十三話 魔力
蕾の園。
仲間のやられ姿を見て、足を止めた騎士たちは口々に言う。
「またしても謎の魔術を」
「螳螂拳だ。種を明かしても分からないから教えてやるよ」
「怯むな! ああいう時は帷子に魔力を集めろ!」
「そうか。分かりました副隊長」
隊を上位にいるものの言葉を聞いて、騎士たちはまた一斉に歩みを再開させる。パニックになっている客たちを押しのけ、椅子やテーブルを乗り越えてくる。
「ニャアは関係ないみたいだし、さっさと逃げさせてもらうニャ」
「おう、そうしろ。自分の身は自分で守れ」
レイナは左手で俺の皿から料理を取り上げて、盗み食いする。そのまま右手で空いた皿を緑光で包むと、窓へ投げつけた。
鍵ごとガラスが粉砕される。
結果を確かめたレイナは、一目散に俺から離れる。客も騎士も、猫のような動作で回避していき、壊れた窓から外へ脱出した。
「あの、ぼくたちはどうすれば」
「せっかくあいつが出口を作ってくれたんだ。あそこから逃げろ」
「救世主様のご無事を願っています」
ジェンヌとラースは客に紛れて、脱出を目指す。
本来の出入り口である店の扉は騎士たちに封鎖されているため、客たちもレイナの後に続いて窓から出ていこうとしていた。
客の流れがひとつになったことで、動きやすくなった騎士たちは俺に一斉にかかってきた。
「ごめんなさい。さすがにこの人数は抑えきれなかったわ」
「いいよ。俺はいいから、おまえの守るべきものを守れ。ジャーポン」
「ほんといい男。でも無理はしないでね」
ジャーポンが五人を引き受けてくれたため、俺のところには戦闘可能の状態にある残りの七人が来た。
わずかな時間差で七つの打撃が向かってきたので、俺は全て避ける。
「ひゅー。さすが。アタシの心配なんて無用ってわけね」
安心したジャーポンは嬉しそうに口笛を吹いた。
技量に関しては傭兵どもより余分なものが削がれて冴えているのだが、いかんせん軌道が単純になって読みやすくなっている。
武器を持たずに、攻撃手段が統一されているのも拍車をかけていた。
前方の騎士を、俺はカウンターの螳螂拳で突く。
カツン
「っ! さっきと違う!?」
兜の隙間に入ったにも関わらず、突きが通らないで指に衝撃が跳ね返ってきた。
つき指になる右の人差し指と中指。
予想外の痛みに、集中が途切れそうになる。
「どうだ見たか」
騎士は鉤突きで横からの一撃を狙ってきた。予備動作の時点で先読みをしていた俺は、バックステップで余裕を持って回避する。
目前を通り過ぎる騎士の拳に違和感があった。
まさか――
突如として俺はある考えを閃いた
その答えが正しいのかを確かめるべく、四方八方からの乱打を躱しながら、俺は別の騎士へ螳螂拳を打ちこむ。
すると鎧の光が収まって、俺の指が当たる頃には本来は影に隠れていた喉元が輝き始めていた。
指先には、俺の想像通り、金属のように硬くなっていた綿があった。
「そういうことか」
「はっはっはっ。ケガレの攻撃なんていくらされようが無駄よ」
「そうでもないぜ」
「なにっ!?」
俺は兜から手を引っこ抜くと、正拳に握り直し、一センチにも満たない距離から騎士に向けて返した。
全身を一気に回転させ、この短い間で拳を最大限まで加速させる。
寸勁。
光を纏ってない木の鎧を、拳は砕いた。
「うわぁあああ」
「なにぃいいい?」
仰天する騎士たち。
すぐさま光る鎧を見て、俺はさっきと同じ個所へ二発目を与える。鎧ははげていて、クッションに拳が当たった。
ふわふわとした心地よい触れ心地が拳からすると、騎士は昏倒した。
「ようやく、カラクリが分かった」
「なにが分かったというのだぁああ」
仲間がやられて怒り狂った騎士たちが攻めてきた。
俺は右手を正拳に、左手を螳螂拳にして迎え撃つことにした。
ガードに関しては傭兵と変わらず甘いので、右の順突きで最初は兜へ殴撃を加える。貫けない木だと分かると、俺はそのまま右拳を戻さず目隠しに使う。たたでさえ狭い兜の中からの視界がもっと狭くなって、おそらく正面がほぼ見えなくなった。
暗闇にさえぎられたところで、俺は左の二本指を兜の隙間に突っ込んだ。
最初に俺が倒した騎士のように、攻撃された彼は壊れた楽器を鳴らして苦悶する。
「こ、こんなの聞いてねえよ」
「標的はケガレだって話だからもっと楽な任務とばかり」
「副隊長! いったいどうすれは!?」
「う、うろたえるな。いくら珍妙な魔導を使われようが、数でかかかればどうとでもなる」「ふたり撃破されてない時点で誰も触ることさえできなかったのに、よくそんな判断できるわね」
「合唱の時間だ。火の用心しておけよ」
「ひぃいいい」
囲んでいるはずの騎士が、俺が一歩踏み出すだけで怯えて後ずさりする。
副隊長と呼ばれた騎士に目をつけ、俺は左手をそいつに近づける。すると鎧ではなくクッションが輝く。今度は左手を下げて、右拳を前にする。すると今度はクッションから光が焼失して、再び鎧が発光する。
左右の拳の動きに合わせて、交互に輝く場所が変わる。
自分の分は済まし、遠くから見学していたジャーポンが笑う。
「うふふふ。玩具みたい」
「さ、さっさと攻めてこい。この罪人が」
「どっ、ちに、し、よ、う、か、な? こっちだ」
拳を握りしめながら、螳螂拳のモーションに入る。フェイントを見切ったのか、副隊長はクッションに魔力を集める。
同時に放たれた右ミドルキックが鎧を粉砕した。
「おのれ!」
反撃しようとする副隊長。大きく壊れたことでクッションも剥がれた脇腹に、レバーブローをぶつけられて倒れた。
「おええええ」
「ふ、副隊長まで」
「おれたちの手に負えない。もう逃げるしか」
狼狽し、もはや逃走さえも手段に含める騎士たち。
俺としてはひとり捕まえて事情を把握できればよかったため、まだ意識のある連中は逃がしてもよかった。
だから追い打ちはしないで待とうとすると、
「そこまでだ。この化け物が」
「隊長」
復活した羽根つきが、窓際から声をかけてきた。
俺は周囲を警戒しながら、そちらへ振り返る。視線の先では、喉にナイフを当てられてい
るジェンヌの姿があった。
羽根つきは得意げに言う。
「こいつが、おまえの仲間だってことは既に調査済みだ。殺されたくなければ、おとなしく連行されろ」
「……」
「救世主様。申し訳ありません」
どうやらジェンヌが逃げそびれたのには理由があったみたいだ。
他の客は既に脱出していて、店内側の窓際には、ジェンヌ以外はもう子供しかいなかった。子供たちの中には手が届かない身長の子もいたため、ジェンヌはひとり残って脱出の手伝いをしたのだろう。
善行をしたにも関わらず、俺へ心の底から謝るジェンヌ。ジャーポンが羽根つきを責める。
「人質取るなんて、アンタそれでも騎士なの!?」
「犯罪者に容赦なんぞ必要あるか。この馬鹿な女が悪いんだ。シスターでありながら、神に背くようなことをするなんて。なあ?」
「……はい。それに関しては、あなたは正しいです」
「ジェンヌちゃん!?」
自分を殺そうとする男の言葉を容認するジェンヌに、ジャーポンは驚愕する。
「早く選択しろタケダコーエイ! でないと、仲間が死ぬぞ!」
石の刃を、ジェンヌの首に触れさせる。おそらくあれも鎧と同じように魔力を注入すれば、たちまちに鋭い鉄の刃物に一変するのだろう。
「別に仲間ってほどじゃないんだけどな……」
「救世主様」
動かない俺に、ジェンヌは語りかけてきた。
自分の命が危ういはずなのに、やけに落ち着いた声だった。
反応がないのは聞こえてないと思ったのか、ジェンヌはもう一度、おれを呼んだ。
「救世主様」
「なんだ?」
「あなたがどんな罪をしでかしたのかは知りません。けれどなにをなそうが、わたくしはあなたの信者でいることを、ククロスから助けられたあの時から誓いました」
「……」
「わたくしはあなたの助けになるのならば、なんでもします。その逆に、あなたの足を引っ張るようなことは命をかけてもしません」
ジェンヌの表情が、緊迫したものへ変わった。
顎に力が入るのが分かった。
「ですから、さようなら。ここまでの同行、楽しかったです」
肉が切れる音、続けて液体が溢れ出てくる音が聞こえた。
ジェンヌの肉体から抜け殻のように崩れ落ち、わずかに開いた唇から血が流れ落ちてきた。
「うそ!?」
「こ、この女、自分で舌を噛み切りやがった」
羽根つきは倒れかかるジェンヌを支える。
「そんな。おれは本当は殺す気なんてなくて。ただ、脅しの道具に使おうと」
「ならさっさと魔力で回復させなさい! アンタの魔光色は黄でしょ!」
「そ、そうか」
羽根つきは死にかけのジェンヌへ黄色の光を流す。流れてくる血がたちまちに止まった。
蘇生したジェンヌは、本能で口内に溜まっていた血を吐き出した。
「ごはっ」
「お、おい。大丈夫かあんた」
「……よくもやってくれましたね」
ジェンヌは息を荒げ、生気が失われてボロボロになった髪の毛を顔に張り付けながら羽根つきを睨みつけた。
俺の存在を横目で確認すると、また決意した顔になる。
「あなたたちの思い通りになんてさせません。次は蘇生の暇なんて与えないようにします」
「や、やめろ。やめてくれ」
騎士はナイフを持ってないほうの自分の手をジェンヌの口へ入れて、噛む動作をやめさせた。
「こ、こんな狂ったやつどうすれば」
安心する羽根つきだが、ナイフにジェンヌの手が忍び寄っているのに気づいていない。
このままだと遠からずジェンヌは本当に死ぬだろう。
俺は両腕を上げた。
「分かった。俺は捕まろう」
「ほ、本当か!?」
「本当だ。だからジェンヌ、その手を止めろ」
「……はい」
ジェンヌは俺の言うことを聞いて、あと少しだった手を垂らす。
「申し訳ありません。わたくしのせいで」
「気にするな。俺の意志で行くことに決めただけだ。こっちの刑務所の居心地が知りたくてな」
「ごめんなさい。アタシがアイツを仕留め損ねてしまったばかりに」
「だから気にするなって。娑婆に帰ってきたときは、美味い料理でも振舞ってくれ」
「でかいおっさん、ごめんなさい。あたしたちを、しすたーさんがたすけてくれたせいで」
「あーもう! 気にするなって言ってるだろ!」
謝ってくる連中に嫌気がさした俺は、ここから早く出るため騎士にわっぱをかけろと仕草で伝える。
「しかし命令として、ひとりだけ仲間を連れていかせてもらうぞ。そういう指示でな」
「言っておくが、店の連中やそこのクソシスターに手を出してみろ。その時はまた暴れるぞ」
「分かった。ならばあいつにするか……」
羽根つきは部下へ指示を出した。
すぐに騎士のひとりが、外からラースを連れてきた。
「師匠。ぼくはどうすれば」
「……クソ弟子ならいいか。一緒に行くぞ」
「ええっ!」
俺とラースのふたりは、今度は抵抗することなく騎士たちに連行された。
また臭い飯を食う生活に逆戻りか。
どうやら俺の人生の行く末は、異世界でも変わらないようだった。