第一章 六話目「襲撃の後日談」
「で、フィルモア。その魔王様がおっしゃっていた人間とは誰なのだ?」
時は魔族によるレイン村襲撃から一夜明けた朝。魔族たちを統べる王ヴァニタス、そしてその魔王が住む城の一室で四人の魔族が一つのテーブルを囲んで、椅子に座りながら話をしていた。
まず一人目の魔族は、今別の誰かに質問された白色の体に黒色のメイド服を身につけている、魔王城で魔王専属メイドをしている四天王の一人フィルモアだ。
彼女は自分以外の三人に見られながら、自分が言わなければならないことを間違えないように、慎重に話を進めた。
「その人間ですが、魔王様はどうしても魔王様ご自身の手で殺さなければいけないとおっしゃって私には誰のことだか一切話そうとはしません。でも、少なくとも私たち四天王でも手に負えないとはおっしゃっていました」
「ぼくたち四天王でも倒せない、カ。そんな人間がいるなんてやっぱり信じられないネ」
フィルモアの報告に、今度は先程とは別の魔族が手袋で遊びながら口を挟む。そんな深い緑のローブとフードに全身を隠すその魔族に、先程フィルモアに質問をした魔族が、
「アンカウンタブル、先代四天王は一人を除いてたった一人の人間に全員倒されているのだぞ。なら今この時代に同じくらいの実力の人間がいてもおかしくはない、違うか?」
「まあ、確かにそうだよネ……」
アンカウンタブル、そう呼ばれた魔族は話を進めている魔族に言われ難しい顔をした。
しかし、その場にいる他の三人はアンカウンタブルがそんな顔をしたことがわからない。それはアンカウンタブルの異質な体が原因だ。
アンカウンタブルは深い緑のフードの付いたローブを着て赤い手袋を身につけているのだが、不思議なことに被っているフードの中を覗いても広がっているのは暗闇であってずっと見続けてもどこにもその顔らしきものはない。
それだけではない。手袋に限っては完全に宙に浮いていて、本来あるはずの手を包まないまま単独の意思を持っているかのようについさっきから縦横無尽にアンカウンタブルの周りを動いていた。
こんな亡霊なアンカウンタブルだが、決して幽霊の類の種族の魔族ではない。アンカウンタブルは魔族の中で偵察部隊の隊長を務める、スライムの四天王だ。
スライム、と呼ばれて弱い種族だと思われるのは人間も魔族も共通である。実際に、スライムたちの中で戦力として有名となったのはアンカウンタブルが歴史上始めてであった。
ならなぜアンカウンタブルが魔族で有名になったかというと、それは他のスライムと一線を画したスライム特有の変身の能力が理由だった。
通常のスライムには、自らが見た物ものに不完全ながら擬態をすることができるという能力がある。だが、アンカウンタブルのそれは擬態ではなく変身だ。アンカウンタブルは変身したものの性質を一部引き継ぐ事が出来たり、見た目だけなら完全に変身できないものは何もなかった。
だから、その完全上位互換の力を使って周りの背景と完全に同化し敵の陣地に潜入して情報を得たり、他の四天王は知らないことだが魔王の影武者として何度かヴァニタスの魔族領の街への観光を手伝ったこともあり、そんな活躍が評価されてヴァニタスからの指名を受け、今アンカウンタブルは四天王の座を得ているのだ。
そしてアンカウンタブルが着ているかのように見えるローブは実はアンカウンタブルそのものであり、手袋もそうである。だからローブが透明人間が着ているように見せたり、浮遊する手袋があったりするのだ。
ちなみにだが、アンカウンタブルは普段はその姿で過ごしているが気分で別の見た目になったりする。しかしどの見た目もアンカウンタブルが男か女かどうかが判別出来ず、強いて言えるのは口調が幼い男の子っぽいということだけである。その真実を知っているのは魔王城の中ではアンカウンタブル本人だけだ。
そんなアンカウンタブルが少し魔王が殺そうとした人間のことを考えると、浮遊している手袋を人や魔族が両手を広げるように移動させて別の話題を持ち出した。
「で、ちょっとだけ別の話をするけどサ、フィルモアちゃん昨日魔王様があの村に戻ろうとした時に、魔王様に重力強めにかけてすごーくみっともない姿にさせてたでショ?」
「なんだと!」
「!!」
アンカウンタブルの突然な告白に、フィルモア以外の二人が大声で叫んでフィルモアの方を見た。
それに対してフィルモアは椅子から慌てて立ち上がると、目をまん丸にさせて主人への反逆とも取られかねない行為をしたフィルモアを見る二人に頭を下げて、
「本当に申し訳ございません! その件は全て私の責任でございます!」
「あー、フィルモア? とりあえずその気持ちはわかったから座ってくれないか? それに俺たちはみんなお前が何の理由もなくそんなことをする奴じゃないってわかってる。だからまずどういう経緯でそうしたのかを教えてくれないか?」
しかし、自らに責任があると認めているのにもかかわらず、その魔族はフィルモアを信頼していきなりその責任を責めることはしなかった。あくまでも公平なその魔族にフィルモアは椅子に座りなおすと、
「はい、あの時魔王様はその人間を殺そうとして私に魔王様をあの村に転移させるよう命じられました。しかし魔王様は魔素を吸うあの剣は一時間以上使っていましたので相当消耗していらっしゃいましたから、そんな状態の魔王様を転移させるわけにはいかず転移は断ったのですが」
「ふむ……続けてくれフィルモア」
「はい……しかし魔王様は今度は歩いてでもあの村に向かうとおっしゃって本当に魔王様の部屋から出られようとなさいましたので、魔王様をこの城に引き止めるために重力魔法を使ったのですが、やはりあの剣を長時間使用していた影響で魔王様がそれに耐えられず……」
フィルモアの報告を受けてその魔族は彼女の話し方などから嘘はないと判断して、
「なるほど。そうだったか……俺はお前の判断が正しかったと思う。魔王様はお前の言う通りお前の魔法に耐えられないほど消耗なさっていた。そんな魔王様を我々四天王でも対応できない相手のところに向かわせられるものか。お前たちはどう思う?」
フィルモアを罰することにならないようにその魔族は残りの二人に意見を求め、そしてまずアンカウンタブルを見ると、
「ぼくはアシュラと同意見だね」
顔の見えないパーカーが頷きアンカウンタブルの同意は得る。次にもう一人の魔族を見ると、どこか焦っているようには見えたが首を縦に振ってその意見に同意した。
そして三人目、アシュラとそう呼ばれた魔族は意見の一致に頷いてテーブルを見つめ、次に話さなければならないことを考え始めた。
アシュラの特徴を挙げるとするなら、やはりなんと言っても蜘蛛族ゆえのその六つもある立派な手だろう。彼は今はその多い手を邪魔にならないようにしているが、彼の腕は戦闘時にその価値を発揮する。
彼は戦闘時にはそれぞれの腕に別々の武器を手に取り戦う。武器は戦いに応じて種類があり、それは剣だったり、盾だったり、同じ種類の武器でも大きさが違うものだったりする。それに彼自身の戦闘能力が加わり、彼は戦闘のために育てられた魔族たちの集団、魔王軍正規軍の軍団長として君臨し、四天王の一人に選ばれた。
「で、今疑問に思ったんだけどなんで魔王様にぼくたち四天王じゃ無理だって言わせた人間があの村にいたのに、なんでぼくたち魔族側が勝って今あの村を得ているんだイ?」
先に考え始めたのはアシュラだが、思いついたのはアンカウンタブルが先だった。アンカウンタブルの疑問に四人が同時に考え始め、答えを最初に考えたのはフィルモアだった。
「それは、魔王様がその人間を瀕死直前までには追い詰めたからではないでしょうか? 魔王様が何もおっしゃらない以上正解はわかりませんが」
「あー、確かにそれなら納得できるネ。でもその人間を殺せていないのは魔王様の行動や発言を考えればぼくたちでもわかるこト、ならその人間の傷が癒えたら今度は人間側がそいつを引き連れてあの村を奪いにくる可能性は高いよネ。それはどうする?」
「それは……」
せっかく答えにたどり着いたのに今度はもっと答えを出すのが難しい問題に突き当たり、また四人がこの問題の解決策を考え始めた。
ただし、残念ながらフィルモアの答えは不正解で魔王が言っていた者はメビウスの体を奪ったヴァニタス。だから魔王より強い人間がレイン村を奪いにくるという心配は的外れなのだが、フィルモアの言う通り彼らに正解かどうかを確かめる方法は無く、彼らはどうにかして起こりえない問題を解決しようと一生懸命に考えた、のだが。
「あー、クソッ! 俺が魔王様にその人間を倒しに行くのを命じられるくらいに強けりゃ全部解決なのに……」
「その気持ちはわかるけど、どうしようもできないことを嘆いても何にもならないよ。ねぇイヴちゃん」
今までのやりとりでほとんど喋っていない最後の魔族、イヴと呼ばれた魔族はまさか自分に聞かれるとは思っておらず慌てて返事をしようとする。
フィルモア、アンカウンタブル、アシュラ。四天王のうちの三人が揃っているのだから、このイヴが同じく四天王であることは想像に難くない。
腰まで届く長い紫色の髪や不思議な紋章が刻まれた顔、それらは確かに四天王としての強者の雰囲気を醸し出しているのかもしれない。
しかし、もし誰かが何も知らない状態で「この四人が、魔族の四天王です」と紹介されたら、ほとんどの場合イヴが本当に四天王かどうかを疑うだろう。それには二つ理由があって、まず一つ目はイヴがまだ十歳にも満たないと思われるほど幼いからだ。
ただ、どんなに小さな子供でも風格がある者はこの世界は広いのだから少なくとも何人かはいるのだ。イヴの後ろで控えている、彼女の身長の二倍以上の高さのある蛇を彼女が従えているのを見れば彼女に対する評価も変わるかもしれない。
だが、そんなイヴの少ない四天王と思える一面も霞ませてしまうもう一つの理由があった。そしてそれこそが、
「…………」
「ほら、イヴちゃんが愛しのアンカウンタブル様に勝てない奴がそんなことを嘆くなって言ってるよ」
「!!!!」
イヴのコミュニケーション能力の無さゆえの、他人と話すことに対する恐怖から出てくるとても可愛らしい行動だった。
もちろんそんなことをイヴが言うはずもなく、アシュラにそんなことはないと伝えようとするのだが、残念ながらイヴのコミュニケーション能力の無さは折り紙つきでそんなことを伝える事も出来ない。だからイヴはアシュラがアンカウンタブルの言うことをまともに受けないことを祈りながらアシュラの方を見た。
そしてそのアシュラはアンカウンタブルを見てため息をつくと、
「おい、それはお前の心の声だろ」
「ハイハイ冗談冗談。だからイヴちゃんもそんなに怒らないの」
イヴの可愛さは誰か特別な相手がいる時だけといった限定的なものではない。今も、イヴはまともに答えられたことがないのに頑張って答えようと必死に努力したり、アンカウンタブルにイヴが一切思っていないことを思っていることにされかけた時に、今にも泣きそうな顔でアンカウンタブルを見つめたりする一つ一つの表情に彼女の生まれつきの可愛さが溢れ出していた。
その可愛さは例え魔王の関係者が一般の魔族に顔を見せるような時でも同じで、そんな時は大概彼女は彼女が従えている蛇の後ろに隠れてビクビク震えているのだが、それが魔族の間では可愛過ぎると、まるで世界を救った勇者のように魔族の間では人気で、魔族内で行われた好きな女性魔族ランキングでは見事二位を獲得している。
そんな彼女も自分が他の魔族と話すのが苦手だとわかっており、どうにかして話そうと彼女なりに頑張っているのだがどうしても結果が出てこず、親切に自分の気持ちを理解して伝えてくれるアンカウンタブルには感謝している。
しかし、アンカウンタブルの性格のせいで時々こんな風にアンカウンタブルのからかいに利用されることがあり、一つの失言が一生後悔して償いきれないものだと思っている彼女にとっては、いつも心臓が止まるような思いをさせられるので内心ではもうやめてほしいと思っていて、今回も彼を頰を膨らませて睨んでおり、それを見た彼女の蛇も舌を鳴らして睨んでいた。
「ていうか、今こんな問題が挙がっているのって全部あの剣が理由だよネ。魔王様にあの剣の実験を手伝ってもらわなかったら普通に魔王様がその人間を殺して終了だったんじゃ……」
「とにかく、だ。俺たちでどうしようもない以上この決断は魔王様に判断を仰ぐことにしよう。それで、今魔王様は?」
その質問を受けて、僅かながらフィルモアの顔に変化が生まれた。そして、残りの二人もフィルモアの答えをどちらかというと不安や心配といった感情の目立つ顔で待っていた。
そして、フィルモア本人は心配が一切隠れていない顔で、
「魔王様は私が魔王様にかけた重力魔法をといた後は、もうその人間を殺しに行くには遅過ぎると諦めたようなのですが、問題なのはその後で……」




