一話 異世界転生
リェロータウン。
気付けば、俺はさっきまで目の前にあった自然ではなく、そこの町の路地裏に立っていた。
手引きの説明では、どうやら魔王討伐に適した場所にワープさせたらしい。
さらにに怪我も直してくれたようなので、俺はピンピンしていた。
周りを見渡せば、道や建物のほとんどが石や煉瓦で造られている。
ヨーロッパの街並みに風景が似ていた。
「臭いな……」
汚く暗いのもあって、違う世界という実感をいまいち持てなかった。
とにかくこんなところに長居してもしょうがないので、俺は表に出ることにした。
いくつか角を曲がると、すぐに光が前を照らす。
「確かに、違うな……」
道には大勢の人がいた。
人相を見ると、コーカソイドらしき人種が多い。
男も女もチュニックやウール製らしき衣服を纏っている。
こちらの世界でよく見るスーツなどの服装は一切ない。
驚いたのは、アームカバーやレガースを身に付けている人の多さだ。
全身甲冑まで着ているものがいる。
まるでコスプレ会場だった。
犬や猫の耳のカチューシャや尻尾を模したファーまで付けている人物までいるのだから、余計にそう思えてしまう。
といっても彼らは獣人という種族で、耳も尻尾も本物らしいが。
手引きとは別に、佐藤さんのサポートによって、異世界について生活に困らない程度の知識まで持っている。
けれど知識があっても、実際に見るとではかなり印象が違ってくる。
「慣れるのに、しばらくかかりそうだ」
これからの生活への不安から、溜息を吐いた。
俺は道での人間観察を終えると、町の掲示板まで向かう。
この町で暮らすために必要な情報がだいたい乗っているらしい。
ここで傭兵ギルドの場所を調べるつもりだ。
傭兵ギルドに入って、仕事をこなすことが流浪人には向いているらしい。
「byサトウペディア」
あちらの世界でも傭兵をやっていた経験があるので、そういう意味ではもってこいの就職口だった。
俺は掲示板に到着すると、貼られている紙を見る。
紙はどれもまだら模様で、エジプト土産のパピルスみたいだった。
『時は満ちた。木の三七日 夜十二時に鈴の鳴る場所に集え羊たちよ。檻が今、破られる。世界の真実に気付いた者たちより』
『傭兵ギルド。五丁目二番地』
『誘拐事件多発。自警団の見回り強化』
住所は分かったが、町のことを全く知らないため、これだけでは正確な位置まで分からない。
どうやって行こうかと迷っていると、近くにいた男に話しかけられた。
「おい。あんた」
「なにか用?」
返事をする。
サポート内に翻訳機能があるらしく、この世界の言語はどれも日本語に聞こえるらしい。
文字も同様で、全て日本語に見える。
しかしどう見ても英語圏の人物なのに、日本語で話すとは。
白人である男が流暢な日本語で話すのは、まるで洋画の吹き替えを見ているみたいだった。
「オレンダ語が読めるみたいだな」
「オレンダ語?」
俺が見た紙で、『時は満ちた。木の~』と書かれていたのを男は指さす。
「とぼけなくてもいい……これに書いてある文字さ。今、この町の一部の連中で使われている古代言語だ。見たところ、あんた旅人かなんかだろ? ここで見ない顔だし、変わった服を着ている。そんな男がこれを読めるなんてよほど学のあるやつだ」
現在、俺はブル-カラーの囚人服を着ていた。
これならば異世界でも元の世界でも、確かにおかしな恰好だろうな。
自嘲する俺。
「そういやなんで俺が文字を読めるって分かったんだ?」
「これの前で、ブツブツ独り言を呟いてたぞ」
「あー、癖でついね」
「危ない奴に見えるから、注意したほうがいいぞ」
実際、犯罪者ではあるから危ない奴なんだけどね。
言っても特に良いことはないので黙っておく。
「ところであんた。ここの住所って分かる?」
「傭兵ギルドね。俺の後ろの道を真っすぐ歩いていれば着くよ。近くにいけば、すぐ分かる」
「ありがとう」
「こちらこそ。おれの故郷に来てくれて」
男に教えてもらった道へ進む。
別れ際、男から芸術ギルドに勧誘されたが断った。
芸術なんて向いてなければ性分でもない。
俺は戦えればそれでいい。相手が強いならなおいい。
やがて町の中でもひときわ大きな建物が目に入る。
正面扉の上に、『傭兵ギルド』と書かれたカラフルで派手な彩色の大看板が取り付けられている。
これは確かに、近くにいけばすぐ分かる。
男の言葉を思い出しながら、俺は傭兵ギルドに入った。
バタン
屋内に入ると、一斉に中にいた人物たちから目を向けられる。
男女ともに屈強な人物が多い。
武器も道にいた一般人より立派なものを持っている。
俺は彼らの視線を受け止めながら、中心を歩いていく。
屋内の構造はロビーとカウンターに分かれていて、まるで西部劇に出てくるバーのようだった。
おそらくカウンターにいる女性たちが受付嬢だろう
俺は、中央の彼女に話しかけることにした。
「ここのギルドに入会したいんだけど、いいかい?」
「入会希望の方ですね。分かりました」
ニコッ
百合が開いたような笑顔で、出迎えてくれた。
目の前の受付嬢は、飛びっきりの美女だった。
艶のあるアッシュブロンドの長髪に陶磁器のような白い肌。
肌を見せない修道服を着ていても分かる肉感的な肢体。
丁寧にカットされたエメラルドを思わせる瞳が特徴的だった。
しばらく見惚れるが、彼女が後ろから資料らしきものを持ってきたため正気に戻る。
「お待たせしました。こちら入会契約書となります」
受付嬢は契約事項が書かれた紙と透明な液体が入った箱を持ってきた。
液体は水のようだが、粘度がある。
ローションに近いが、あれよりはサラっとしていた。
「これは?」
「傭兵ギルドに入るのは初めてですか? もしかして」
「はい」
「分かりました。じゃあ説明させていただきますと、こちらギルド員証明書を作る魔道具ですね。この液体にあなたの血を入れてもらうことで、証明書が出来ます」
「へー」
見たことも聞いたこともない道具に、内心わくわくする俺。
早く使いたくて、契約書を急いで書き終える。
受付所の確認が済むと、ついに魔道具を使う機会が来た。
「そういえばナイフかなにかお持ちでしょうか? ないなら持ってきますが」
「いや。大丈夫」
俺は自分の指を噛み切ると、そこから血を流した。
謎の液体に混じる血液。
血は液体内で泳ぐように動くと、中にあった紙に沈んでいく。
「出来ました。はい。こちら包帯です」
「ああ。ありがとう」
実はいらなかったのだが、美女からの親切を拒むことなんて俺には出来なかった。
受付嬢はピンセットで紙を取る。
さっきまで液体の中にあったのに、なぜか紙は濡れていなかった。
不具合がないのか、紙に書かれていることを確認される。
「……え?」
「どうかしました?」
「あっ……その……いいえ。なんでも」
受付嬢は驚いた後、困った顔で俺に出来上がった証明書を渡してきた。
なにか問題があったのか?
不安に感じなら俺が手に取ろうとしたところ。
バシッ
「あっ」
横から、別の誰かに取られた。
俺の証明書を奪ったそいつは中身を読むと、大声で笑いだした。
「あははははは! こんなの本当にあるのかよ!? あはははは!」
「あなた。それはこの人のものですよ。返しなさい」
「どんな結果だったんだ?」
怒る受付嬢の前で、俺は質問した。
証明書を奪ったやつは、屋内に響くくらい叫んで答えてくれた。
「魔力量――零だってよ! ケガレだケガレ!」
「ケガレってまじかよ! はははは腹いてえ!」
「すごい体鍛えてるなと警戒していたらケガレかよ。こけおどしのための無駄な努力ご苦労様!」
俺を見ていた傭兵たちが、全員、笑っている。
いや、目の前の受付嬢以外もギルドにいるみんなが俺を嘲笑していた。
俺は、受付嬢に尋ねる。
「ケガレってなんだい?」
「魔力がない人のことです。ここは腕っぷしが全てですから、その……」
続きを言いづらそうにする受付嬢。
こちらを馬鹿にするようなニヤケ面の傭兵たちが割り込んでくる。
「オレが代わりに言ってやるよ。弱いやつは舐められる。人権なんてないに等しいのさ」
「仕事も大したものはもらえないだろうしな。多分、ギルド側からも子供のお使い程度のことしか任せてもらえないだろうな」
「なるほどな」
ケガレは仕事の上で不利になるということか。
暴露されて受付嬢は悲しんでいた。
「ごめんなさい。そういうことなんです」
「まあ地道に頑張るよ。それで、今からでも出来る仕事ってないかい?」
「確か初心者向けクエストで、お年寄りの家の草刈りがあります……」
「じゃあそれでいいよ」
「分かりました。それじゃあ……」
依頼のやり方と詳細を丁寧に教えてくれる受付嬢。
聞き終わると、優しい彼女をこれ以上悲しませないため俺はギルドから出ていくことにした。
嘲笑の間を抜けていく。
歩いていると、隣に俺の証明書を奪った傭兵が立った。
通り過ぎて、俺は出口の扉を開いた。
「おいあんた。忘れ物があるぞ、これがなかったらクエストは受けられない。悔しかったら取ってみな……あれ?」
「ご教授ありがとうございます先輩」
奪ったはずの証明書がないことに傭兵は気付いた。
俺は自分の証明書を右手でかかげて、外に出た。
ゼエブ小屋。
ギルドに入ってから一週間が経った。
あれから毎日仕事をこなしてはいるが、ともかく金がなかった。
宿には泊まれず、掃除を条件にここで寝泊まりさせてもらっている。
食事も一日一食で、タダ同然の廃棄されるはずの黒パンを食べている。
入会したての報酬としては他と変わらないそうだが、普通の新人たちは先輩から奢ってもらったり、町の人から食材をもらったりしているらしい。
あくまで先行投資なので、完全に見込みがないケガレの俺なんかだと余った食事すらもらえなかった。
グ~
空っぽの胃袋が鳴る。
あまりにも大きかったので、ゼエブがうるさいと文句を訴えてきた。
「てめえこそ毎晩うるせえぞこの駄犬!」
ゼエブは俺からしてみれば、大きな狼だった。
体毛は灰色。
騎乗に使われている。
一喝すると、すぐ黙るゼエブ。
言い過ぎたなんて思ってやらねえからな。
そっちこそいつも暴れてんだから。
腹が減っているせいか、俺は妙に攻撃的になっていた。
「けど、どうしたものやら」
受付嬢の反応からして、からかい半分とはいえ傭兵たちが言っていたことは本当だろう。
どれほど仕事をこなそうが、この生活は変わらない。
「こんなに腹減ってちゃ、魔王なんてやつが現れても倒せないぞ佐藤さん」
いっそ町を出て、森や山で暮らそうかな。
ドシーン! ドシーン!
そんなことを考えていると、ふと、一匹のゼエブが目に入った。
毎晩、小屋で暴れているゼエブ。
そいつは他と比べて特別大きかった。
夜中、ずっと鎖を引っ張って壁に体をぶつけている。
疲れて止まると、顔を上げて、ここではないどこか遠くを見つめていた。
今日もまた、そのゼエブは暴れいてる。
ドシーン! ドシーン!
美味そうだな……こいつ……。
ドシーン! ドシーン!
アオオオオオン
ゼエブの叫び声が、空に響いた。
小屋で眠る武田。
下敷きにしている藁は荒れ、指に血がべったりと付いていた。