Mr.Free Kick!
駄文です
僕には、取り柄が一つだけある。
それはフリーキックだ。
僕はどんな位置からでもぶち抜ける自信があるし、どんなキーパーであっても出し抜く自信がある。
でも、それだけだった。
いざ動きながらプレイするとシュートは枠に飛ばず、どこかに飛んでいく。
もちろん、ドリブルも上手くないしパスが正確無比という訳でもない。
キック力と止まった時しか正確なキックが出せない僕に、最早フォワードとしての居場所はなかった。
そんな僕は当然腐り、練習にもほとんど顔を出さなくなった。
それでも、僕は今や習慣となっている近所の公園でのフリーキック練習を辞めることが出来なかった。
壁に何度も何度もボールを蹴り込む度に僕は悔しさがこみ上げた。
練習を終え、家に帰ると丁度テレビでサッカー中継をやっていた。
試合は後半アディショナルタイム。フリーキックの大チャンス。
選手が目を閉じて呼吸を整える。そして、大きくボールを蹴り出す。
グイッと落ちてボールはゴールに吸い込まれていった。
選手は両手をあげて勝ち越しゴールの余韻に浸っていた。
「ちくしょう」
気づくと僕はボロボロと大粒の涙を流していた。
フリーキックはこんなにもカッコイイじゃないか。
なのになんで捨ててしまったんだ。
自分の馬鹿さ加減に嫌気がさした。
次の日、監督に直談判に行った。
僕はDFになった。
それからというもの僕は走ることに命をかけた。
技術がないDFは運動量でカバーするしかない。
僕は狂ったように走り続けた。その様子は陸上部にさえ「長距離ゾンビ」と言われるほどだった。
それに加えて、ロングフィードにも磨きをかけた。
僕は止まった状態ならば完璧なキックができる。
そのため、後ろに一歩引いてディフェンスのプレッシャーが薄い状態で蹴れるロングフィードは僕と相性がいいのだ。
正確無比なロングフィード、圧倒的な運動量を持って僕は最後の大会にレギュラーとして出場した。
うちのチームは強かったので難なく準決勝まで駒を進めた。
その中で僕も、何度かロングフィードでチャンスを演出したりした。
また、一試合の平均走行距離は約10km。
これは高校生ではトップレベルの運動量でプロと比べても遜色ないレベルだ。
僕の今まで積み上げてきた努力がこの高校サッカーの舞台で通用していることが嬉しくてたまらなかった。
だが、準決勝で想定外の出来事が起こった。
後半40分プレスをかけにいった僕は、相手からボールを奪い取ることに成功した。
問題はその後、なんと相手選手が後ろからスライディングをしてきたのだ。
その結果、僕は足を負傷し途中交代を余儀なくされた。
今思えば、勝敗が決定していた場面だったから、あのスライディングは八つ当たりだったのかもしれない。
僕は病院まで連れられていく車の中で人目もはばからず大号泣した。
いままで頑張ってきたことは全て無駄だったのだと全否定された気がしたからだ。
医師は「明日の試合は無理だ」と告げた。
分かってはいたけどショックだ。
失意のまま家に帰った僕は明日は行かなくてもいいかな。などという馬鹿げたことまで考え始めていた。
特に何も考えずぼーっとしたまま僕はU-tubeを開いた。
開いた時に一番上のあなたへのオススメに出てきたのは、あの日見たフリーキックだった。
僕はそれを無意識に再生し、何度も何度も繰り返し見た。
そして、今まで何を馬鹿なことを考えていたのかと呆れた。
大きく息を吸い込んで、僕は布団に入り目を閉じた。
瞼にはあのフリーキックが焼き付いて離れなかった。
翌日、いよいよ決勝戦だ。
僕は出れないが、必死で応援した。
試合は0-0のスコアレスのまま延長後半までもつれ込んだ。
迎えた延長後半アディショナルタイム、ここで監督が僕の名前を呼んだ。
「次、プレイが止まったら交代だ。PKくらい蹴れるだろ?お前は止まったプレイは上手いからな」
そう言って僕にアップをさせ、交代申告をした。
ピッチの外で今か今かと時を待った。
ピッ!唐突に笛が鳴る。
なんとペナルティエリア近くで味方が倒され、フリーキックが与えられた。
これ以上ないお膳立てだ。
神様というのは本当にいるんだろうか。
僕は小走りでピッチに入る。
そして、ボールを置き、目を閉じる。
チームメイトも何も言わず固唾を呑んで見守っている。
シンと静まり返るピッチ。
僕は目を開けて、一歩ずつ大股で踏み出した。
ボールが足にミートする。
蹴り出されたボールはまるで昨日見た動画のようにストンと落ちてゴールに吸い込まれた。
僕は両の腕を大きく振り上げた。人生における最良の時間だった。
監督もチームメイトも僕に駆け寄り抱擁を交わした。
僕は多分、今日のことを何度も何度も思い出すだろう。
ピッチの熱狂は未だとどまるところを知らずにさらに大きな渦となり広がっていた。
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