十八話 プロレス対決
プロレスだと!?
クラッスラのムーンサルトキックに、俺は完全に意表を突かれた形になった。衝撃で極めていたはずの関節技を外してしまう。
野放しにすることになるが、空中で自由になろうが問題はない。
むしろこちらの攻撃を決めるチャンスだ。
――と、普通の相手なら今の思考通りに動いていただろう。
ブオン
「うわ。避けた!?」
体ごと捻って回転したクラッスラは、右のソバットを放ってきた。俺はイナバウアーのような大きなスウェーでやり過ごす。
魔力を纏った右足は、力の入れられない空中にいるにも関わらず、高速で通過していく。青い光線が、撃たれていた。
俺は両手を伸ばして、クラッスラの右足首を掴む。このまま体ごと倒れて、地面にクラッスラを叩きつける。
高い位置にいてバランスが不安定なぶん、あちらのほうが高いダメージを受けることが期待できる。
ギュイイン
投げられる前に、ドリルのように急回転するクラッスラの右足首。
すぽっ、と俺の両手から抜けて、そのまま持ち主の左足と一緒に着地する。仰向けで背中から床につく俺を、クラッスラは見下ろしてきた。
「Yeah。やるねユー」
「あんたこそあの技はなんだ? コーラルはあんなの使わなかったぞ」
「さっきのは、メノウ流とは違うからね」
メノウ流魔導。
どうやらそれこそが、エルフ族全体に伝わる武術らしい。他の種族とは桁違いの魔力量をほこるエルフの特性を活かす魔導のようだ。
俺の質問に、ペラペラと答えてくれるクラッスラ。
「帝国には闘術場という戦いを観戦する施設があるのさ。ただの素手の人間同士だけじゃなく、武器を持たせたり、異種族とも戦わせり、中には人間VSアニマなんて異例のマッチもある。オレがやったのは、その見世物のために育てられた魔闘士ってやつらが使う独自の魔導さ」
「客ウケを狙った派手な動きか。なるほど。プロレスに近くなるのも頷ける」
「そうとも。このゴージャスな技が気に入って、独学で覚えることにしたんだ。見ただけでここまで使いこなせるオレ天才」
上機嫌になったクラッスラは自分で自分を褒めた。
どうやら同じエルフでも、戦闘方法はかなり違うようだ。コーラルとの一戦は忘れて、クラッスラへの対策を練り直すことにする。
気を引き締め直した俺は、起きざま、頭突きをクラッスラのみぞおちに入れた。
この感触は――
「メノウ流魔術 光剛成。魔力を一か所に集めて、その部分の耐久力や身体能力を向上させる魔術さ。慣れると複数個所を同時にできたり、魔光を身体の外へ漏らさない」
「そこは使うのかよ!?」
脇腹、太腿、顎、ふくらはぎ、喉、こめかみ。
俺はありとあらゆるところへ攻撃を叩きつけるが、クラッスラへは全て効かなかった。
ラッシュを受けている間も、一見、無防備なのはどこかプロレスラーを思い出す。
「だけどその手なら、もう攻略方法を思いついている」
「カモン。人間無勢がこの鉄壁の防御を越えられると思うならやってみろ」
クラッスラは迎撃をすることなく、俺からの攻めを待つ。
今に見ていろ。
調子に乗ったことを後悔させてやる。
俺は左右の足をスイッチすることを繰り返す。アリシャッフルだ。
その様子を見て、クラッスラは嘲笑する。
「HAHAHAHA。戦闘中に踊りをはじめようってのかい? ここは舞踏会の会場じゃないんだぞ」
「安心しろ。この会場は武闘会だ」
俺は足だけじゃなく、拳も上下左右へ動かす。
さらには四肢についていく関節の軌道をずらし、重心を揺らし、目玉も回す。
人によっては、確かに珍奇な踊りに見える動作を俺はしていた。
だが、目の前で現在も攻撃を待っている相手からするとどう見えるだろうか?
「……?」
俺は一瞬だけ右ローキックの始動の姿勢になる――クラッスラの左の太腿が光った。
だけどまだ打たずに、次は左フックの始動の姿勢になる――クラッスラの右のこめかみが光った。
貫手の姿勢――喉が光る。
三日月蹴り――右の腹部。
ジャブ――顔面。
膝蹴り――腹部全体。
「そこだ」
「OUCH!」
下段蹴りと見せかけた上段回し蹴り。通称ブラジリアンハイキックが、クラッスラの左側頭部に衝突した。
柔らかい感触と、クラッスラの整った顔面にできた赤い痣から成功を実感する。
これまでの魔導士たちとの戦いで、魔力の特性はだいたい掴めた。魔力を集めたところは俺の打撃でも撃ち抜けない防御力になるが、逆に魔力が薄くなった個所を狙えば元の世界にいる通常の人間とそう変わりはしない。
だからそこを利用して、俺は相手の魔力操作をフェイントで誘導したというわけだ。
フェイントを仕掛けるごとにクラッスラは惑わされ、魔力の集中も大雑把になっていった。
これが俺が生み出した魔力の攻略法だ。
予想通りの効力を発揮し、クラッスラは痣に手を這わせる。
「追撃はしないのかい?」
「さっき俺がやられた時、そっちも仕掛けてこなかっただろう。これで借りは返した」
「へえ。人間のクセにね……」
輝きに包まれる痣。みるみる内に怪我は消えていき、元のまっさらな雪原のような肌に元通りだ。
膝をついていたクラッスラは、立ち上がった。
こちらに対して前傾姿勢を取り、左手を顔の前まで上げ、右手を腰まで下げる。どちらの手も、肉食獣のように開いていた。
ストロングスタイルの元祖、アントニオ猪木と同じ構えだ。
「……舐めるなよ」
「そちらこそ」
「今度はこちらからいくぞ」
クラッスラは脚部に魔力を集めると、突進してきた。
地面スレスレの低空タックル。
勢いもあまって、まさにミサイルのようだ。
タックルならかぶるまで。
俺は上半身を突き出す準備をする。
バヒュン
「っう!」
なんとサマーソルトキックをクラッスラは放ってきた。ほぼ地面にうつ伏せしているような状態からの急上昇に、俺は面食らって避けるのが遅れた。
蹴り上げられた左足によって、額が切れ、飛び散るジュース(※プロレス用語。人によっては、カラーやサングレともいう)。
視界が血に覆われた。
すぐに拭い去ると、クラッスラはどこにもいなくなっていた。
馬鹿な。
血を取るまでかかった時間はほんの一瞬。いくらエルフといえど、その速さでこのフロアの外に出ることは。
ビシュッ、と天井からする音でようやく場所に気付いた。
俺は身を捻ることで、クラッスラのフライングクロスチョップを回避する。背中と太ももが風圧で吹っ飛びそうになった。
しかしクラッスラは外れたと判断するやいなや、クロスチョップのボーズを解いて、両手のひらで着地していた。
バネのように縮められた両腕から、さらなる追い打ちが飛んでくることが分かる。
俺は既に限界まで身をねじっているせいで、その技は確実に躱すことができない。だがエルフの魔術をまともにもらえば、一発でのされてしまう。
ブフー!
俺は口から赤い毒霧を吹いた。流れてくる血を、口内に貯めておいたのだ。
顔面に毒霧を浴びたクラッスラは、さっきの俺と同じ状態になった。このエルフの視界が晴れるまでに、俺は状況から脱出する。
赤いカーテンを取り外したクラッスラと、俺はご対面する。
「人間――それもケガレごときが、小細工を弄して逃げやがって」
「口悪いな。ヒールの技受けたベビーがそれじゃ駄目でしょ」
「シャラップ! ごちゃごちゃと変なことばかりか、オレの計画までバラしやがって。ここで殺してやる」
「バムノス(※プロレス用語で、フィニッシュ)か。いいぜ。受けて立つ」
さっきまでの余裕が失われて、怒りを露にするクラッスラ。
俺は壁際にじりじりと寄って、クラッスラから攻めてくるのを待つことにした。
俺の背が壁に当たったところで、クラッスラは動いた。
「はあっ!」
クラッスラはこちらへ机を蹴り飛ばしてきた。サッカーボールのように飛来してくる机は、もはや凶器そのものだった。
机の後ろで、クラッスラは天井へ跳躍した。
机をブラインドにして、本命はさきほどのフライングクロスチョップにするつもりだ。机で仕留めてもよし、できなかったら自分でトドメを討つ二重の攻撃策だった。
――やはりそうきたか。
あらかじめそれを予測していた俺は、自分も想定していた動きを始める。
飛んでくる机に背を向けると、壁に足をかける。降りてきた時同様に、壁を走るように登っていく。
天井付近まできたところで、ぶつかった机の衝撃で揺れる壁から跳んで離れる。
俺とクラッスラは、空中で顔を突き合わせた。
「What!?」
「空中戦は自分だけの取り柄かと思ってたか。馬鹿め」
ぶつかって、俺とクラッスラの肉体が交わり合う。
複雑に絡み合った末に、俺が上に座し、クラッスラが下になった。
重力に従い、落下する俺たち。抵抗しようとするクラッスラだが、地面に到達するまでには間に合わなかった。
四肢が抑えられ、自分と俺――ふたりぶんの全体重が頭部にかかる。
「くらえ。ボンバーストレッチ!」
グシャアン!
真っ逆さまになった脳天から、クラッスラは地面に衝突した。そのあまりの威力に、石床を突き抜けた。