1.小林さんがお見舞いに来たそうで
高校一年生、紅野幸弥。一年C組、出席番号一番。
事故って病院送り。死にかけていたらしい。そりゃそうだ。大型の車が俺に向かって突っ込んで来たんだから、ただで済んだとは思えない。それに、くっっっそ痛かったのを覚えている。ぶつかった時のことを思い出すと震える。大型の車にも少しトラウマができた。
嫌な後遺症だ。そう思った。
死にかけた俺は奇跡的なのかなんなのか、助かった。
俺が目を覚ました時、保護者がいて号泣された。『よかった、よかった!』って笑いながら、『心配させるようなこと二度としないでくれ』と痛そうに言われた。
俺は愛されている。
そんな俺に思いもよらない人物がお見舞いに来てくれた。
今まで一切関わったことのない人。
俺にとっては高嶺の花。うちの学校一の美少女。小林澄玲。一年D組、出席番号は知らない。
長い黒髪をいつもサラサラさせている人だ。
彼女が俺の病室に入ってきた時、そんな認識をした。
「こんにちは」
「こ、こんにちは」
話した。
入ってくる病室を間違えたのかと思った。
マジでホントに驚いた。
小林さんは、お見舞い人用の椅子に腰掛けた。
「私、小林澄玲っていいます」
「あ、俺は紅野幸弥です」
「はい。あ、体大丈夫ですか?」
「まあまあです」
そう。と俺の言葉を聞いて呟いた小林さんは、安心したように微笑んでいた。
小林さんってこんな感じの人なんだ。
雰囲気が癒されるというか、傍にいると落ち着くというか。大人っぽい?
個人的に声が超好き。
ところで、何故小林さんが俺のところに?
話が区切られて思ったのはそんなことだった。
接点のないはずの俺と小林さん。その程度のはずだったのだが。
「実は私、紅野くんを事故に遭わせてしまった者の親戚でして…」
「そ、そうなんだ」
それを聞いて思い出す。俺を轢いた、大型車の運転手の人が一昨日謝罪に来たことを。
中年の男性で、土下座されたのを覚えている。
まだあの時は全身が痛かった。
「この件は、本当に申し訳ありません。」
滑らか、そして綺麗な動作で頭を下げられた。重力に従う髪がサラサラと背中から落ちていく。
「なんで小林さんが謝るんですか」
「まあそうなんですけど、一応紅野くんを知っている身としては、知らないことにできませんでして…」
「そうですか」
そうですか。
どう、反応すればいいんだろう。
「あ、慰謝料? とかはしっかり要求したらしいです」
「なるほど。__あ、粗品ですが、これ」
小林さんのバッグから小さめの箱が出てきた。
シンプルなラッピングがされている。
これはあれか。お見舞いの品。小林さんからの。マジか。
「ありがとうございます」
深く深くその箱を受け取った。
ちょっと揺れた時、コロコロという音がした。
「無事退院した時食べてください」
「だいぶ先だね!?」
これは退院祝いになるのでは…?
今は食べられないので、隣の棚にしまった。忘れないようにしよう。
「…それじゃあ、もう帰りますね」
「あ、はい。来てくれてありがとう」
「お大事に。……………っ!?」
椅子から立ち上がろうとした小林さんが態勢を崩して、俺の方に傾いて倒れそうになった。椅子の脚に足が引っかかったみたいだ。
咄嗟に彼女を受け止める姿勢になった。
「きゃあっ」
「ぅわ!」
ぼすっと音を立てながらも、倒れた小林さんを抱きとめることができた。
すると、キィーーーーンという激しい耳鳴りと強く脳を揺さぶられる感覚がした。
うう…まだ完治していないのが響いたのだろうか。
吐きそうだ……
「すみませんすみませんすみませんー!!! 大丈夫ですか、大丈夫じゃないですよね、どうしようどうしよう…」
慌てた声が聞こえる。小林さんが言ったのかと思ったがこれは違う。
この声は___俺の声だ。
目を開けると、開けた先には常日頃見慣れた顔があった。
俺の顔だった。