十九話 陰謀の終わりとこれから
勝った。
見事なまでの大技の決まり具合に、俺は勝利を確信する。
だからこの場から離れるため、クラッスラを抑える力を緩めることにした。
すると俺の身体は、いきなり壁まで吹っ飛ばされる。
石の壁はロープのように反射せず、ありのままの衝撃を俺へ与えた。
なにがどうなってる!?
頭がパニックになっている俺の前で、倒したはずのクラッスラの四肢が動いた。
「……」
ぼこん
頭を引っこ抜くクラッスラ。血すら流れていなく、まるで効いた様子じゃなかった。
「WHOOOO! 光剛成が間に合ってよかったぜ!」
「そうか。魔力を頭部に集中させたのか」
元の世界で、路上で最強の格闘技といえば、たびたび柔道の名前がよくあがる。それはジャケットを着たままする格闘技であるのも理由のひとつであるが、なによりも投げ技の威力が一番支持される要因だった。
路上では、下が畳ではなくコンクリートや硬い土なことが多い。そのことから、硬い路面に勢いよくぶつける投げは一撃必殺とされていた。
しかしこれが、地面がリングマットや畳のように軟らかい場合だと、また違ってくる。
コンクリートならば軽く投げられても人間は痛かったり負傷もするが、水ならば逆に投げられた水のほうが変形する。当然、水では人間にダメージはない。
つまるところ、クラッスラ――いや魔力を制御したエルフにとっては、ただの石の床など水面にしか過ぎないのだ。
「くっ」
背中だけじゃなくあばらの部分まで痛む。おそらくヒビが入ったか骨折した。
油断した。
考えてみれば当たり前なのだが、どうも以前までの常識に囚われていたようだ。
クラッスラは何事もなかったように立ち上がると、こちらへ構える。
「あれ~? もしやさっきので決まっちゃった?」
「……」
「もし自分から負けを認めるっていうのなら、それでもいいよ。ただしお仲間もろとも、もう喋れないようにベロを引っこ抜いてもらうけど」
「ぬかせ。まだやれる」
俺は倒れないように背を預けていた壁から離れる。今にも力尽きそうだが、踏ん張って仁王立ちになる。
「あいつに経験を積ませるためとはいえ、俺がクソ弟子ならここに来ていいって言ったんだ。なら責任を取る必要がある」
「お仲間思いなんだね~」
「仲間ねえ……」
そんな感情は抱いていないが、傍から見るとそう見えるのかもしれない。
俺は否定も肯定もしなかった。
「レッツゴー」
クラッスラはもはやクラウチングスタートを決めるかのような前傾姿勢になる。
あの姿勢だから繰り出される超高速タックルに、俺は前蹴りでカウンターを合わせることにした。本来ならばタックルには膝なのだが、やつのタックルは低位置を維持してくる。
打撃のカウンターならば、決まればクラッスラ本人の勢いが加算されて必殺の一撃になり得るはずだ。たとえ豆腐でも、音速でぶつかれば人間が死んでしまうように。
ドヒュッ!
クラッスラは息継ぎをした後、こちらの隙を伺ってスタートした。
「甘い!」
俺は閉じかけた目蓋の間から、クラッスラの初動を見切った。
足の裏が、ドンピシャのタイミングでクラッスラの顔面を捉えた。
俺の足が――異質な感触をさせながら、俺の喉に衝突した。
崩れた豆腐のようにグチャグチャになっている俺の右足があった。
「ぐぅうううっ!」
遅れて体内に生じる電撃のような激痛。
倒れそうになるが、俺は片足で体勢を維持する。
強く上下を噛み合わせた歯からよだれの泡がこぼれていく。
意識が見えないなにかに持っていかれそうだ。
俺はなんとか意識を保ちながら、俺の後方にいるはずのクラッスラへ振り返る。
「HAHAHAHAHA!」
「なんだこいつは……」
赤い歯茎を見せるクラッスラ。
やつの髪は逆立っていた。
若干、さっきまでより毛が伸びている気もする。
どうなっている?
困惑している俺へ、クラッスラは不思議な顔をしてきた。
「なんで立っているユー? もうその足は使えないぜ」
「意識はまだある。ならばまだ戦える」
俺は拳を握りしめる。四肢がある内は、まだ戦闘可能。たとえ失おうが、頭があれば頭突きと噛みつきができる。
そう告げると、クラッスラは大笑いを始めた。
「イカれてる! 最高に頭吹っ飛んでるぜユー! いいぜ! 観客はいないが最高のショーにしよう!」
クラッスラはこれまで見たこともないほど脚部に魔力を集中させている。もはや太陽のように眩しいまでだ。
俺は迎え撃つ準備をした。
右拳を失ったら、次は左手だ。
輝きを増し続けるクラッスラは、ついに疾り出した――
「――それまで!」
「WHAT!?」「なに!?」
聞いたことのある美しい音色。
俺とクラッスラが一緒の方向へ振り向くと、階段の前にコーラルがいた。
そしてその隣には、
「クソ弟子。クソ猫」
「あはは。ぼくのために、どうもありがとうございます師匠」
「こいつ。ニャアが来る前には、もう助けられたニャ」
閉じ込められていたはずのラースと助けにいったレイナがいた。
ラースは傷だらけだが、どうやら命に別状はないみたいだ。
安心する俺。
けれど、クラッスラは違った。青筋立てて、コーラルを怒鳴りつける。
「どういうことだ!? なぜ王国内管轄のユーがここにいる!?」
「私が口で説明するよりも、こっちを見せたほうが早いだろうな……きみたち、来たまえ」
コーラルは持っていた縄を引っ張る。すると縄に繋がれた署長と副署長が降りてきた。
署長は、バツの悪そうに言う。
「すみません、クラッスラ様。コーラル様へ全てを話してしまいました」
「なんだと!?」
「実はコーラル様は、クラッスラ様に変装いたしてまして……」
「なにをやってるんだこのアホども!」
よく見れば、今のコーラルの格好はクラッスラとうりふたつだった。髪は塗料でも塗ったのか、ところどこに銀色が混じっている。
叱られた署長が黙ると、コーラルが話し始める。
「反国王派の行動は、以前から分かっていた。決定的な証拠がなく動けなかったが、どうやらそれを隠すためとはいえ慌てて行動したのが原因だったな。不審がった騎士がいち早く今回の貴様らの動向を報告してくれた。だから私は準備をしてまで、ここに来られたのだ」
「あの野郎ども。なにがクラッスラ様に忠誠を誓っているだ!」
「別に貴様に忠誠を誓っているわけじゃない。彼らはエルフ族全体に敬意を抱いてくれてるだけだ」
「……オレより六宝樹であるユーの言うことを聞くってわけか?」
「違う。彼らにとっては、私も貴様も同じだ」
「同じなわけないだろうが!」
メキッ
魔力を込めた地団駄は、石床にヒビを入れた。
明らかにこれまでとは違う様子のクラッスラ。陰謀がバレたことよりも、なにやらコーラルに対しての感情があるように見えた。
散々、牢獄を破壊したクラッスラは、ふいに大きく笑いだす。
「HAHAHAHAHA! なにが反王国派だ。オレはそんなの知らないね!」
「はあっ!?」
驚く俺とは反対に、クラッスラは冷静に言う。
「しらを切っても無駄だ。ハニーオイルは既に抑えているし、バンスカー大臣は身柄を拘束している。たとえ現在は貴様の罪への証拠がなくとも、時間の問題だ」
「WHY? 大臣が言ったからなんだって言うんだ。オレはエルフだぞ。この王国にとっての象徴が、なぜ大臣ごときの言葉で捕まえられなければならない」
「うわー、もはや開き直り通り越してやけくそニャ」
呆れるレイナ。俺も内心は同じようなものだった。
コーラルは階段から離れて、クラッスラに近づいていく。
「そこらへんも踏まえて協議はする。だが今の貴様には容疑がかかっている。しばらくはこの牢獄に監禁させてもらうぞ」
「FUCK! FUCK! 寄るな。殺すぞ!」
コーラルは署長たちと同じようにクラッスラを縄にかけようとしている。
クラッスラは発光し、魔力の準備をする。反撃するつもりだ。
コーラルもそんなクラッスラの性根の悪さを理解してか、構えようとした。
おそらくこのままでは戦いが起こる。クラッスラ対コーラル。エルフ同士の対決だった。
……ぽん
いきなり俺はコーラルの肩を優しく叩いた。気付かなかったのか、少し驚いた声を出すコーラル。
「きみか。あの夜以来だな」
「なあコーラルちゃんよ。ちょっと聞きたいことがあるんだがいいかい?」
「なんだ? というかその足は大丈夫なのか?」
コーラルはクラッスラへ注意を向けながらも、こちらへ耳を傾けてくれた。
俺は足の無事を報告してから、クラッスラを指さしながら尋ねる。
「あいつは、魔導大会には出るのかい?」
「そうだ。王国にいるエルフは全員出場だからな」
「じゃあまだ捕まえないでほしいな」
「……どういうことだ?」
「あいつと戦いたい」
「変態ってほんと周囲の迷惑を考えないから迷惑だニャー」
そもそも俺は正義や社会のために戦っているわけでない。今回に関してはかかる火の粉を振り払っただけだが、目的は別のところにある。
まあ国を守る立場としては、俺の欲望を満たすためだけの提案なんて容認なんてできないだろうから、あちらにもメリットがあることを説明する。
「時間かかるんだろ? あいつの罪が承認されるまで」
「そうだ。ざっと見積もっても一か月近くかかる。といってもそれは全てが順調にいったからで、下手をすれば、いや目的を考えると一年にも延びる可能性も大いにあるな」
「じゃあ一週間後の魔導大会までには余裕あるな」
「だが国王を狙った凶悪犯罪者を放置なんてできん」
「でもクラッスラというかエルフってこの国の守護者みたいものなんだろ? 戦争でも一騎当千の活躍で、帝国が簡単に攻め入らないのもエルフがいるからだって。だったら簡単に捕まえるのは、色々と民衆にも影響があるんじゃ」
閲覧しているサポートを俺はそのまま喋る。コーラルがひとつも否定しない時点で、おそらく間違いはないということだろう
「きみの言ってることは正しい。クラッスラを捕まえたら、民衆のエルフへの信頼も失くなってしまうだろう」
「そうだろ? だから、あいつを魔導大会に出場させるんだ。人間の俺に負けたら、あいつに土がつく。そんであいつに勝った俺をコーラルちゃんが倒したら、ただクラッスラだけがエルフの面汚しでしたって見られるわけだ」
「あっ? ユーが、オレに勝つ?」
「ふっ。なるほど」
クラッスラが微笑む。
今回のことと戦いの実力は話が別なんだが、印象というものはそう簡単に割り切れるものじゃない。
どんなことであれ、一度、下がってしまえばなにをしても下がり続けるといいっていい。
それを分かってか、クラッスラは俺の提案に理解を示してくれた。
嬉しくて、ついポンポンと何度もコーラルを叩く。
「分かってくれた。つーか笑うんだな。あんた」
「私をなんだと思っていたんだ」
「いやてっきり薄い鉄仮面でもつけているのかと。エルフ自体がそもそもそういう種族かと思ったら、そこの兄ちゃんは下品なくらい大笑いするし」
「表情が薄いのは生まれつきだ。エルフでも珍しいと言われる」
和気藹々と話す俺たち。出会ったのは二度目で、初めては殴り合いだったと考えると不思議なものだった。
ギリッ
強く歯を噛み締めるクラッスラが、俺らを睨んでいた。
「なに勝手にオレのことを決めてるんだユーたち。それに、オレがユーたちに負けるだと!? ありえない。この中で、一番、強いのはオレなんだ」
「じゃあそれを決めるために戦おうぜ。喧嘩の強さなんて、実際に喧嘩することでしか分からない」
「いいだろう人間とコーラル。魔導大会で、ユーたちをこの手で滅してやる」
「エルフの名誉のために、私も貴様たちに必ずや勝利しよう」
目的や内情はそれぞれ違うが、誰もが己の勝利を疑うことなく、闘いに挑もうとする。
コーラル、武田、クラッスラ。
俺たち三人の雌雄は、一週間の魔導大会にて決着することとなった。