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十二話 ドタバタ蕾の園

 

 ヴォーヘルの宿


 ボケボッボー


 老人の咳みたいな鳴き声を異世界の鶏は発した。その音につられて、王国に住む人々は起床していく。

 青空にある太陽の眩しさを浴びて、一日の始まりを実感する。

 

 バシ バシ


「二二九、二三〇、二三一」

「遅くなってる。最初のペースに戻せ」


 宿の庭に生えていた樹に、ラースは下段蹴りを打ち込んでいた。早く起きた俺たちは、こうしてトレーニングをしていた。

 

 ラースは、汗まみれで脛が赤く腫れていた。


「二五四、二五五」

「モーションずれてる。体力が失われた状態でも最大限のパフォーマンスを実行できるようにしろ」

「で、でも、師匠はさっきは速くしろって」

「正しくやっても、速く力強くやれなきゃ意味はない。そしてその成果を得るには、なによりも正しくやることが大事だ」

「え、えーと。それはどういうことで?」

「ともかく教えたフォームを全力で繰り返せ。崩れたら回数追加だ」

「は、はい」


 ラースは気を引き締め直して、下段蹴りを連打する。俺の弟子になってから、ラースはずっとあの技だけを練習していた。

 朝と夜、俺と一緒にいる内はあいつの限界まで蹴らせる。最初の頃は左右で五〇本もいけばよかったが、今ではおそらく一五〇はできる。最初の頃だからかもしれないが、俺が教えたことをラースはスポンジのように吸収していって楽しい。


 弟子の前でカッコ悪いところは見せられないぞ、と目の前の薪を一刀両断する。


「はぁ~。お、コーエイさんにラースくんか。早いねあんたら」

「アランさんは逆に年寄りのくせに遅いな」

「七〇年生きた程度じゃ、まだまだ若いってことかもしれんなあ。ここの国民は、朝はずっとこの時間に目覚めるのじゃよ」


 このヴォーヘルの宿の主人のアランさんだ。昨晩は夜遅くに帰ってきた俺を、夫婦で心配して出迎えてくれた人だ。


「しかし悪いのう。お客さんに薪割りを変わってもらうなんて」

「いいのいいの。こっちが申し出たことなんだから」


 背中、胸、腹、腰、四肢とほぼ全身を薪割りだと一種類のトレーニングで鍛えられる。


 しかも俺が今使っている斧の刃は、鋼鉄だけじゃなく石なのだから、かなりのパワーとコントロールが要求される。


 脳内でよぎるコーラル。

 俺はそれを斧で断ち切った。


「ぐほっ」

「コーエイさん。いきなり倒れてどうしたんじゃ? 疲れたのなら代わるよ?」

「いえ。大丈夫です」


 断りながら、起き上がる俺。


 イメージすらぶった切れずに反撃されたとはとうてい言えなかった……


(鍛え直して、絶対に勝ってやるぞあの野郎)


 改めて目的を誓った俺は、ラースと一緒に自分を鍛えることに勤しんだ。




 蕾の園。


 割った薪の数が多かったらしく、宿代を無料にしてもらったどころか逆に給料まで頂いた俺は、その金で昼飯を食べることにした。


 お昼でも、蕾の園は客で満杯だった。行列で待ってから店に入ると、注文しておいた料理をジャーポンが運んできてくれた。


「お待た。悪いわね、遅くなっちゃって」

「いつも、こんなに混んでるのか?」

「そうよ。昼の開店から夜の閉店までひっきりなし。朝もずっと仕込みでゆっくりしている暇なんてないわ」

「大変なんだな」

「心配してくれるの? ありがとう。でも、みんなを養うためにはこれくらい頑張らないと」


 ジャーポンは、働く子供たちへ視線を注ぐ。

 蕾の園では、ジャーポン以外の店員は子供だけだった。


 今度、暇な時にでも俺は尋ねてみることにした。


「ジャーポンさん。この野菜料理はどうやって作っているのでしょうか?」

「あーそれはね……」


 ジェンヌの質問に快くジャーポンは答えてくれる。

 昨日あんなことがあったが、どうやらふたりは料理という共通点で仲良くなったみたいだ。


「うめえニャ。うめえニャ」

「ほんと、あれもこれも美味しくて」


 レイナとラースはその横でがむしゃらに食事を平らげている。


 午後は、レイナがギルドで取ってきた仕事に四人で行くことになっていた。金はあるにこしたことがないし、俺としても実戦の勘を鈍らせないために必要なことだった。


「……」


 ハグッ


 俺も飯にありつきながら、ふと、二週間後の魔導大会までは同じテーブルについているこの四人で活動してくんだろうなって思った。


 レイナ、ラース、ジェンヌ。

 俺たちが出会ったのは偶然で、しかも一緒にいた時に出来事もとても好感が持てるものではないのが多いが、こうして同じテーブルについて食事を共にしている。


 人の縁というのはかくも不思議なものだと考えつつ、焼いた卵の塊を口へ押し込んだ。


 カランカラン、と出入り口のベルが鳴る。


「あっ、お客さん。他の子たちは手が離せないみたいだからアタシが行かなくちゃ」

「仕事がんばってくれ。今日もあんたの料理はうまかったよ」

「うふふ。いい男に、そう言われてもらってなによりだわ」


 ジャーポンは上機嫌で客を出迎える。この忙しさで逞しいことだ。


「どうぞ……あら?」

「……」


 ウエスタンドアから入ってきた客は、俺たちも知っている連中だった。


「騎士たちですね。昨晩もきたのにどうしたんでしょうか?」

 

 言葉もなく、ぞろぞろと鎧姿のまま騎士たちは店内へ入ってくる。

 

 十五人。

 元いた客も含めると、ぎっしりと鎧が店に詰まっていることとなった。 


 困惑するジャーポンの前で、羽根つき兜を被った騎士が唱えた。


「タケダコーエイ!」

「んっ」

「我々はただちに貴様を逮捕する!」

「はあ?」


 名前を呼ばれたので振り返ると、驚くべき事態になっていた。


 ジャーポンは羽根つきに声をかける。


「ちょっと。いきなりうちの店に来てなんなの?」

「タケダコーエイは罪を犯した。国を守るため、ただちに捕まえねばならぬ」

「コーエイさんはなにをしたの?」

「それはしょせん一国民である貴様が知る必要はない。正式な逮捕状は今朝に発行されている」

「なによそれ? じゃあ店からアンタたちは出ていって。どんな内容であれ、うちの店で理由も分からない暴行はさせないわ」

「いいからさっさとどけ! 女男!」

「きゃあっ」


 羽根つきに殴られ、床に伏せるジャーポン。


 羽根つきはその横を通って、俺の元へ最短距離で向かってくる。


「あっあっ」

「邪魔だ」


 客たちは騎士に恐れをなして道を作ったのだが、店員の子供が逃げそびれてしまった。羽根つきは邪魔だったので、そのまま蹴ってどかそうとする。


 バキィン


 次の瞬間、羽根つきの兜が弾け飛んだ。


 尻もちをつく羽根つきと子供の間にいたのは、殴られたことで唇を切ったジャーポンだった。


「き、貴様、騎士に手を出してただで済むと思ってるのか!」


 怒鳴りつける羽根つき。


 ジャーポンは、紫の唇へ、赤い紅を舌で塗った。

 

「アンタこそ、うちの子供たちに手を出してただで済むと思ってるの! この子たちのためなら、アタシは国王でも帝王でも神でも抗ってみせるわ!」

「ぬかせ。おい、この謀反人とタケダコーエイを捕まえろ」

「はっ」


 羽根つきの命令に従い、騎士たちは俺たちへ動き出す。

 

 位置的にジャーポンのところへ騎士が襲いかかる。ジャーポンは左足を上げて、騎士のみぞおち辺りを蹴る。


「ははは。そこは鎧でも一番厚いところだぞ――はぐっ」


 時間差で、ジャーポンの右足が騎士の兜へ当たる。生じた衝撃によって、騎士は背中をついた。


「な、なんだの足技は。見たこともないぞ」

「我流でね。足癖悪くてごめんなさい」


 空中での二段蹴りから華麗に着地を決める。さらに不意打ちで襲ってきた敵を、水面蹴りで転倒させた。


「ついている筋肉から只者じゃないとは思っていたが、あそこまで強かったのか」

「予定外の邪魔が入ったが、おまえを捕まえさせてもらうぞ!」

「おっと」

 

 回り込んできた騎士のひとりが、俺へ殴りかかってきた。


 ダッキングで避けて、オーバーハンドブローで反撃する。俺の拳が届く直前で、兜が発光した。


「硬っ。ただの木じゃないのか」

「はっはっはっ。ケガレのおまえでは、この鎧の防御は破れまい」

「魔力か」


 騎士の鎧は木造のフルプレートだ。木の板の下にはクッションがあるのがわずかに見える。


 鎧全体が光っている。

 おそらくレイナやコーラルと同じで、強化をしているのだろう。ただの木のように見えて、鋼鉄以上の硬さを誇るのはそれが理由だ。


 騎士の貫手を、俺は紙一重で躱す。速度はそれほどのはずなのに、髪の毛の先が切れた。


 魔力そのものをサポートで調べても、打破の方法は載ってないため、自分で見つけるしかない。


「おらおら。どうした」

「んっ?」


 騎士の攻撃を避けていると、わずかに光ってないところが見え隠れする。


 喉、脇、肘や膝などの関節。


 従来のフルプレートには本来はないはずの隙間だ。

 騎士たちは鎧以外の武器は使用せず、ほぼ素手格闘技の動きで戦っている。おそらくその方法に合わせて動きやすさを重視しているのだろう。


 なぜ彼らが槍や剣などを使用しないのかは不明だが、それならそれで合わせるまで。


 俺は拳から、指を二本だけ伸ばす。


 騎士と俺は同時にモーションに入る。速さでは俺のほうが勝っているため、俺の攻撃が先に届いた。

 鎌をイメージして、俺は下から指を兜の隙間へ差し込む。


 指先から、綿を挟んで柔らかい喉の感触が伝わった。


「ぷぎゅ……」


 管楽器が壊れる音。騎士の悲鳴は、もはや声になっていなかった。

 

 騎士は喉を抑えながら、床でジタバタとする。

 兜を外そうとするが、喉に触れたままでは顔から離れず、カキンカキンと木同士が当たる音が鳴る。


 俺の元まで来ようとした他の騎士たちの歩みが止まった。

 

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