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冷凍された真夢  作者: 棺之夜幟
二章
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秘めたる神性

 肺から口へ戻っていく空気。意識を整える暇すら与えず、先生は僕に顔を近づけた。互いの息の温度すらわかった。

 

「嘘、とは何ですか」

 

 僕が問うと、先生はコキリと首を鳴らす。そのまま先生は上着の懐に手を入れた。そこから取り出されたのは、数枚の紙切れだった。

 自分の手足に、ギュッと力が篭るのを感じた。じわりと指先の感覚が無くなっていく。


「お前、以前、予知夢や正夢の類には、関係したことがないと言ったな」

 

 数日前の会話を思い出す。確かに、僕は先生にそう言った。淡々とした対話だったのを覚えている。

 

「確かに、言いました。言いました、けど、僕は嘘は吐いてません」

「どうだかね。少なくとも身内のことについては、誤魔化していたとしか思えないが」

 

 先生の手中にあった紙切れは、写真であった。フィルムで撮ったのか、詳細は粗くてわからない。けれど、被写体に覚えがあった。

 

「お前の実家にいる母親、再婚相手なんだってな。実母は殺されたらしいじゃないか」


 暫く伸ばし続けていた爪が、掌に食い込む。

 

「それとこれと、何か関係がありますか」

「ある。お前の母親も、予知夢の類を見ていた、ということを聞いてきた」

 

 僕は首を傾げた。純粋に、ただ、知らなかった。

 実の母が殺されているのは確かだった。僕もちゃんとその記憶がある。父は母の死体が見つかって数ヶ月後、祖母の組んだ見合いで、同じ未亡人の女性と再婚していた。継母も、その連れ子である義兄と義妹も、僕とはそこそこ仲が良い自負があった。

 それでも、実の母親の、予知の話など、誰からも聞いたことがなかった。父や祖母は母の法事の際に、思い出話をすることはあったが、彼女の過去の話はしなかった。幼かった僕自身も、母の子供時代などは何も問うことはなかった。

 

「……知りませんでした。本当に、何も知らなかったんです。母のことは何も」

「地元では有名な家系だそうだ。詳しくは親父さん達も知らないらしいが、その様子だと、全く持って何も知らなかったみたいだな」


 軽微な納得を以って、先生は殺意に似た意識を、僕に向けなくなった。理解とは程遠いが、お互いの何か、緊張の糸のようなものが解けた気がした。再び、先生が一瞬の長考に入る。冷房も無い部屋の、水分を含んだ空気をスッと吸って、先生は壁を撫でた。


「怪異などと呼ばれるものの中には、血縁に憑くものもある。憑物筋だとか、そういうものに類しているものだ」

 

 それを危惧して聞いたのだ、と、先生は溜息を吐く。

 

「だが本人が知らなかったのであれば致し方がない。ここでお前を詰めたところで、何も得るものは無さそうだからな」

 

 先生はそう言って、僕から興味を失ったように目線を流す。僕はただ狼狽るしかなかった。先生が何を考えているのかもわからなかった。

 

「小清水がいる環境じゃ、お前を観察しても意味がない」


 そう呟いた先生は、玄関への扉に手をかけた。説明も無く出ていこうとする先生の上着を掴む。少し驚いたような表情の先生に、僕は声を上げた。


「そう、あの、何で小清水なんですか。霧子さんも言っていましたけど、小清水に何があるんですか」

 

 僕は以前先生に言われてから、ずっと小清水と共に行動していた。元々、僕達は部屋が隣同士で、授業も殆ど被っていた。殆どいつも通りの生活をしているだけだった。だから、小清水がいるいないの違いはとんと見当がつかなかった。

 

「……小清水は」

 

 先生は言葉の途中で僕の手を振り払った。病み上がりの細身の男の手など、簡単に袖から離れた。

 

「小清水は、本人が怪異の影響を全く受けない特異な体質だ。それも、周囲の人間への影響も軽減させる程に強力な」

「アイツ、そんな凄い奴なんですか」

「希少価値は高い。怪異を無かったことに出来るなんてのは、そうそういないさ」

 

 ラッキーだったな、と先生が微かに笑う。

 ということは、小清水がいなかったら僕は、もっと夢に苛まれていたのかもしれない。よく思い出せば、和泉が目の前に現れたのも、入院中だけだった。


「先生」

 

 もう一度、呼び止める。先生は既に玄関まで出かかっていた。鍵をかけていないドアの隙間から、涼やかな夜の空気が入り込む。それが冷凍庫を開けたときのようで、吐き気を促した。

 僕の声に反応した先生の眉間に、皺が寄る。

 

「まだ何かあるか」

「今度は何処に行くんですか」

 

 先生の背が、顔が、またいなくなることを予期していた。

 妙に鋭くなりつつある勘が、先生の挙動の一つ一つを舐め回すように感じ取る。先生は僕に不信感を抱いていて、更には、奇妙な好奇心まで持っているようだった。

 

「次は、お前の出身地に行ってみようと思う。ついでに小清水の方も調べたいしな」

 

 そうですか、と僕は下唇を噛んだ。この人はきっと、元々好奇心が強いのだろう。その心のままに、行く先を決めているのだ。

 

「もう暫く消える。大学の方には今日顔は出したから、行方不明なんてことにはならないだろう」

 

 ついに、先生が玄関ドアを開けた。風で、扉が吹き飛びそうになっていた。先生はそれを手で押さえつつ、僕の顔を見つめていた。

 

「お前に今ここで殺されない限り、行方不明になんて、ならない」

 

 先生は一呼吸置いて、そう言った。

 僕の手にあった、錆だらけの包丁が、滑り落ちる。床に突き刺さったそれを一笑して、先生は小清水によろしく、とだけ言って、大通りへと消えていった。

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