白うさぎと虎 1
ステッキは鼻の先をかすめ、アスファルトに大きめのへこみを作った。
「・・・こんな昼間から襲ってくるのかよ!?」
こういうのは夜に遭遇するのが定石だろ!
俺は回れ右でダッシュで逃げようとする。不審人物と出会ったときは速攻で逃げてケータイで通報は一般常識だ。
「いやいや、お兄さんこっち側の人でしょ?そんな妖のにおいふりまいといて一般人ですとか無理があるよ?」
しかしまわりこまれてしまった!
白フードの少女はステッキをこちらにぶんぶんと振り回す。
俺はステッキをすんでのところでよけるが、ステッキの空を切る音と風圧がモロにくらったら骨折じゃすまないことを直感させる。
「冗談じゃねえ。俺は誰がなんて言おうと一般人だ・・・!」
「一般人なら妖服とかいらないでしょ?変に誤魔化しても意味ないって」
「誤魔化しているわけじゃない!かかわりあいたくないだけだ・・・ッ!」
そんな弁明を聞いてもらえるはずもなく、少女がステッキを振り回す手は止まらない。
後退してよけ続けた俺の背が、ついに塀の壁につき足が止まる。
「・・・ッ!」
「んー、まあ何もしない奴をなぶる趣味もないわけじゃないけど、まあいいや。お兄さんが妖服を出さないなら、お兄さんの死体からゆっくり妖服をはぎ取って終わりにするよ」
少女はそういうとステッキを振りかぶり―――――
俺が受け止めるように前方に突き出した、『虎』の腕を叩く。
『虎』の腕は軽々と、コンクリートを砕くほどの衝撃を抑え込んだ。
これが俺の能力。俺の『心臓に縫いつけられた妖服』の力。
俺の両手両足は毛皮に包まれ鋭利な爪の生え揃う、妖虎に変わる。
今度は少女が後ずさりをする番だった。
「いやいや・・・後出しでそれはズルくないですか・・・?さっきまでそんなバカでかい妖力してなかったでしょ・・・!」
「うるせえ、抑えてても垂れ流れんだよ。一般人がこんなもん扱いきれるわけないだろ」
少女は少し考えるようなそぶりを見せ、二歩後ろに下がると地面に膝をつき
ステッキを地面に置き両手を上げた
「いやー降参です。お兄さんお強いです」
「お兄さんはやめろ、俺は真白。如月真白だ。お前は?なんでこんな昼間から俺を襲った?」
「あー、っと。もしかして見逃していただける?」
「そりゃあ返答次第だろ」
ですよねーと少女はいうとフッと白のロングコートが消える。
あのコート自体が妖服の一部で、つまり見逃してもらえそうと判断し戦闘状態を完全に解いたのだろう。
ロングコートのフードが消えると、よく整った少女の顔がよく見えた。
いわゆる童顔といった感じで、背丈も俺より一回り小さい。
こうしてみるととても俺を襲った怪力少女には見えないから不思議だ。
そんなことを思っていると、さっきまでコートのポケットに突っ込まれていた兎のぬいぐるみが軽快に話し始める。
「まずは自己紹介ということなんすけど、ご主人は無口だから俺が代わりにお話しさせていただきますね?ご主人の名前は、椎名 衣兎ちゃん!スリーサイズは上から―――いたいいたい!ご主人!綿がでちゃう!」
口が軽い兎の胴を衣兎と呼ばれた少女が締めあげた。
この口調、もしかしなくても白のロングコート姿の時に少女の口を借りて喋っていたのはコイツなのだろう。
そんな少女と兎の茶番劇に水を差すように俺は少し強めの口調で聞く。
「で、なんで俺を襲った?」
「・・・・・連続失踪事件の犯人かと思って」
「はぁ?俺が?」
こくり、と少女は頷く
いやいや、むしろお前らが通り魔だろ
「だって・・・」
衣兎は口を恐る恐る開く
「こんな真昼間の、学生がちょうど下校するくらいの時間帯に・・・妖力を垂れ流しながら歩く不審者だったから・・・」
・・・・・・俺のほうが非常識みたいな目をするなっ!
知らねえよ妖力のちゃんとした抑え方とか!
なにはともあれ不審者を見かけたとしても、「相談窓口」に連絡せずに自ら襲いにかかってくるあたり「連続失踪事件」の関係での訳ありなのだろう。
すぐに六花さんに連絡して引き取ってもらうのが妥当な行動なのだろうが・・・
「あー、なんだ。こんな話だし、まずは場所を変えるか。俺の家でいいか?」
少女の目を見たら、おせっかいを焼きたくなってしまった。
まるで小動物のような、子兎がおびえるような目だ。
「え、お兄さんロリコン?家に連れ込んで何するつもりっ!?」
「ロリコンじゃねえし何もしねえよ!?」