2.
今年で十七歳になる峻は特殊といっていい生立ちをしている。
峻が物心のつく前に両親は離婚していて、父親の顔も知らないような状況だった。母親は女手一つで峻を育ててくれていたのだが、三年前、峻が中学一年生のころに病気で他界してしまっている。
十三歳にして天涯孤独になってしまった峻のことを支えてくれたのが、生前から親交が深かった藤沢家。つまり、奈亜の家だった。
資産家である奈亜の父親、義明と母親で、峻の母と大親友だった美希が援助をしてくれて、今の峻がある。
この部屋も峻が一人になってから、寂しくないように、しかし自立できるようにと、もともと賃貸だった建物をまるまる買い取って多少のリフォームののち使用している。
なにもそこまでしなくても、と心底思ったのだが、その辺は金銭感覚の違いというやつだ。
両親ともお金があるということをひけらかすこともしないし、峻と奈亜を分け隔てなく優しく、そして時に厳しく接してくれていて、二人のことを本当の兄妹のように思ってくれているのが、ひしひしと伝わってくる。
そんな大恩人の二人の気持ちを考えず、ほんの最近芽生えたような感情に振り回されて、この生活を破綻させかねない告白をできるわけなかった。
奈亜との距離はたしかに近い。しかしそれは兄妹のような関係があってこその距離であって、適性な男女の距離じゃない。
だからこそ峻には確信が持てていなかった。
もし、奈亜にそんな気がなかった時、この幸せな空間を失うことになる。
かつての苦い記憶。峻が寝たあとに人知れず泣いていた母の姿をいまだに峻は鮮明に覚えている。父の顔は覚えていないが、かつて愛し合っていた人と人との関係が終わったあとには、あれほどの悲しみが伴うのか。
それならばいっそこのままこの近くで、眩いほどのこの輝きを眺められるなら――、そんな想いも心の中にあることに嘘はつけない。
「どうしたの?」
そんな風に思案していた峻に奈亜が怪訝な顔をして問いかけた。
峻の顔がどこか思い詰めているように見えたのだろうか、少し表情を曇らせているように見える。
「なんでもない。ちょっとだけ考え事をしてただけだよ」
そういって峻は微笑んだ。奈亜の笑顔をずっと見ていたいから。
そのことだけは、どんなことよりも優先したいと、峻は改めて心に誓った。