表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/21

プロローグ

 ???


「どこだ? ここ」


 まるで雲の中のような場所に、俺はいた。

 下を見ると地面はなく、全身が宙に浮いている。


 現実感のない光景に困惑していると、他人の気配を感じた。


 俺は気配がある方向に振り向く。


 そこには見覚えある人物がいた。


「婉曲な表現は好まない。簡潔に伝えよう。朕は神——武田光誉たけだこうえいよ。うぬに使命を与えにきた 」

佐藤(さとう)さん! 佐藤(さとう)さんじゃないか!?」


 幻の中に現れた現実に安心する俺。


 彼は佐藤陽太(さとうようた)


 俺と同室でしばらく暮らしてた男だ。


 ほとんど物言わない静かな人だったけど優しくて、怪我をした人物とかがいたら手当てをしてくれた。


 佐藤さんに治療してもらった人はとんなひどい怪我でも治って、職業は医者なんじゃないかと噂されていた。



 気安く佐藤さんの肩を叩く俺。



「よかった知り合いに出会えて。というか、いったいどうしたのその格好? コスプレってやつ? 」


 ふさふさの白髪に白い髭。

 服も白装束でわすかに見える目元の地肌以外は真っ白な姿だった。


 俺の知ってる佐藤さんは髭もなくハゲにも悩んでいたのでこうして一人じゃなくて雑踏に混じられていたりしたら誰だか分からなかっただろう。


 佐藤さんは普段と違う仰々しい喋り方で話す。


 この頃になると、俺は今自分の見てるものは全部夢なのだと思っていたので素直にノる。



「武田よ。うぬにはうぬが生まれた世界とは別の世界。いうならば異世界に転生してほしい」

「うんうん。それでそれで」

「そしていずれ世界を滅ぼす魔王を殺してほしい」

「ふーん。子供の頃にやったゲームみたいな話だな。そろそろ死ぬし、走馬灯で人生を振り返っているのかな?」

「いや。うぬもう死んでる」

「は?」


 いきなり自分が死んだと言われて驚く。


 佐藤さんは事実だとばかりに淡々と述べていく。


「武田光誉。二七歳。アメリカ大統領襲撃と、その逃走中にロシアの総合格闘家ラドールを殺した罪で死刑と判決が下される。絞首刑、毒、電気椅子その他。常人ならば死に陥るあらゆる刑罰が行われるが、どれからも生還する。三〇回目の刑罰――実験場に監禁されて、実験と称された水素爆弾投下により、ついに死亡」

「なんだ……あれで死んだのか俺」


 説明されると、不思議と納得する。


 そういえば俺はさっきまで棺桶の中にいたんだ。


 鎖を切って棺桶を破壊して、海に飛び込んだんだけどそれでも駄目だったみたいだ。


「悔しい……悔しいな……」


  俺は歯を噛みしめる。


  佐藤さんは呆れたようにため息を吐いた。



「相変わらず負けず嫌いだなうぬは……だからこそ今回の転生相手に選んだのだが」

「それでなんで佐藤さんがそんな格好してるの? 俺の死に関係するの?」

「こっちが本来の姿だ。あの姿は転生候補のうぬを見極めるために近くにいるのに用意した人間体だ 」


 死んだと分かるとすいすい佐藤さんの言葉が頭に入っていく。


 どうやら俺はこれから異世界に転生して魔王とやらと戦うらしい。


 ようやく事態を飲み込んだ俺に、佐藤さんは言った。


「転生してもすぐに不便がないようサポートはつけておく」

「うん」

「そして世界を救った後だが、願いを一つ叶えよう」

「願いってどこまで?」

「うぬが魔王のように世界を支配しないかぎりはなんでもだ。元の世界に戻ってもよいし、異世界に残ってもよい。そしてどちらの世界にせよ一生遊び尽くすほどの富、望みを尽くすほどの美貌の女、金では買えない感動を与える芸術や美食。欲したありとあらゆるものを与えよう」

「ほう」

「もちろん世界を救った後でもいいが、事前に教えてもらったほうがすぐに用意できる。なにを願う? うぬは」


 感嘆する俺に、佐藤さんは尋ねる。


 う~ん。 


 俺は頭を捻って悩む。


 やがて思いついたので、言ってみた。


「――あんたと戦いたいな」

「……」

「殺し合いたい。互いの命を――全てを賭けた喧嘩がしたい」


 俺は肩を組んだまま動かない。


 佐藤さんも微動だにしない。


 この謎の空間の中心に、二人っきりでいる。


「あんたって優しいよな。俺を潰さないために体内の力を抑えている。凄い力を、逆側からもっと凄い力で押し込んでいる」

「……ここまで愚かだったとはな」

「だったら転生をやめるかい? まあそれでも、俺の願いは果たすけど」


 もう戦いは始まっていた。


 構えを取らないのは、既に取っているからだ。


 構えとは己の技を打ち込みやすくし、防御するためのものであるが、このような急に始まった一騎打ちとなると構えることすら隙となる。一挙一動の僅かなミスが致命的なものとなるのだ。


 ゆえに戦闘か始まった瞬間――片方が明確な敵意を示した時点での体勢こそが構えとなる。


 そうなると、俺が戦いと言ったあの時にはもう戦いが開始していた。

 佐藤さんが動かないのもそれが分かっていたからだ。


 まあ分からなきゃその時点で戦おうとしなかったけど。

 殺気も読み取れないような奴とは、戦う気すら起きない。


 でも佐藤さんは感知した。


 刑務所にいる時は分からなかったけど、この人?、よほどの強者だ。おそらく人間体とやらの影響で力が出せなかったのだろう。


 この神の状態だと、俺が見るに、今までで一番強い相手だ。


 ラドールよりちょっと上。


 これからの戦闘を想像して、俺は高揚した。


 ビュッ


 俺から先に動いた。


 ノーモーションの一本貫手。

 右耳の鼓膜を突き破る。

 そのまま抵抗されなかったら脳まで到達する。


「……!」


 爆発したような音が響いた。

 死ぬ前に聞いたあの音以上に大きかった。


 ドサッ


 気付けば俺は地面に仰向けになっていた。


「……」

「勝負あったな」


 動けない。


 立とうとしても、体が言うことを聞かない。

 声すら出なかった。


 佐藤さんがどんな動きをしたかすら分からなかったのに、俺は敗北していた。


 いったいなにをされた?


 俺の胸中の疑問に、佐藤さんはこたえてくれた。


「撫でた。それだけだ」

「一発じゃなく一撫でか……ちょっと上どころじゃなかったな……」


 俺は佐藤さんが殺気に応じてくれてからは、力を完全に解放をしていると思っていた。


 けれど佐藤さんからしたら、あれでもほんの一端だったらしい。

 比べることもアホらしいほどの圧倒的な力の差だった。俺が見誤ったのも差がありすぎたせいだ。


 佐藤さんは俺を見下ろしながら近づいてきて、手を胸に当てた。

 体が光に包まれて、そのまま透明になっていく。


「転生させた先で肉体の再構成を行っている。そういう意味ではちょうどよかった。転生するにも、一度、分解しなければならなかったから。元から壊れていれば早く済む」

「これほどの力がありながら、なんでわざわざ自分じゃなくて俺に行かせるんだ?」

「神はそこまで人間に干渉できない。せいぜい運命の創造と操作だけだ。異世界でのうぬの運命もいずれ魔王と出会えるように操作しておいた。これで本来だったら長生きするはずだった魔王が死ぬ可能性が生まれた」

「じゃあ俺がわざわざ探さなくても、生きていればその内に会えるってことか」

「そういうことだ」


 俺の体は半透明を越えて景色と一体化していく。


 そろそろということだろう。


 最後に、俺は言った。


「まだ願いは変わってないぜ」

「朕とうぬでは天と地もしくは蟻と戦闘機ほどの差があるぞ。無駄でしかない 」

「俺、異世界でもっと頑張るよ。それでいつかあんたに追い付いてみせる」

「……時間だ。魔王を倒した後に、また願いを尋ねるとしよう。その時までに頭を冷やしておけ」


 佐藤さんがそう言うと、俺の肉体は完全に謎の空間から消失した。




 〇●〇●〇●〇●




「馬鹿だな。あの男は」


 祭壇で独りになってから、神である朕は言った。


 武田のことだ。


 強い相手と戦いたいことは一緒に生活したことで重々承知していたが、神に挑もうとするとは恐れ多いことをする。


 どれほど人間の内で強くなろうが、神と人間では格の差がある。


 絶対に、人間では神に勝てない。


「しかしあの男……防御したな……」


 こちらが触れようとした瞬間、あの男は胸と顔を両腕で覆った。

 もしあの防御がなかったら喋る間もなく、完全に分解されていたはずだ。


 知覚は出来ていなかったから本能によるものだろう。


 細胞ひとつひとつに格闘技術を染み込ませるレベルまで到達していたからこその、神業――いやこの場合は奇跡と呼ぶべきだろう。

 ともかく常識外の才と努力あってこその現象だ。


 思えば、本来、武田は死なないはずだった。


 運命として死ぬ日ではあったが、死んだのは手段によるものでなく偶然だ。


 海に逃げたあの男は泳いで水爆の範囲外まで移動したのだが、基準を大幅に超えた爆発に巻き込まれて死亡した。

 そのせいで爆弾を落としたヘリパイロットたちまで死に、また処刑に水爆を使ったことが問題視されて責任者は世界中からバッシングされていた。


 運命で死が決定していたからの死。いわば運命の悪戯だ。

 だから死刑を企むものたちと武田自身の勝負としては勝っていたともいえる。


 そう考えると、人間の範疇からは大分逸脱した男だ。


 おそらく運命以外では殺せなかったのだから。


「異世界の技法を取り込めばもしかしたら……いや有り得ないか……」


 浮かんでしまった陳腐な考えを一笑にふして、朕は忘れることにした。


新連載につきまして、初めて予約投稿をしてみました。なにか不備があった際には申し訳ありません。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ