井から一つ下げられていた。それでも全く暗い印象を受けないのは、壁がマットながらも照りのある黒い漆喰で塗られているからかもしれない。その中心に、ぽつりと置かれたテーブルには、炭火と網が埋められていた。四つの椅子のうち、一つに日比野が座る。それを追って、小清水が彼の正面を陣取った。僕もその隣に腰を落ち着ける。目の前には、小皿とメニュー表が置かれていた。写真のついていないメニューは、読むだけではどんなものかも想像がつかない。

 

「僕のオススメ先に頼んでも良いかな。あ、お酒飲む? 今日は僕の奢りだからね。好きに食べて飲んでよ」

 

 そう言って、日比野は手を拭き、店員をボタンで呼び出した。駆けつけた女性店員に、メニューを見せながら次々と言いつけていく。カルビやタンなど、覚えのある名称も聞こえるが、殆どは聞いたこともない部位や料理名が呪文のように聞こえた。

 

「僕はこのワインを一杯いただこうかな。七竈君は? 小清水はお酒ダメだったと思うけど、ソフトドリンクも結構あるよ」


 日比野が僕と小清水を交互に見る。僕は、メニューの一番上を見て、指さした。

 

「これ、ビールですか」

 

 僕が尋ねると、店員は微笑んでメニューを覗く。赤い唇が優雅に動いた。

 

「国産のホワイトエールでございます。本日のオススメとなっております。瓶でのご提供とグラスに注いでのご提供をお選びいただけますが、如何なさいますか」

「グラスで」

「かしこまりました」

 

 そうやって微笑む彼女は、出迎えた店員やオーナーとは違い、所作の一つ一つが抜きん出いている。彼女は同じように小清水から注文を聞き出すと、失礼致しますと添えて、部屋から静かに出ていった。

 

「さて、ゆっくりしようか。コースを一つ頼んだから、ご飯も来るよ」

 

 ワクワクと何処か子供らしく笑う日比野は、僕の方を見た。

 

「食べきれなかったら残して良いからね」


 軽薄に日比野は言う。僕が口を開くよりも前に、小清水が間に入った。


「いや、こいつは結構食うぞ。大酒飲みだし、何より胃袋がデカい」

「おや、それは……ギャップ萌えというやつかな」

 

 クスクスと歯を見せて彼は笑う。やはり、日比野という男には、所々で品の良さが垣間見える。指先の数センチ、眉や口先の数ミリが、一般のそれとは少し異なっている。ただ、それとはまた別に、まるで継ぎ接ぎのテディベアのように、俗物らしさが滲み出ていた。

 

「それにしても、小清水と七竈君は本当に仲が良いんだね」

 

 ふと日比野が机に手を置いて言った。ストンと、僕の中で、疑問のような不快感が湧き出す。喉まで出かかったものを一度飲み込んで、咀嚼し、吐き出した。

 

「どうしてそう思う」

「どうしてって、そりゃあ、君たち、いつも一緒にいるじゃないか。僕ずっと君のことを小清水の彼女だと思ってたんだよ」

 

 失礼ながら、と、日比野は呟く。音もなく入ってきた先程の女性店員が、話を遮ることもなく注文通りのワインやビールを置いていく。日比野も目も何も合わせることなく、ワインを一口含んだ。

 成程、日比野は度々、遠くから僕達を見ていたことがあったらしい。先生の指示とはいえ、確かに、僕と小清水は人が見ている場所では常日頃共に過ごしている。それに加え、僕は小清水を添えれば小柄で、四肢の一つ一つ、また顔も女性的印象が強いのだろう。髪も長いわけではないが短いとも言えない。中性的であると言えばそうだった。

 だが、だからと言って小清水の彼女であると思われていたのは、心外であった。

 

「例え僕が女でも、小清水は彼氏にしない」

「そりゃあ、また、何で」

「顔は程々で、社交性と性格で男女共にモテる男と恋仲になってみろ、端的に周囲が怖い。それ以前に、こいつに一人と何を重ねる度胸はないさ」

 

 違いない、と、日比野は小清水本人を見た。

 

「お前らなあ」

 

 小清水がオレンジジュースの入ったジョッキを、音を立てて置いた。僕と日比野に嘲笑される彼は、そのまま口をパクパク動かす。だが、返す言葉も捻り出せず、再びジョッキを持ち上げて、溜息とと共に果汁を喉に通した。

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