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十七話 銀髪のクラッスラ


 ガスタミア牢獄 外。


 ゼエブに乗って、森林を走る俺たち。

 追跡を撒くのに、思った以上に時間がかかってしまった。


「急げ。クソ弟子の身がヤバい」


 あの肉団子、俺の見立てでは典型的なサディストだ。おそらくただの尋問では済まされまい。

 

 下手したら殺される。


 俺はラースのことを考えながら、ゼエブの手綱を弾いて加速する。


「あったニャ。正門ニャ……あっ」


 分厚い鎧戸を、騎士たちが複数人で押して門を閉じようとしていた。


 三〇メートル以上も離れている。ここからだと走っても間に合わない。

 おそらく素材は鋼鉄なため破壊は可能だが、そんなことをしている暇さえ惜しかった。


「変態。今だけはニャアに触ることを許してやるニャ」

「分かった。いけ」


 俺の前に乗っていたレイナが、毛だらけのゼエブの背に足の裏をつけて立ち上がった。


 腰元を、俺は抱きしめる。

 スリムだが、傭兵家業で鍛えているため安定感があった。


 バランスを整えたレイナは、緑に発光し、弓から矢を放った。


 ビュウビュウビュウ


 戸の片側を閉めようとした三人が同時に倒れる。放たれた弓は、三本だった。レイナは猫の手が挟める上限まで矢を手元に追加し、連続の三本同時射撃を行った。


 もう片側を押していた騎士たちも矢に射たれて気絶した。


「ニャアッ!」


 ガッツポーズするレイナ。

 さすがに、この結果には俺も感嘆する。

 

「すげえじゃねえか」

「へへへ。そんな褒めるニャよ……ニャアからすると当然のことで、別に小僧を助けるために気合入れてやったわけじゃなく…」

「弓の腕も、このデカい尻も」

「ニャァアアア! だから触らせるの嫌だったのニャ!」

「まあまあ。この尻尾とかも可愛いぞ」

「それはやめろニャ! 握ろうとするニャ!」


 履き口から出ている黒い尻尾をホットパンツに入れ直して、レイナは急いで座り直す。射撃の最中にふいに飛び出してきたそれは気になったが、触ることはできなかった。

 

 レイナと戯言を繰り返している間に、俺たちは正門の前まで到着した。


 正門もまた金属で造られていて開くのには時間がかかりそうだったが、騎士の誰かが落とした鍵があったので、脇にあった職員扉から中に入ることにした。


 ゼエブに見張りを頼んで、鍵を使う。


 ガチャ


 一階に牢屋はなく、机や本棚がそこかしこに置かれている。

 おそらく受付を兼ねた事務室なのかもしれない。


 中央の奥に、上に繋がる階段があった。

 障害物がない広い道が、真っすぐ本来の出入り口から繋がっている。働いている人物が素早く行き来できるよう設計された空間だった。


 本来ならばスッキリとして邪魔が入るはずのない通り路に、美しい男が立っていた。


 堂々と、中心にいる。


「コーラル?」


 俺は、美しい男をそう呼んだ。


 すると、男は心から可笑しそうに笑いだした。


「HAHAHAHAHA」


 目を細め、口を大きく開く。

 まさしく愉快といった表情だった。


 その時点で、俺はこいつがコーラルじゃないことは分かった。


 その人間離れした美貌は同じだが、目の端が尖ったツリ目で、髪色が純製の銀に似た色をしていた。

 コーラルの髪は、紅サンゴの色だった。


 ……というかこいつ、陽気なアメリカ人みたいな笑い方するな。


 美しい男は笑いを収めると、楽し気に俺へ話しかけてきた。


「ちがーう。オレの名前は、クラッスラ。この森を任されているエルフさ」

「エルフにも役割があるのか」

「そうだよ。エルフは王国を守護すると決められていてね。里から寄越されたオレたちはそれぞれ守る土地を決めて、自分が任された場所を管理している。といっても、今はふたりだからコーラルが王国内でオレが外って感じだけどね」


 このクラッスラというエルフは、コーラルと違ってペラペラと喋るようだった。


 話している内に、クラッスラは俺を指さして目玉が飛びそうなくらい驚く。


「そういえばユー、最上階に捕まってた人間じゃん! 本当に出てきたの!?」

「ああ。飛び降りた」

「マジで! 騎士どもの言うことは戯言だと思っていたんだけど、人間のくせしてやるね。でも脱獄してきたのなら捕まえないといけないな。そのキャットも協力者だから、どっちともだね」

「ニャァ……」

「その前に聞いてほしいことがある」


 敵意どころから殺気を覗かせるクラッスラ。普段だったら相手にしていたところだが、今回はできるだけ時間を取りたくなかった。


 怖がるレイナの前で、俺は拳よりも先に言葉をぶつける。


「俺は無実だ。偽りの罪……いや、そちら(・)の勘違いが、この騒動の原因だ」

「へえ。勘違いねえ」


 飛びかかってくる様子はないクラッスラ。

どうやら会話に応じる気はあるみたいだ。


「最初は俺も、別の罪で処罰されている可能性を考えた。コーラルを襲ったことだ。しかし戦った時のコーラルや署長のあの態度を考えると、どうもその線はない。だから――」

「ちょっと待て。コーラルを襲っただと?」

「コーラルってあのエルフかニャ!?」

「そうだ。決着は引き分けだったが、俺とコーラルは殴り合いで勝負をした。というかやはり聞いていなかったんだな。あんたに話してもないことを考えると、他の誰にも言ってないんだな」

「引き分け!? あのコーラルと!」

「そ、そうだけど」


 俺の話にいちいち驚愕するクラッスラ。

 あまりのリアクションの大きさに、最初は俺の話にびっくりしていたレイナもそっちに注目するようになる。


 クラッスラは地団駄を踏み始めた。


「人間如きが、あの最年少で六宝樹になったコーラルに引き分けだって!? ありえない! しかも見た感じ、たいした魔力も感じられないユーがだって。嘘を吐くんじゃない!」

「すまん。今はそれはどうでもよくて、俺の無罪についての話を続けたいんだけどいいか?」

「どうでもよくねえ! 試してやる!」


 ガシャアン


 クラッスラの身体から青い魔力が膨れ上がったと思うと、石の床をも壊す跳躍力でこちらに迫ってきた。

 

 クラッスラは激昂状態で、右の掌底を放つ。


 フットワークで背後に回った俺は、ガシッ、とクラッスラの左腕を取って脇固めを極める。手首と肩付近を固定することでクラッスラの腕を一直線にして、テコの原理で肘に力がかかるようにする。


 体勢を崩されたことで、クラッスラの動きが止まる。


 クラッスラの動作は、構えから攻撃に至るまでコーラルとほぼ同じだ。ならば既に動きは見ていたため、技の軌跡は想像するのは容易だった。


「今の内に行けクソ猫」

「分かったニャ。命を犠牲にしてでも、そのエルフを抑えておくことニャ」

「そういうセリフは残った側が言うものだろ」


 俺の言葉は無視して、さっさと階段を昇っていくレイナ。あんなんでも助けにきてくれたんだから、感謝しないとな。


 俺は停止したクラッスラに話しかける。


「色々言いたいことはあるが、まずこっちの釈明を聞いてくれ」

「……いいよ。こんな魔術、初めてだ。これならコーラルとやり合ったっていうのも納得いく」


 技をかけられたまま。クラッスラは不敵な笑みを作った。


 俺は中断された話の続きをする。


「さっきも言った通り、コーラルの件で俺は裁かれない。ならなんでこんなことになっているのか考えたら、実はもうひとつだけ思い当たるフシがあった」

「ふうん。それはどんな?」

「……ハニーオイル。爆薬だ」


 コーラルと戦った後、俺は偶然にも大量の樽が保管してあった隠し倉庫を見つけた。あの樽の中身が、今回の問題になっているハニーオイルだったのだ。


「その特徴は、蜂蜜(ハニー)のような甘さ。それと民間で使用されているアニマの油や植物油に比べると、軽い火で炙るだけで強烈な燃焼反応を起こし、最終的には爆発する」

「……」

「用意した人間は、おそらく大臣のバンスカー。お偉いさんとのコネがあるシスターのおかげで、そいつが逮捕状を発行させたことが分かった。別に油をなにに使うかなんて俺には知ったこっちゃないんだが、向こうからするとハニーオイルの存在を外部に知られること自体が許容できるものではなかった」

「なんで?」

「禁止されている。国内での製造も、戦争での使用もだ」


 敵味方に過度な被害を与えることと取り扱いの危険性から、ハニーオイルはこの世界でのほとんどの国で禁忌とされていた。


 しかも使用する理由を知らないと言ったが、本当は目的まで分かっていた。

 

 このバンスカーという大臣は、現在の国王への反感を抱いている。同じような不満を持つ同士を集めて派閥まで結成し、挙句の果てには国王の行動を邪魔までしているらしい。

 そんな人間が、大量の殺戮兵器を隠し持っている理由なんて容易に想像できた。


 ――国王暗殺。


 もちろん証拠がないため推測の域を脱しないが、それでもハニーオイルの所持が違法というのは純然たる事実で、独断で持っていることがバレたら大臣の地位も危ういだろう。

 最悪、俺の想像と同じ考えを国王がして、反逆罪で死刑だ。


 話を聞いたクラッスラは、ヘラヘラと軽口を言うように喋る。


「そりゃ大変だ。でもなんでユーは、そのハニーオイルとやらに関わったんだい? ユーはそもそもそんな危険な兵器の存在すら知らなかったみたいだけど」

「偶然だ」

「うそだろ? あれは偶然で見つけられるものじゃないはずだ(・)」


 もちろん、ただの偶然ではなかった。

 俺が気まぐれに選んだところにたまたまあって、たまたま隠し扉を発見できるなんて普通はありえない。

 

 実は、俺は佐藤さん()に運命を操作された際に、魔王と会うために必要な出来事にも関わるようになっていた。


 だからおそらくこの偶然の重なりは、魔王にも関係するのだろう。


 なんという因果か。

 結果が先に生まれ、それを起こすために過程が生まれた。普通ならば逆に位置するものが、入れ替わってしまっている。


 運命というものの恐ろしさを、俺は肌で感じることになった。


「……ということで、俺はそもそもこの事件に巻き込まれただけなんだ。ハニーオイルも派閥争いも。俺抜きで勝手にやってろ。俺は、ただ魔導大会に参加するためだけにここに来たんだ」

「そうかい。分かった、オレから大臣や署長には話を通すことにするから、ユーたちはお仲間を連れて帰るといい」


承諾してくれるクラッスラ。

 どうやらこの国ではエルフそのものに権威があるらしく、彼が口をきいてくれるなら騒動は収まるはずだ。


 ……だけど、物事はそう単純じゃないからめんどくさい。


 グギギ


OUCH(痛い)! もうユーたちは関係ないのに、なんで力を加える?」


 俺はクラッスラの肘を、本来ならば曲がらない方向に少しずつ曲げていく。ぴきぴき、と靭帯が崩れていく音が骨振動でこちらに伝わってくる。

 

「クラッスラ。()()()()俺がする話は、全て俺の妄想だ。間違っていたらごめんな」

「なにを謝る? できれば話す前に、この魔術を解除してほしいね」

「悪いな。それはできない……では先に結果から言おう。クラッスラ。おまえがこの()()()()()だ」


 俺は技を緩めることなく、ひたすら締める力を強くしていく。


 クラッスラは痛がりながら俺の言葉を否定する。


「ちょっと待ってくれ。犯人はバンスカーだろ。オレはあいつとろくに話したこともない」

「そうかもしれないが、状況はおまえが犯人と言っていてな」

「だからオレは違うって!」

「ハニーオイルの製造方法を知っているのは、エルフだけだ(・)」

「――」

「王国も帝国もレシピすら消滅させた。ならば現時点でその知識があるのは、最初に人間に伝授したエルフしかいない」


 この世界の一般人では知り得ない情報を俺が分かっているのは、サトウペディア(サポート)によるものだった。俺が知りたいものは載ってないのに、こういう情報だけは満載だった。


 俺はそれらの知識と実際に調べた情報を組み合わせて考えだした推理を、クラッスラに披露する。


「おまえは、バンスカーだけじゃなく帝国とも組んでハニーオイルを作った。帝国兵が王国に紛れている噂は、おそらく外部でハニーオイルを製造して、中に運んできたんだろ」

「ちょっと待って! 帝国と組んでいる? どこから湧いて出てきたんだいその妄想」

「ワールズタウンを襲ったのはおまえだ。あんなことできるのは、俺以外だとエルフしかいない」


 エルフが全て強いとはかぎらないが、少なくともこいつに関してはさっきの一撃で俺たちに匹敵する実力を持っていることは分かった。


 コーラルではないことは、さっきの署長との問答で確認している。

 もしやつらを指示しているのがコーラルなら、少なくともあの問答だけで安心なんてせずに根掘り葉掘り訊いてくる。


「HAHAHAHAHA。面白い話だ。とても豊かな想像力だよ……でも、全ては憶測に過ぎない」

 

 空元気にも聞こえる笑いだったが、言っていることは事実だ。


 途中から俺が言ったことは証拠も不十分だし、ロジックにも欠けている。確定性なんてなにひとつない。


「――だけどな、てめえらに潰される理由もないんだ。たとえ間違っていたとしても、しばらくはここでおまえたちにはおネンネしてもらうよ。証拠は、その間にでも集めさせてもらう」

「できるかな?」

「やってや……くっ! ()()()()!」


 絶対冷度の氷のようにカチンコチンに固まるクラッスラの肘。全体重をかけても、一ミリも曲がらなくなってしまった。


 シュパッ


 歪んだ部分に逆らうことなく、クラッスラは後ろ回転でジャンプする。

 

 ムーンサルトキック。


 クラッスラの右脛が、頭上から俺の脳天へ直撃した。


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