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二十話 三者三様

 クランシー王国近郊。

 

 風に揺られる木の葉の音に混じって、野生のアニマの声が聞こえる。

 

 ズドドド


 俺は今、山の中にある滝に打たれていた。


温度調整がなされてない自然の水はたとえ冬でなくても冷たい。それが高所から塊で降ってくると、まるで氷を浴びせられているようだった。


眼球に針のように当たるものの、俺は目蓋を閉じることなく前を見つめていた。


「師匠。走りこみ終わりました~」

 

 坂からゼエブと一緒に上ってきたラースが、力尽きて倒れる。

まだ散歩が足りないとばかりにゼエブが服を引っ張るが、しばらく動けなさそうだった。


「ラースくん。おつかれさまです」


 ジェンヌがくんだ水を渡す。


 ラースはがぶがぶと飲み干すと、近くの樹を背もたれにして座った。


「いや師匠すごいですね」

「はい。救世主様はいつでも素晴らしいです。そこに立っているだけでも、その威風で世界を平和にしてくれる」

「いやそういうことじゃなくてですね……ぼくもこの前に、滝行をやらせてもらったんですけど、もう十分もしたら限界になってしまいして」

「まあ」

「休みなくずっと上から殴られているようなものですものあれ。それをぼくが走っている前からずっとやってましたからね。しかも足が負傷してるのに」

「そのことに関しては、わたくしが治療しましたので」


 ジェンヌは、黄色の魔力を手に纏わせた。


「とはいっても、魔力ってそこまで万能じゃないでしょ? 複雑骨折した足がたった数日で全快するなんて」

「試してみるか?」

「えっ」

「今なら、ちょうどいい」


 俺がラースに声をかけてからすぐ、滝の上のほうから叫び声が聞こえた。


「死ねニャー!」


 なにかが水中に沈みこむと、勢いによって下まで落下してくる。


 岩石だ。

 半分にも到達しない内に、俺の影を埋め尽くして周囲を暗闇にする。


「危ない!」


 心配するラース。


 俺はその反応に微笑みながら、右足を振り上げた。


 グシャァアン!


 俺の蹴りが衝突すると、岩は粉々に砕け散った。


「おいクソ猫!」

「なんニャクソ変態! おまえの言う通りにニャアは手伝っているだけニャ」

「声出すなって言っておいただろ! タイミング分かってたら意味ねえんだよ!」

「手伝っておいてその言い草は最低ニャ! 次は絶対に殺すやつを持ってくるから水遊びしたまま待ってろニャ!」


 レイナの気配が消えたのを確認すると、俺はラースと話す。


「どうだ? 完全復活だ」

「お見事」

「さすが救世主様! その復活は、まさしく天のお導き!」

「いやジェンヌ、おまえのおかげ……」

「ああ。わたくしはまた偉業をこの目にしてしまった。あまりの輝きに目が潰れてしまいそうです。ああ痛い本当に目が痛くなってきた」

「……もういいよそれで」


 素直に感嘆するラースの隣で、滝に負けないくらいの勢いの涙を流すジェンヌ。


 ともかく治療は済んだ。

 これで明日の魔導大会には、準備万端で参加できる。




〇●〇●〇●〇● 




 グリンの森。


 王国からも離れ、そこは人の手が完全に手を加えられてない場所。自然のままに生い茂った木々が活き活きと昼間の日光浴を楽しんでいた。

 

そして森の住民である昆虫たちは樹液を吸い、落ちた果実を巣へ運ぶ。彼らは自然の恩恵に預かって、今日も生きている。


 蝶が、花に止まった。


 細い花びらをかきわけて、中から蜜を吸おうとする。


 チュー


 しかし蝶がどれだけ頑張っても、ストローはなにも吸い出せなかった。


 よく見ると、その花には蝶以外の生物も止まっていた。


 カブトムシは樹液を舐めようとし、テントウムシは葉を食べようとし、キツツキは突っついて巣を作ろうとしている。


 この花が咲いているのはいったいどんな植物なのだろうか?


 蝶はふと疑問に感じた。


「……」


 コーラルが、昆虫に包まれていた。


 自然の魔力を感じ、取りこむために瞑想をしていたのだ。完全な瞑想は、自然と一体化し、森に慣れ親しんでいる動物たちも森の一部と認識させていた。


 ふと、鐘の音が聞こえる。


 森の住人でも聞き取れるのはほとんどいない遠い町からの音を、コーラルの耳は捉えた。


「……時間か」


 バササッ!


 コーラルが息を漏らした途端、動物や昆虫がビックリして跳ねるようにたちまちにどこかへ消えていった。


 コーラルは汚れを手ではたいて落とすと、森の出口へ足を向ける。


「大会は明日。タケダ、クラッスラ。どちらとも我が手で下す」


 コーラルからほんのわずか洩れた殺気を感じると、森が揺れた。動物や昆虫たちが、怯えて外へ避難していった。




〇●〇●〇●〇●



 

 クランシー王城内。

 

 魔力の通りがいい白石を積まれて築かれた壁に、クラッスラは四方を囲まれていた。


 椅子に座りながら、首だけを後ろへ回す。


 彼の背後には、鎧を纏った騎士がいた。


「ハロー」


 四肢が拘束され、胴体が椅子に縛り付けられているにも関わらず、呑気な夜の挨拶をしてきたことに、騎士はギョッと驚く。


 平静を取り戻してから、応じることにする。


「申し訳ありませんが、クラッスラ様には容疑がかかっているため」

「オレはエルフだよ?」

「六宝樹のコーラル様からの命令です」

「ふーん。やっぱりオレとあいつじゃ違うんだ」

「……」


 騎士の無言は、クラッスラの言葉をどこか肯定しているようだった。


「だよね……ファック(糞)!」


 突然、大声をあげるクラッスラ。騎士は薄い布一枚で覆われた爆弾を抱えているような気分になった。


 騎士は時計を確認する。


 もう少しで、他の騎士も監視に加わるはずだった。大会準備もしなければならないため、この時間だけは彼はひとりでクラッスラを見てなければならなかった。


 ベテランも含めて誰もやりたがらないため騎士団の中でも若いほうの彼に強引に押し付けられた役目だった。


「ねえトイレに行きたいんだけど」


 突然のクラッスラからの申し出に、騎士はビクッとしながらまじまじと監視対象を見つめる。


 トイレということは、排便したいということだ。

けれど大であれ小であれ下の拘束を解かなければならなかった。


 エルフとの魔力の差を考えると、片足一本でも自由にしたらもうただの一兵士の彼では暴走を止められようもなかった。


「む、無理です」

「おいおい。もう限界なんだけど」

「もう少ししたら他の人が来ますので、それからお願いします」

「シット! ああもう限界だ。出ちまう出ちまう!」

「すみませんすみません」


 ペコペコと、ひたすら頭を下げる騎士。

 内心では自分にこの仕事を押し付けた騎士団の上層部に怒りが湧いてきていた。


「そうだ! ならユーが手伝ってくれないか?」

「えっ?」

「ロックが外せないんだろ? ならユーが器かなんかでオレのものを受け止めてくれ」


 ズボンの構造的に、クラッスラの提案は可能だった。


 渡りに船とばかりに、騎士はすぐに近くにある空の花瓶を持っていく。


 これでエルフにも先輩たちにも顔向けできる。


 騎士は安堵しながら、クラッスラのズボンに手をかけてずり下ろそうとした。


「なあ」


 上から声をかけられたので、騎士は首を曲げて見上げる。

 

 美しい貌だった。

 一瞬、女と見間違えて、自分がいる状況に胸をドキッとさせた。


 ――それが隙になった。


 クラッスラの両脚が上がると、股の間に騎士の顔を挟んだ。

 

 バシュッ


 座った姿勢から、バク転するクラッスラ。うつぶせに着地すると、騎士は脳天で床を叩いた。


 フランケンシュタイナー。この世界では不死堕とし(アルカディーナ)と呼ばれる技だ。


 クラッスラは股間の騎士を抜くと、器用にナイフを拝借する。


 縛りに使われている縄は本来は魔力を通しにくくするものだが、エルフからするとそれでも鍛えられた人間並みの魔力行使だった。


 クラッスラは拘束を切ると、部屋を出た。


 廊下を進んでから、客人として自分に用意された部屋に到達する。途中、何人かの騎士に出会ったが、クラッスラのことを認識する前に奇襲して意識を失わせた。


 クラッスラは、鍵をかけていた棚を自分の魔力を認識させて開錠する。


「これで、明日の準備は万全だ。どんな事態にも、アクシデントはつきものだからな。ケアの用意はしておかねば」


 棚の中にあったものを取ると、部屋から出ていく。


 再度、自分が拘束されていた場所へ戻ると、クラッスラは自分で自分を縛り直したのだった。




 三者三様、戦いの準備は済んだ。

 

 また月が顔を表す頃には、ついに新たなクランシー王国最強の男が決まる。さて誰が、夜の女神に微笑まれるのだろうか。

 

 その結果は、神でさえも知りえなかった。

 

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