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十話 エルフのコーラル

 蕾の園。


 美しい緋髪。美しい長耳。美しい双眸。美しい鼻梁。美しい唇。美しい首筋。美しい肌。美しい腕。美しい指。美しい脚。美しい足。

 

 容姿だけでなく、息遣いや纏う気、また影さえも美しい。


 コーラルは、なにからなにまでその身を形成する全てが美しいエルフだった。


「六宝樹でもあるあなたが、なぜこんな小さな料亭に?」


 主人であるジャーポンが、恐る恐る尋ねた。


 コーラルはその美しい表情を崩すことなく応じる。


「王国の夜間警備。そのついでに通達にきた」


 キャーキャー


 コーラルが声を発すると、店内にいた幾人かの男女が歓声をあげた。同性すらもその美貌に魅了されて、大きな感動が胸の内に湧き上がっていた。

中には、処理しきれない高揚で気絶するものさえいた。


 ジャーポンも胸元辺りを抑えながら、会話する。


「通達? いったいどんな?」

「最近、帝国との戦況が激しくなりつつあってな。帝国兵が国内に侵入しているという噂も出ている。だからもしも怪しい人物を見つけたら、近くを見回っている騎士か騎士館に連絡してほしい」

「あら? 帝国とは未だに停戦状態にあるんじゃ」

「そんなものは名ばかりで、どちらもいつ開戦するのか考えているばかりだ。小競り合いが盛んになっているどころか。そんなものでは済まない被害もあった」

「それはどんな?」

「帝国との国境近くにワールズタウン。そこが半壊した……比喩ではなく文字通りで、報告では建物や道が爆発でもあったかのごとく抉れていたとあった。帝国の新兵器ではないかという考えも出ている」

「街が壊れたって……住民は大丈夫だったの? 戦争が始まるの?」


 被害を聞いて、ジャーポンは青ざめた。

 他の客たちもざわめき始める。


 その中心で、コーラルは話を続ける。


「住民に関しては、街で戦いが起きたらすぐに避難させた。とくに怪我人も出ずに、今は他の街に住んでもらっている。

戦争については、まだ開戦の予定はない。今回の発端はお互いの兵士の揉め事によるものらしく、事実が分かり次第、帝国との交渉するつもりだ。国王様も、まだ帝国と矛を交える気はないらしい」

「よかった。まだ安心して店を続けていられそうね」

「なにがあっても、民には絶対に手出しをさせない」


 ワーワー


 最後の言葉に、拍手喝采する客たち。


 コーラルの淡々とした喋り方は、人によって冷たいと取られそうだが、コーラルだとブレない安心感があるように感じられる。


「分かったわ。ご親切ありがとう。警備頑張ってね」

「そうさせてもらう……?」

「なにかありました? いきなりあらぬ方向を見て」

「いや」


 そう言いながらも、コーラルの視線はジャーポンへ戻らなかった。コーラルは整った面立ちのまま、美しい視線を脇へ移している。


 目が合ったと思った乙女が、気を失った。


 逆に少しリラックスできたジャーポンは、さっきよりも平常時に近い話し方をする。


「それで要件は済みましたか? エルフ様」

「……どうやらこの店に問題はないようだし、その通りだ。経営の邪魔をして悪かったな」

「いえいえ。こちらこそ、ここまで近くでエルフ様を拝見できたのは初めてですから」

「帝国相手ともなると、さすがに私も出張るしかなくてな」

「今度は、ここにお客としてどうです?」

「やめておこう。私たちは人間とは味覚が違う。店の評判を落としかねないような真似はしたくない」


 誘いを拒否したコーラルは、両脇の騎士たちから作られる花道を通り抜けて店から出ていく。


「あの、エルフ様」


 ジャーポンが話しかけると、コーラルは歩みを止めた。


「どうした?」

「あの……同性愛についての許可って……」

「きみたちの知っている通りだ。悪いが、私が説法している暇はない。納得できないのなら、教会にでも訪れてくれ」

「それって!」


 思わず大声をあげてしまいそうになった口を抑えるジャーポン。


「悪いが、他にも行くべきところがあるので」


話を切ったコーラルは退店する。

コーラルに続いて、騎士たちも外へ戻っていく。


 街路に戻ったコーラルは、騎士たちと共に三軒の建物をそれから回った。


 コーラルが人と会うたびに気絶する人が出現し、中には建物内の全人物が気絶した場面もあった。その時はコーラルが外に出て、他の騎士が通達をしていた。


 三軒目を終えると、コーラルは外で騎士たちと会話する。


「余計な手間を取らせて申し訳ない」

「いえ。エルフ様が直接守るという実感は、我々がどんな声をあげるよりも国民を安心させます」


 騎士たちは、兜越しにコーラルの姿を見て声を聞く。


「ここからは夜間の警備に回ってくれ。なにをするにしても、常に二人組以上でいるようにしなさい」

「はい。分かりました」

「エルフ様はどちらへ?」

「予定とは違うが、私は城の警備に戻ることにする。少し気になることがあった」

「分かりました……貴方様に、女神様の祝福あれ」

「きみたちこそ、安全に夜を過ごしてくれ」


 理由も訊くことなく、騎士たちはコーラルを見送る。


 コーラルの姿が見えなくなったところで、騎士たちはほっと胸をなでおろす。


「いやー緊張した」

「あんな距離で、エルフ様と話すことになるなんて考えてもなかったよ」

「国王がいるが、実質の王国の頂点にいるのはエルフ様たちだものな。女神様の声を唯一聞ける存在で、人間という種族に英知を分け与えてくれた」

「オーラきらやべえ」

「しかもコーラル様は他の六宝樹のようにエルフの里に住んでいるわけでなく、王国に居たまま外敵から守護し続けてくる方だからな」


 エルフの聴力は、人間の何倍もあるため騎士たちの会話は聞こえていた。


 これが当然だとばかりに、コーラルは特になにも思うことなく夜の道を歩き続ける。


 コーラルを人々が見かけるたびに、くらっときたりと魅了される。けれど移動を続けるごとにそういう人たちは徐々に少なり、暗がりが増えていく。


 やがてほとんど人気のいないところにコーラルは来る。


 そこにいると、コーラルの周囲を男たちが囲んできた。


「おい綺麗な姉ちゃんよ。おれたちとお茶しねえか?」

「酔っぱらいの傭兵たちか」

「おいおいおれは酔ってなんかいねえよ」

「酔っているのなら、こんな三人もの美女を見逃すわけねえもの」

「酔っぱらっているな……」

「だから酔ってなんかねえよ!」


 呆れるコーラル。

 そのリアクションにいらついたのか、背後にいた男が棍棒片手に殴りかかってきた。


 発光している棍棒。音が聞こえてからでは、人間が反応できる攻撃時間はなかった。


 コーラルは棍棒の先が斜め後ろに向いていた段階で振り返り、ちょん、と虫も逃げない加減で額にタッチした。


「ふばっ」


 するとなんと、男が地面に昏倒した。


 コーラルは女性モデルのように線が細い。決して、さっきのような仕草だけで戦いに明け暮れたことで巨体に鍛えられた男を倒せるはずがなかった。


 しかし次々と襲いかかってくる男たちは、コーラルが一撫でするだけで気絶していく。


 まるで映画のワンシーンのようだった。


「……」


 男たちを全員倒し終わると、コーラルは息を乱した様子もなく、これまでと同様に人気のない道を突き進んでいく。


 そこからほどなくして、コーラルは足を止めた。

 

 そこは豪邸の前の庭だった。

といっても住居は巨大で造りも派手だが、窓が壊れていて石造りの装飾は破損ばかりであちこちが植物に覆われている。庭のほうは綺麗な芝生だったものが、雑草で覆いつくされていた。

 

 もちろんここが城でないことは、一目で分かった。


「とある貴族の家だったが、今では血も絶えて、誰ひとりとして住んでいない」


 ひとりごとのように呟くコーラル。


 壊れて開けっ放しになっている門へ振り返る。


「ずっと追ってきたのは分かっている」

「……ここにおびき寄せられた時点で、バレているのは分かったよ」


 ()――武田光誉は、門の影から姿を現した。


 実は蕾の園から独りでここまでコーラルを尾行していたのだ。


 真顔のままだったが、コーラルは少し困惑した声を出す。


「貴様は、誰だ? 初めて見る格好だ」

「今のところは傭兵だな。Fランク」

「嘘を吐け。尾行に騎士たち全員が気付いていなかった……しかし、すぐに襲撃してこないところを見るかぎり帝国の手先というわけでもないか」


 考えるコーラル。

 

 俺はすぐに答えをあげることにした。


「力試し。あんた、俺より強いだろ?」

「――」


 見た途端に分かった。

 コーラルは、佐藤さんには及ばないが、俺よりも上の実力を持っている。


 返答を聞いたコーラルは表情を変えないまま、


「そういうことか。ならばいいだろう」

「おっ、相手してくるのか?」

「礼儀を知らない身の程知らずが、挑戦することは度々ある。時間がないため、すぐに終わらせてもらおう」


 構えた。

 

 半身になって、左手のひらと左の足を前にする。足は一直線で、中国拳法のような姿勢だった。


 空は曇っていて、月が隠れていた。

 月光はほんのわずかしか地上に届かず、ほとんどの人間からは真っ暗闇にしか見えない。

 

 他に明かりもない闇夜の中で、俺とコーラルは目を合わせている。


「蕾の園で、私に敵意を向けていたのは貴様だな」

「おっ、やっぱり分かってた」

「気付かないわけがなかろう。平和な食事の場で、一角だけ戦場のような空気を醸し出していたら」


 俺は腕をぶらりと下げ、足を肩幅程度に空けたまま一歩を踏む。


「それが、貴様の構えか」

「色々と学んだ末に、これが俺にとってのベストだと分かってね。一応、沖縄空手では山頂と呼ばれるらしい」

「タッチュウグヮー……」


 俺は両足を交互に前に出して、すり足のまま距離を詰めていく。


 常在戦場。

 いつどんな時でも、戦いに応じるための構え。


 近づきながら、俺は戦力分析を行っていた。


(初手はおそらくこちらに一直線に向けている手からの打撃。真っ白で綺麗な手だ。ジャブ? 左ストレート? いや拳法だから崩拳とか掌底? もしかしたらフェイントにして蹴りとか別の手を放ってくるかも。極端は半身は、正中線への攻撃から逃れるためか。前蹴りや足刀もありそうだな。べた足だからステップはなさそう。総合的に見ると、古武術の流派みたいだ。地面が草だから、砂での目潰しはない)


 残り三歩まできた。俺のほうが体格が大きいから、リーチは俺のほうが長い。


 冷や汗が、ぐっしょりだった。

 俺の腕の太さとウエストが同じくらいの線の細いこの男に、俺は恐怖を抱いている。


 残り二歩。飛びかかってくる様子はない。


 コーラルの強さの源は分からない。筋力は俺のほう上なのは目に見えて明らかで、技量もおそらく上だ。

 ただ俺の全細胞が、目前にいる男は俺より強いと訴えている。


 逃げろ、と警鐘が唸っている。


 残り一歩になった。


 警鐘が、これまで聞いたことない音量で鳴る。


 もうこれ以上は近づくな。手を出すな。

 俺の中にいるもうひとりの俺が言ってくる。


 怯える心。竦みそうになる足。


 俺は攻撃範囲の直前で停止すると、俺は反転してコーラルに背を向けてしまった。


「逃げる気か!?」


 思わず俺を追おうとするコーラル。構えを解除して、走る。


 ――その視界外で、俺の右踵が宙で弧を描いていた。


 後ろ回し蹴りは多くの古武術の流派にない技だ。

 構えからその系統の技術を身に付けていると予測したが、それが当たった。


 コーラルは、ちょうど威力が最大限になる位置へ飛び込んできてくれた。遠心力が加わった俺の踵が、コーラルの側頭部に直撃する。


 ここまで崩れなかったコーラルの美貌が、初めて歪んだ。


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