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第一章 四話目「最後のやり直し」

 勇者の力によるやり直しの始まりは、いつも不思議な感覚だ。


 一秒、一秒と時を刻む世界がいきなりその全ての動きを止め、そして世界を構築(こうちく)していた全てがガラス細工のように跡形もなく消えていく。


 そんな奇妙な感覚を感じながらメビウスは抗えないほどの力に背中を引っ張られる。そしてその力が収まると、世界は再びその地点、その時間からもう一度失った未来を構築しようとまた進み始めるのだ。


 だが、なぜか今回のやり直しはその感覚を感じずにいきなりやり直しが始まった。


 その原因はきっとやり直しの際に眠っていたことだろう、今までに寝ながら死んだことはないからそれが正解かはわからないが。


 メビウスの「勇者の力」は起きている時にここまで戻りたいと思えば戻れるのだが、死んでしまった時にはメビウスが無意識にここまで戻りたいと思った時間まで戻ってまたやり直しになる。


 しかし、今回のやり直しは今までのやり直しと比べて違和感が色々あった。


 まず最初に違和感を感じたのはメビウス自身の体だ。


 確かに、この勇者の力で時間を巻き戻せば体の大きさもやり直した時間の体に戻る。だがよっぽどやり直しをしている間に成長したり、もしくは時間をかなり巻き戻さない限りきっぱりわかるほど肉体に変化が起こらないのだ。


 しかし、今の体には本当にきっぱりわかるほど変化が起きていた。具体的には、顔とか身長とか体格とか、まとめると体の全部に違和感を感じた。


 次に来ている服だ。メビウスが魔王と戦う直前まで来ていた服は銀色に輝く鎧だったはずなのに、今は黒一色の頭以外の肌を隠す悪趣味(あくしゅみ)な服に身を包んでいた。こんな服、魔王との戦いの前以前にそもそも着たことすらない。だが、(さいわ)い剣は腰にかかっていた。


 そして、最後に。


「ここは、どこなんだ?」


 やり直しで戻ってきた場所が、最後にやり直しで戻ってきた地点から死ぬ直前までに通った場所のどこでもなかった。


 勇者の力によるやり直しの開始地点は、それまでのやり直しで戻ってきた場所。もしくは、やり直しで解決しようとした問題が解決すれば、次に問題が起きた時にその問題を解決するのに都合のいい場所にやり直し地点が無意識のうちに更新している。


 しかし、メビウスが今までやり直しで戻ってきた時間の中に草原の上で立ち尽くすなんて行動はなかった。それに、


「……! みんながいない! メランコリー! ドレイク! ティナ!」


 共に旅をしていた仲間が全員消えていることに気づき慌てて全員の名前を呼ぶ。勇者の力のやり直しで戻ってきたのだから、必ず近くにいるはずだ。


 なのに、メビウスの声は誰にも聞かれずただ消えていくだけで、本来の仲間を呼ぶという目的を果たせない。


 メビウスは少し待っても返事が返ってこないのを確認すると、待っているのも仕方がないと思い歩いて仲間を探し始めた。


 目指した場所はすぐ近くにあった小さな村と思われる場所だ。今何がメビウスに起こっているのかはわからないが、とりあえず今いる現在地を確認するのが最初にできそうなことだった。


 メビウスが向かっているその村だが、不思議なことにメビウスはどこかの機会で訪れたような気がするのだ。


 いや、この表現では語弊(ごへい)がある。メビウスは勇者の力でやり直しを何度もしているため、そのやり直しの舞台となった村や都などの場所は、メビウスが上手くやり直しを出来なかったせいで何度もせざるを得なかったので絶対に覚えている。


 だが、逆にその他の場所は、よっぽど仲間との思い出が詰まっている場所じゃないと覚えていない。たとえ仲間に何を言われてもそんな場所はほとんど思い出せないのだ。


 だから、メビウスにとってこの感情は今まで感じたことのない、とても奇妙なものだった。


 メビウスがあやふやであっても覚えているということは、あの村はきっとメビウスが何かをやり直していた場所に違いない。


 だが、そのあやふやが消えることはなく、そしてメビウスは何か不穏なことが起きるような不安に駆られていた。


 そして、メビウスがやり直しをしていたという事は今からこの村に何かが起こる可能性が高いという事だ。


 いきなり一人にされるのは驚いたし不安でもあるが、魔王を倒さなければならないのにそんなことぐらいで今は弱音を吐いていられない。


 そう自分に言い聞かせて、これから何かが起こる村をその何かから救うと決めた時だった。


 メビウスは今まで聞こえていた声が村の人の悲鳴だと気づいたのは。


「遅かったか!」


 それに気づいたその瞬間全力で村の方に走り始める。今まで歩いていた事を後悔したが、今何を言ってももう仕方がない。


 そしてメビウスはあっという間に村の中に入り、そして村に起きている出来事を把握して、今この状況が起きている訳がわからず息を呑んだ。


 結果から言うと、武装した魔族たちがこの村を襲い抵抗する村人たちを殺していた。


 これだけなら単に魔族による一つの村の襲撃、という事が起きているという事実を伝えてだけの文章だ。それに実際魔族による襲撃は特に珍しいものではなかった。


 もちろん、珍しいものでは『なかった』と過去形で言ったのには理由がある。それはとある魔族との戦闘が理由だ。


 魔王率いる魔族には、四天王と呼ばれる魔族の中で魔王の次に強い四人の魔族の集団がある。


 その四人はメビウスが魔王を倒す為には避けて通れぬ道だったのでメビウスたちが倒す事になったのだが、その四人の内の一人がこう言っていたのだ。


「『魔族には、もし四天王を一人でも倒せる者が人間側にいるなら絶対に人間たちが占領している土地を襲わないこと』、という決め事がある」


 それは四天王を倒すことができる敵を普通の魔族が倒せるわけがないという理由かららしいが、事実、メビウスたちが四天王を倒した後はあれだけ頻繁(ひんぱん)に行われていた魔族の襲撃がまるで嘘のように一切無くなってしまった。


 それはメビウスたちが魔王のところへ向かっている時も同じで、だからメビウスのやり直しは基本的に四天王を倒してからは大規模な戦争ではなく、四天王や四天王ぐらいに強い魔族との戦闘が原因だった。


「うわあぁぁぁぁ!」


 メビウスが本来あり得ない魔族の襲撃に驚いている間にも、村人がまた一人、悲鳴をあげながら魔族に殺されていく。


 そしてその魔族は別の人間に襲いかかり、また一方的な戦闘が繰り広げられた。


 当然だ。魔族の方はこの襲撃の為に鍛えられた戦士であるのに対し、村人の方はきっと今まで農作業を日々こなすだけの人生を送ってきたただの農夫をしながら、少し訓練しただけの見回りでしかないだろうから。


 とにかく、なぜこの村が襲われているのかは全くわからないが、魔族の襲撃が行われている以上メビウスには村を助ける必要がある。


 だから襲われている人々を助けようとメビウスは剣に手をかけて、今一番近くにいる村人を助けようと近づこうと足に力を込め、力強く地面を蹴って直ぐにでも村人を助けようと体を動かそうとして――、


「――――すけてぇ」


 が、その動作は別の人の助けを求めるが中断した。


 本来、遠くから聞こえた小さな声に今目の前で死ぬかもしれない人を助けようとする意思を曲げる力はない。


 だが、メビウスはその声を聞くと同時に凍りついたように動かなくなり、今助けようとした村人は先程の村人と同じ死体の仲間入りを果たす。


 そして魔族は近くにいるメビウスには気付かずに、新たな戦闘を求めて別の方向に走っていき、その小さくなっていく背中を見ながらようやくメビウスは我を取り戻した。


 助けようとした村人がもう手遅れになってしまった以上、メビウスが村人を今どうにかしようとしてももう得られるものも救われる命も何もない。


 だから、今メビウスがするべき行動はメビウスの耳に入ったあの声をあげた人を助けることだ。メビウスはさっき声が聞こえた方向に歩き始めた。


 助けを求める為に声を出したのは人間にとってごく普通のことかもしれないが、それが魔族に限らず他の誰かに襲われている場合それは悪手になることもある。


 なぜなら、その襲っている相手が声を聞いてどこにいるかを当ててしまう場合があるからだ。


 つまり、今助けを求めた人は魔族に狙われる可能性が上がったというわけで、急いで向かわなければメビウスが到着する前に先に来た魔族に殺されることだって十分あり得るのだ。だからメビウスは今急いで向かわなければいけないはずなのだ。


 なのに、そうなのに、メビウスは走ることが出来ず歩くのが精一杯だった。


 あの助けを求める声が、メビウスの過去の記憶と共鳴しようとして頭から離れず、出来るのがせいぜい歩くことだけだったのだ。そしてその結果、村の風景を見る余裕がメビウスに生まれた。


 村の建物や地形はいたって普通だ。家などはどれもが村に行けばどこにでもあるもので、その中でいくつかだけ目立っているものがあるといったこともない。


 しかし、魔族の手から村を守ろうとした人たちが、どれも腹や肩を切られ血を流して死んでいた。


 中には、死体の原型すら失っているものすらある。そして何より、その全ての死体の中でまだ顔の部分が判別できるくらいには残っている人の死体に共通していたのが、


「これ、いつも野菜くれたあのおじちゃんの……」


 その人の顔を見て、それが誰だかメビウスは全員わかったことだった。


 メビウスはその人たちの名前を一人一人思い出し、次にその人といつどこでメビウスと関わったかを思い出す。


 そしてその記憶が再びメビウスがやり直しさせられている場所を思い出させようとする。


 しかし、メビウスはどうしてもその場所がやり直しの場所だと信じたくなかった。


 なぜなら、メビウスにとってこの場所から再びやり直しをするという事は()()()()()()()()()()()()()()()と言われかねないという事だったからだ。


 だが、真実はいつも一つであり別のものである事を認めるはずがなく、一切行き止まりにぶつからずに進むこの道が、見覚えのある顔の死体が、聞き覚えのある声の悲鳴がどうしてもメビウスを一つだけの正解に導こうとする。


 そしてそれを最後に、決定的に肯定したのはメビウスが行動すら止めてしまった人の声だった。


「マリー待ってて、直ぐに助けるから!」


「お兄ちゃぁん……助けて……!」


 メビウスの目の前、一人の少年が瓦礫(がれき)に埋もれた妹と思われるを助けようとしていた。だが少年の力が弱くて一つどかすだけで汗が滝のように流れていた。


 妹の方は瓦礫に埋もれて姿が見えないからわからないが、少なくともメビウスは兄である少年を知っていた。


 深い海を思わせる青色の髪、そして今妹を助けようと焦りが混じっている目も同じ色で、日焼けをしているとは言えないくらいの色の肌の整った顔は他の人の目からするとカッコいい方と言われている。


 今は妹を助けようと足を曲げているから分かりづらいが、身長は彼と同じ年齢の人の中で身長が高い人たちの平均と同じくらいで、親の農作業を手伝っている影響か何かで腕には年齢の割には立派な筋肉があった。


 本来ならメビウスはすぐにこの少年の妹のもとに駆けつけて助けるべきだし、普段ならそうしていただろう。


 だが、そんなメビウスには今この瞬間に彼を助けられない理由がそこにはあった。


 そして結局何も手伝わないで時が過ぎ、やがて少年が妹を苦しめていた瓦礫を最低限どかして妹を引きずり出した。


 こうして救出された妹が、とてつもなく不安だったからか涙を浮かべて兄に抱き、確かにこう言った。


「怖かったよ、メビウスお兄ちゃん!」


 いきなり妹に抱きつかれ、その子の兄ーー何年か前のメビウスそっくりの姿をした同じ名前の少年は思わず妹から目を逸らし、そして目の前に立っていたメビウスと目があった。


「どうしたのお兄ちゃ……!」


 そっくりさんが突然現れたメビウスを警戒して妹を出来る限りメビウスから離れさせる。


 そして初めて正面を向いた妹も、運命のいたずらなのかメビウス本人の妹と容姿が全く同じ、否、メビウスの妹その人だった。


 絶対に認めたくはなかったが、もうメビウスはどこからやり直しが始まっているかをもう認めなければいけなかった。そしてその始まった時は、


 五年前にメビウスが魔王を倒すと決めた五年前の故郷のレイン村の襲撃の時だった。


 もしかしたら魔王を倒すためにこの最初のやり直しをした場所、この魔族に襲われたレイン村からやり直さなければならないのかもしれない。だからここまでやり直しの地点が戻ってしまったのだろう。


 メビウスが、ここからやり直しが始まるのを認めたくなかった理由に、旅が全て無駄だと言われかねないと言ったのはこれらが理由だ。


 しかし、そう仮定した場合おかしな部分が何個も出てくるのも事実であった。


 一つはやり直しが始まる地点。メビウスがレイン村の襲撃をやり直していた場所は、当然レイン村から出たことはなかったからレイン村だ。しかしメビウスがやり直しを始めたのはレイン村の外だった。


 二つ目はメビウスが今立っている位置だ。なぜそっくりさんが妹を救ったのかはわからないが、メビウスがやり直しをした時に今メビウスの位置で立っていたのは他の誰でもない、あの魔王本人だった。しかし、魔王本人が現れる様子はない。


 その他にもメビウスのやり直しが始まった直後に感じた違和感もこれらに含まれる。


 だがメビウスには今そういった事を考えて結論を出す余裕がなかった。それは、メビウスが何度ものやり直しで手に入れた、これからの未来で悪い何かが起こりそうと感じる勘が原因だ。


 そのメビウスの勘が、今すぐに目の前のそっくりさんを殺さないとまずいと大声で告げる。


 メビウスは一度は離した剣を引き抜き、もし本当はそっくりさんがただの善人なら申し訳ないーーと詫びる余裕すらないままそっくりさんを切った。が、


「危ない、お兄ちゃん!」


 隣にいた妹がそっくりさんをつき飛ばし、そっくりさんを切るはずだった剣の道筋に妹が入る。


 だが、慌てて本気で剣を振るったメビウスは今から剣を止めることが出来ずにそのままーー、


「え、あぁ、えぇ?」


 メビウスが生み出した、肩から斜めに真っ二つになった新たな死体を他の誰でもないメビウス自身が(ひざ)をつき、訳の分からない声をあげ、そして抱き抱えた。


 しかし妹の死体に奇跡は起こらず、もう妹は(まばた)き一つすらしない。


 魔族に襲われるまで平和そのものだった村を、一人の少女の血が、その兄の涙が、そして最後の一人の、


「妹に触るな!」


 そっくりさんが突然妹を失ってしまったことを受け止められずに、メビウスから奪った妹の亡骸(なきがら)に顔を埋めて泣き叫び始めた。


 その叫びは紛れも無い本物で、ただでさえ妹を殺してしまった罪悪感が一層メビウスの体を(むしば)んでいく。


 これだけでもメビウスの心は耐えられないのに、そっくりさんの叫びはどんどん激しさを増していき、その度にはっきりとわかるぐらいに心臓を穿(うがた)たれる感覚に襲われる。そしてそのままメビウスは耐えられなくなる時が来る――、


 その直前、メビウスがその辛さについに限界が来る直前、その本当の本当の直前にメビウスはそっくりさんの声に違和感を感じた。


 そしてその違和感はやがて確信に変わり、ついにそっくりさんの声が明確に変わっていって、


「お前が、妹を、殺したんだ! お前が、お前が! 殺したんだ! お前が、お前がぁ、お前がぁ……お前こそがぁ、お前がぁぁ! 



お前自身が救ったはずの妹を殺したんだよ」



 悪魔の嘲笑(ちょうしょう)が平和の象徴だったレイン村を、地獄の象徴に変えた。

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