護衛任務
「帰ってきましたぁ!」
そう言ってひかりを抱えた夢宮が部屋の仕切りをぴょんと跨ぐ。
「おかえりー。」
奥の方から三神と思われる声が聞こえてくる。
雄は靴を脱ぎ、部屋の中へ入っていった。
部屋の中心のテーブルには夕食と思われる食べ物がいくつも並んでいた。
「どうよ。私は料理得意なんだよ…え、誰…?」
三神が雄の背後に視線を向け、首をかしげる。
雄が三神の視線の先へ振り替えると、三神の視線は霧雨を捉えていた。
「あー…知り合い…?」
「ま、そんなところね。」
そう言って霧雨が背中の狙撃銃を立て掛ける。
「あのー…部外者の立ち入りは、学園長の許可がなければ…」
三神が申し訳なさそうに霧雨に歩み寄る。
「ああ、その事なら大丈夫よ。私、編入生扱いだもの。」
「は?」
霧雨の発言に対して雄は間の抜けた声を漏らした。
「霧島さん編入生なんですかっ!」
「そうよ。明日からこの学校の生徒ってなるわね。」
「…」
「…なによ。」
雄は思いも寄らない事態に言葉がでない。
「三神、悪いな、帰ってもらえるか…?」
霧雨から詳しく話しを聞くべく三神へ視線を向ける。
「え?私だけハブられるの…?」
「違う…なんでも言うこと聞いてやるからとりあえず今日は帰ってくれ。」
「なんでも!?なんでもって言ったよね!」
「お、おぅ…」
興奮した様子で詰め寄ってくる三神に気圧され雄は身を反らした。
これ俺まずいこと言ったか…?
「しょうがないな。それじゃ、ちゃんとご飯食べるんだよ?」
三神はそう言って部屋を出ていった。
少しの沈黙が続く。
「くそじじいの命令よ。」
急な暴言と共に霧雨が喋る。
夢宮は「くそじじー?」とわからない様子で首をかしげるが、一方の雄は納得したような仕草を見せた。
「あいつまだ40いって無いはずだが…」
「私の中ではくそじじいなの。」
霧雨が断言するように言い捨てる。
「あの、なんの話ですか?」
膝にひかりを乗せて、撫で回している状態で夢宮が訪ねてくる。
「ああ、俺たちは殺し屋、それで上から命令を受けてここの学校に編入してきた。」
「…ってことは、誰か殺すんですかぁ!?」
夢宮がわなわなと慌てている仕草を見せる。
「いや、今回は殺しの任務じゃない。護衛だ。」
「…?誰か守るんですか?」
「あんた今さっき誰に助けられたのよ。」
「それは、関根さん…ってことは…わたしですかあ!?」
夢宮は驚いた様子でびくっと肩を揺らした。
それに反応し、ひかりが何処か行ってしまう。
「そう、今回の護衛対象は貴女よ、夢宮雨音。」
ここは都会。
周りには高いビルやマンションなどが立ち並び、緑の少ない場所だ。
その中の高い建物の中に目立たない中くらいの建物がある。
この建物が殺し屋の事務所だ。
この場所で依頼を受けたり、その依頼を所属している殺し屋に任務として受け渡す。
そんな組織の建物に雄は何の躊躇もなく入っていった。
エレベーターを使い、最上階へ向かう。
最上階へ着き、目の前の高級感溢れる両開きの扉を開くと、一人の若い男が机に頬杖をついて出迎えた。
「なんのようだ。」
雄はその男に向けて鋭い視線を放ち、話しかけた。
「いやー助かったよ。君に任務だ。」
この男はここの殺し屋たちを纏める存在、言わばリーダーや隊長といった存在だ。
名は森下尚樹。
「俺は出来るだけ人を殺したくないと言ったはずだが。」
「そんな君にぴったりな任務だよ。」
そう言って森下は一つの写真を取り出し表面を雄に向けた。
「この子は夢宮雨音。この子の護衛を努めて欲しい。」
「…護衛任務なんて殺し屋らしく無いんじゃないか…?」
雄は写真を見つめながら森下に言い放った。
森下は雄の言葉に「そうだね。」と肯定し、「でも」と続けた。
「君じゃなきゃ出来ないと思うよ?」
「…理由は。」
「橘悟って知ってるかい?」
「政治家だったか…」
「そう。」
森下は頷き真剣な表情になった。
「この子は彼の子だ。」
「は?あの人の子供は確か別の名前じゃ…」
雄の記憶が正しければ夢宮雨音、なんて名前ではなかったはずだ。
しかも名字まで違う。
「彼は一時期不倫をしていたらしいね。それで出来た子供が夢宮雨音、という訳らしい。」
「…確証はないのか…」
「まあでも、8割真実だと思うよ。」
「…」
家族関係がぐちゃぐちゃになり、父親は政治家。
となると、考えられるのは…
政治家を継続するために娘の殺害…!
「察したね。」
「ああ。」
森下が雄の思考を読んだかのような口振りで話す。
「その通りさ、彼は『S4』に依頼し、我が子の殺害をたくらんでいる。」
「『S4』か…」
S4とはこの組織と同じように殺し屋の組織で、対立している。
名前の由来は殺し屋を英語にしたときの『assassin』のsの数と言われている。
「護衛任務の依頼主は…?」
「それは後に話すよ。」
「そうか。」
雄は目の前の書類に自分の名を書き込んだ。
「この依頼俺が受ける。」
「うん、ありがとう。」
森下はそう言うと笑みを浮かべて立ち上がった。
「ほぇー複雑な事情なのですね。」
「え?それだけ?」
「…」
任務の詳細を話し終えた所で出た夢宮の感想に霧雨は想定外と言う口振りで言い、雄は言葉を失った。
自分の実の親に殺されようとしているのにあまりにも能天気すぎる。
「お前、母親はどうした。」
雄は夢宮に訪ねる。
すると夢宮は少し切ないような顔をし、俯いた。
「…話したくなかったらいいのよ?」
「いやダメだ話せ。」
「ちょっと!わかってるの!?」
「夢宮、お前の過去を全て俺らに話せ。」
雄は至って真剣な表情で夢宮を問い詰めた。
「…はい。」
夢宮は決意を固めたような表情で短く肯定した。