十五話 真実への一歩
ガスタミア牢獄 八階の牢屋。
手紙を読んだ俺は、閃く。
なるほど。
そういうことか。
「クソ弟子。おまえ、車に乗ってる時にした話を覚えてるか?」
「騎士隊長さんの話ですか? 帝国の襲撃を受けて半壊した当時のワールズタウンにいて、その時の状況を教えてくれた」
「そうそう。世間話として俺が尋ねたやつ」
ラースは会話の内容を思い出す。
「ワールズタウンに大規模な破壊をしたのは、実は兵器でもなんでもなく魔導を使うたったひとりの仮面をつけた人間だとか」
近郊で帝国との小競り合いが盛んに行われていたため、ワールズタウンには常に中隊以上の警備が張り付いていた。
ある日、ちょっとしたいざこざから街の隣で戦いを始める帝国軍と王国軍。
数人の負傷で済むいつもの小競り合いかと思われたが、帝国兵かと思われるひとりがいきなり街を攻撃し始めたのだ。
そいつは素手で、石の道を砕き、建物を吹き飛ばした。
王国軍の誰もが止められず、住民たちと一緒に逃げるしかなかった。
街を破壊したその人物は全身をマントで覆い、頭部を完全に隠す梟の仮面をしていた。
確認し終えると、俺はラースへ尋ねる。
「そういうことができそうな帝国の兵士ってどいつだ?」
「……おそらく、いないと思います」
「いない?」
「はい。帝国は魔道具の製造や戦術戦略に優れることであそこまでの大国を築きあげましたが、個人の武勇で優れたものはいません。いるとしても指揮官や戦術家で、とてもひとりで街を破壊するなんてことはできないかと……新兵器の噂があるのは、そういうことだと思いますね。新しいものならば、既存の知識にはあてはまらないことだってありますから」
「じゃあ間近で見ていた人間にも分からないくらい小さな携行道具だけで軍勢を相手にし、街を破壊できる人間って誰がいる?」
「うーん」
チラッ、と俺を見るラース。
俺はずっとおまえらと一緒にいただろ!
ラースは考えるが、どうやら分からなかったようだ。
「すみません」
「いやいいよ。なんとなく分かったから」
「そうなんですか? ぼくには、なにがどうなっているのかまったく」
「教えてもいいんだけど、あのデブが戻ってくる前にここを出ないとな」
「出る?」
確証を得た俺は、次の行動に出た。
窓際まで来て、格子を掴む。棒と棒の間は、手を縦にすることでやっと入るほど狭い。そして素材は、正面と同じく鋼鉄だった。
「師匠。どうするんですか? その素材は、どんなアニマや高名な魔導士でも曲げられなかったはずで」
ギギギ
「うわぁ。開いた」
引き気味に驚くラース。
俺の体が通れるほどの隙間を作ると、俺は外に出た。
一度、上空に身を投げ出す。枠に手をかけておいたため、そのまま落ちずに壁にへばりつく形となる。
積み上げられた石材同士の間に足先をかけながら、下へ降りていく。
「ロングフットスピンみたいだ」
スピンとは、蜘蛛のような虫のことだ。
かなり正確に積まれているため、指をかける場所はほとんどない。紙一枚も入らないスペースへ慎重に力を加えながら、着実に地面へ近づいていった。
ボロッ
途端に、左足が宙に浮いた。つられて、左半身ごと崩れ落ちそうになる。
「おっと」
「大丈夫ですか!?」
「……平気だ。落ちてない」
足場にしていた石が崩れた。
年数の経過で風化していたのだ。
俺は両手と右足にそっと力を込めながら、左足を別の足場へ着ける。さっきよりも一ブロック横のものにする。
目で確認しながら、次はミスしないように足を置いた。
……うん。問題ない。
安全を確認した俺は、今度は手の位置を変えるために首を回して上を見る。
木刀が、落ちてきた。
「なにっ!?」
刃が俺の指先を掠める。わずかな接点が剥がれ、俺の全身は空へ投げ出される。
落ちながら、あの署長が笑みを浮かべたまま、こちらを見下ろしている光景が映る。
「悪いね。助けようとしたのに手が滑ってしまった」
「こんな時まで善人気取ってんじゃねえよ肉団子!」
しかも腹の中真っ黒。あんこ入りだ。想像するだけでまずくて食えなそうだ。
そんなことを思っている間にも、体内の液体や内臓が上に引っ張られる。
この世界での重力がどれほどのものかは知らないが、俺の体感としては元の世界と変わらない。
多分、俺がいた高さが二五メートルくらいだから二秒で地面に落ちる。
その時の速度は時速八〇キロ。
フロントを取っ払った自動車で、衝突事故を起こすようなものだ。
空から遠ざかるごとに、俺の体はどんどん加速していく。
俺は半分まできたところで、ひねりを入れて、足の裏から地面に当たるようにした。
面積が狭くなったことで空気抵抗が減り、速さはさらに増す。
最大限まで加速したところで、俺は地面へ叩きつけられる。両足の裏、脛、太腿、臀部、背中と次々に身体の一部が地面にぶつかっていく。
俺はボールにでもなったように土の上を跳ねて転がっていった。
やがて回転が止まる。
動かない俺を見て、ラースは死んだと思った。
「師匠! 医者を呼んできてあげてください早く!」
「無駄だよ。たとえ魔力を持っていたとしても、ここから平気な者はほとんどいない。ましてやケガレの彼だと死んで当然だ。災難な事故だったよ」
「……いてて。処刑でヘリから突き落とされた以来だな、五点着地なんてやったの」
「生きてる!?」
心配していたラースも見限っていた署長も、驚愕していた。
身体を捻ることで、落下時の衝撃を逃し続けたのだ。
無事だった俺は、下からファックサインを署長に示す。
「こんなんで俺が死ぬかよ。あっちの刑務所だともっとひどいことやらされたさ」
「ちっ……だが、まあいい。元々、情報を聞くのはひとりだけでどちらかは見せしめに殺すつもりだった。てめえの代わりに、こいつに聞くことにするよ」
「んー! んー!」
「ラース!」
悔しがった署長だが、やつはラースを抑え込んでいた。後ろにいるらしい副所長に命令する。
「カーリーくん。脱走犯を追うよう騎士たちに言ってくれ」
「了解」
「じゃあきみは、自分とお楽しみをしようか」
「んー!」
ラースは口に猿轡を嵌められながら、連行された。
「クソ!」
俺は追いかけようとしたが、見上げる壁は高い。もし昇ったとしたら、その間に追っ手が到着するはずだ。さすがにクライミングしている間に、弓矢を避けるなんてことはできない。
別の方法を模索するしかなかった俺は、口笛を鳴らす。
ピィー
すると木々の間から、ゼエブとその背に乗ったレイナが飛び出てきた。
ガォオオオ!
「うわわわ。命令もなしに、いきなり走るんじゃないニャ、ワン公」
「よし来た。迂回して、要塞の前に回るぞ」
「変態がなんでここにいるのニャァアアア!?」
全速力で走ってくるゼエブへ、俺は跨る。
ゼエブはそのまま速度を落とすことなく、森を駆け抜けていく。