第二章 十話目「アニー・ガリッヂ設定全容」
「アンカウンタブルさん、アンカウンタブルさん! やりました! ついにアンカウンタブルさんに攻撃を当てることが出来ました!」
「うン、おめでとうアニーちゃン」
「えへへ、アンカウンタブルさんに褒められた……!」
嬉しさ半分照れが半分でアニーは両方の頬を抱えながら、もっとアンカウンタブルが褒めてくれる妄想をしてもっと褒めてもっと褒めてと上目遣いをして訴えた。
ただ、アニーの見た目はかつての五歳の時のものではない。
十年の時を得て、全然身長のなかった体や黄金そのものの様な金髪はとても長くなり、空のように青い目は確固たる意志を秘め、少女というのに適したスタイルの良い絶世の美少女にアニーは育っていた。
そして、同じ十年という時を得て最初の悪印象はどこへ行ったのか、アニーのアンカウンタブルへの思いはもし数値化できるのならすでにカンストする数値の千倍の数値以上の数値を示している。
ただし、アニーのその感情は決して恋ではなかった。
言うのならば、親や同い年の同性の親友に向けるような思い。
……まぁ、アンカウンタブルは長年過ごしているアニーにすら自身の性別を告げず、また、アニーにはこの長年の間で自身のどちらの性別が正しいのかを悟らせなかったのだから、異性としてアンカウンタブルを見るのは少し無理があったのかもしれない。
後、アンカウンタブル自身も娘かあるいは弟子を育てるようにアニーの事を見ていたので、それがアニーに百合になってしまったとしてもアンカウンタブルを愛する決意をさせなかったのかもしれない。
もちろん、真実は定かではないが。
そして、アンカウンタブルは変身した状態から普段のローブ姿に戻ると、
「でもなぁ、本当にぼくが負けちゃうなんテ。ねえ、今からでもあのことを考え直す気はないノ? ここで過ごしていた方が幸せなんじゃないかナ?」
「確かに、アンカウンタブルさんと過ごしてきた時間は幸せで、これからもずっとこんな時間を過ごせたらどれほど幸せなんだろうって思います。でも、ぼくは決めたんです。これ以上ぼくみたいな被害者は増やさない。あいつを、家族の仇であるヴァ―ジェストたちをぼくは許さない」
「……はぁ、わかってはいたけどアニーにそう言われると辛いナァ。やっぱり、駄目?」
「いくらアンカウンタブルさんのお願いでも、それだけは聞かないってもう決めちゃいましたから」
「がっくリ」
アンカウンタブルはしゅんと項垂れた後、アニーの決意に満たされた瞳を見た。
いつからかは忘れてしまったが、いつからかアニーは一人称を「わたし」からアンカウンタブルと同じ「ぼく」に変えており、
「ねぇ、アニーちゃんが最後にぼくのところから分かれる前に一つだけ良イ?」
「はい! アンカウンタブルさんのためならぼくは一部を除いて何でもします!」
「じゃあ、一人称を外で他の人がいる場所だけで良いから『わたし』に戻してくれなイ? 女の子らしくしようヨ」
「嫌です。ぼくの一人称は未来永劫『ぼく』以外にありえません! そのお願いは対象から除く一部に含まれます!」
「そこは、一部は除かないで何でもしまス! って断言しておこうヨ。格好悪いヨ?」
今回も含めて今まで何度も一人称の変更をアンカウンタブルは求めているのだが、この要求はいつまでもアニーは受け入れようとしなかった。
そんな不思議な関係の二人は、この会話の後に別れを惜しむように今まで過ごしてきた十年間の思い出話をして笑いあったり、時にからかったり、時に怒ったり、時に泣いたりして残りの時間を過ごした。
実は、約一週間前の事。
「アンカウンタブルさん、ぼくは今から家族の仇をとってきます!」
「……え?」
アニーがいきなりアンカウンタブルにそう宣言して、アンカウンタブルが「だから一人称を」ということすら忘れて口をぽっかりと開けていると(ただしアンカウンタブルは顔がないのであくまでも比喩)、
「じゃあ、行ってきます!」
「――いやちょっと待っテ! 話をしよう、話をすればきっとぼくたちは分かり合えるかラ!」
「え、もうアンカウンタブルさんとあぼくの仲ではないんでしょうか?」
「うン、確かにアニーちゃんとぼくは仲良いと思うけどネ!」
ひとまず始まりそうになった茶番をアンカウンタブルが止めて、アンカウンタブルは一度咳払いをしてから、
「えっと、まずは多分一番大事なことを聞くヨ? 家族の仇をとるってどういうこと?」
「文字通りです、家族の仇をとる為にぼくは今からヴァ―ジェスト家の人々を倒します! なので行ってきます!」
「だからちょっと待っテ! 家族の仇をとるって意味は元からわかっていたけど、なんでヴァ―ジェスト家の人々が出てくるノ!?」
「それは、アンカウンタブルさんが言っていたからです」
「エ?」
アンカウンタブルにはそんなことをした心当たりがなく、それをアニーに聞こうとして、
「あっ、まさカ……」
「とっくの昔にアンカウンタブルさんが諜報を生業にしているのは知っていました。それで、時々こっそり独り言とかを聞いてみたりしてたんですけど……」
「あれって、超絶重要情報しか含まれてないヨ!?」
「いまさらそんなことどうでも良いじゃないですか。それで、その時にアンカウンタブルさんがヴァ―ジェスト家について話しているのを聞いて、それで全部知りました」
「そうなノ? 本当ニ? 別にアニーはぼくの仕事に興味なんてないんだろうなと思っていたのニ。まさかの裏目に出たヨ……」
「親の仕事に興味のない子どもはいませんよ、アンカウンタブルさん」
アニーにそう言われ、アンカウンタブルはどうすればいいものかと手袋を自由気ままに動かしながら考え始める。
ちなみに、ヴァ―ジェスト家はとある事情があってアンカウンタブルが調べていた人間の貴族で、十年以上前に仲の悪かったガリッヂ家をグラトニーという殺し屋を使って全員殺した張本人だった。
その事件から十年たった今、ヴァ―ジェスト家は殺し屋と言った闇の世界の住人達と手を組んで好き勝手自分の望みのままに政治面や金銭面で自分たちがいい思いができるように暗躍している。
これまで何度かヴァ―ジェスト家を倒そうとした人は何人もいたのだが、その全員がガリッヂ家のように皆殺しに――、
――はならずに、
ヴァ―ジェスト家の者たちは本人を直接狙うのではなく、その人の大切な人、例えば家族や恋人や恩人などの大切な人を片っ端から殺したり残酷な目に遭わせたりして、彼らの精神を狂わせる。
そして、自分がヴァ―ジェスト家に刃向うから大切な皆がこんな目に遭ってしまうのだ、といった空気を作らせてヴァ―ジェスト家に刃向えさせなくするのだ。
本人の命を奪うよりも残酷で非人道的手段、それこそがヴァ―ジェスト家がどんなことをしていても許されてしまう理由であった。
もちろん、大切なものがいない残念な人や他の人が傷ついていても平気なある意味ヴァ―ジェスト家よりも残酷かもしれない人かよほど真っすぐか歪んだか馬鹿な正義感を持つ人は直接殺されるが。
そして、結論を言うと、アンカウンタブルもこの十年でアニーの事を大事な家族の一員として見るようになったのだ。
そんな家族の一員であるアニーを、危険な目に遭わせたくない。
それは、アンカウンタブルが魔王軍偵察部隊の隊長と四天王という誰よりも先に危険な前線に立って戦わないといけない立場にずっといたからなのか、それとも親バカだからなのかはわからない。
それでも、答えがどちらだろうとアンカウンタブルの意見は変わらない。
「でも、それとこれとは話が別。アニーちゃんにはまだ外の世界は危険すぎル」
「いや、ぼくは必ずあのヴァ―ジェスト家の人たちを倒してぼくのように苦しめられる人を助けたいんです!」
「いヤ、絶対に駄目。アニーちゃんには危険!」
……ここから先はアニーとアンカウンタブルによる押し問答となるので詳しくは語らないでおくが、結局アニーがアンカウンタブルに勝って
「じゃあ、アニーちゃんがぼくに一撃でも攻撃を当てられたら別にアニーちゃんの好きなようにしていイ」
と、言ったのをきっかけにその日からアニーは毎日一回ずつアンカウンタブルに挑んでは負けて、その後は一日中自分自身を鍛えてまた次の日にアンカウンタブルに挑んでは負けては鍛えてを繰り返していた。
そして、その繰り返しの終着点である今回の冒頭シーンがその結果である。
そう、見事アニーはあのアンカウンタブルに一撃だけではあるが攻撃を当てることができたのだ!
しかも、決してアンカウンタブルはいつまでも攻撃を当てられないアニーに仕方なくわざと当たってやろうと思ったりしたわけではなかった。
むしろ逆だ。アンカウンタブルはアニーを絶対にこのずっと一緒に住んでいた家から人間のいる王都に返さないために本気でアニーと対決していた。
その状態のアンカウンタブルに、アニーはちゃんとした攻撃をしかも傷の深いものを負わせた。
そんなアニーを、だれが人間の世界が危険だと言って止められるのだろうか。いや、だれも止められまい。
「アニーちゃん、改めておめでとウ」
「――あり、がとう。……止めないの?」
「約束しちゃったかラ、負けたらアニーちゃんの好きにしていいっテ。これ以上言ったら親からの忠告じゃなくてただのわがままになっちゃうでショ?」
「アンカウンタブルさん!」
「おっとっと、よしよし、甘えん坊さんだなぁアニーちゃんハ」
感極まってアンカウンタブルに抱き着くと号泣し始めてしまったアニーをアンカウンタブルは優しくなでてあげた。
とても優しい、親子の様な師弟の様な二人。
そんな二人のお別れの時間がもう刻一刻と近づいていた。
「じゃあネ、アニーちゃン」
「はい、アンカウンタブルさん」
二人は抱擁を解くとお互いの目をしっかりと見つめた。
これが二人のお別れ、そして二人の今生のお別れ。
……、…………、
その前に、
「アニーちゃん、最後にこレ」
「? これは?」
アンカウンタブルがローブの中からアニーに渡したものは、ずしりと重くごつごつしたものを包んだ風呂敷だった。
「それは、人間領の王都の冒険者ギルドってところについて、受付さんって人に開けてもらうまで開けちゃだめだヨ」
「わ、わかった……でも、中身は何なの?」
「それは、開けるまでのお楽しみ二! じゃあ、行ってらっしゃい!」
「行って、来ます」
なぜか嫌な予感がしたが、アニーは意識してそれを無視してヴァ―ジェスト家を倒すための一歩を踏み出した。
――――――――――――――――――――
そこは、石造りの建物だった。
アニーはその建物の扉をゆっくり開けて中に入ると、その途端に中からしていた笑い声などが消えて代わりにアニーに大量の目線が向けられる。
アニーの強さを判断するもの、判断しようとすらせずにアニーを見下すもの、アニーに下卑な視線を送るもの、それとその他もろもろ多種多様。
すると、アニーがどうしたら良いのか困っているとこの建物の中にいた一人の男の人がアニーに声をかけてきた。
「ようお嬢ちゃん! 今日はどうしてあんたみたいなべっぴんさんがここに来たんだ? 依頼か? なら俺が受けてやるぜ!」
「あっ! 抜け駆けはズルいぞお前! お嬢ちゃん、あいつより俺たちのパーティーの方が強いから俺らに頼んでくれ!」
「?????????」
アニーが突然発生した謎の勧誘に困っていると――、
「まぁまぁ、熱くなるのは後にしてね。この子がとっても困っていますよ、それにこの子がここに来た理由が依頼じゃないかもしれないですし。それで、今日はどうしてこちらへ?」
この部屋の奥の方から一人の女の人が出てきて、ひとまず今までの勧誘は無視して大丈夫だろうと判断する。
そして、アニーは持っていた風呂敷を持ち上げて、
「あの……これを受付さんに渡しに来たんですけど……」
もし、ここでアニーが「これを渡してと頼まれた」といえばもしかしたらアニーの運命は変わったのかもしれない。
ただ、アニーはその運命の分岐に気づかないままアニーの過去は進んでいく。
「わかりました、あっ、わたしが受付なので受け取らせて頂きますって重いですねこれ」
アニーが渡した風呂敷を受け取り、受付さんはついさっきアニーに声をかけた位置に戻って固く結ばれた風呂敷を解き始めた。
アニーもアンカウンタブルから渡された風呂敷の中身が気になって受付さんについて行く。
「よいしょ……」
「何が入っていると思いますか?」
「なぜそれを聞いているんですか? あなたは中身を知っていますでしょう?」
「……あっ、疑問とかそういうものです」
「うーん、何だろうな……、頭っぽいけど……!」
「!!」
「「「「「「「「!!!!」」」」」」」」
風呂敷から出てきた物に、受付だけでなくアニーだけでもなく他の人たちも驚いて言葉を失った。
風呂敷から出たもの、それは――、
「――、ドラゴンの、頭」
そう、間違いなくドラゴンの頭だった。
ドラゴンとは魔族の中で最強の種族と言われている魔族たちの事だ。
一言にドラゴンといってもドラゴンの中でも様々な種族に分かれるのだが、絵に描かれるドラゴンの見た目で一番多いものは巨大な姿で大きな一対の羽や尻尾などを持ち口から魔法のかかった息である「ブレス」と呼ばれる魔法を使う姿である。
ブレスの届く距離はブレスを使うドラゴンの大きさや魔法やブレスの種類やブレスを使う時に使う魔素の量によって変わるが、基本どのブレスでもかなり遠く離れた場所まで威力を保ったまま届くのでブレスはかなり有名なドラゴンの魔法となっている。
それ以外にもドラゴンは沢山の強力な力を持ち、もし小数で戦闘になれば助からないと人間の教育機関で必ず何度も繰り返して教えるほどの実力を持つドラゴン。
そのドラゴンが倒され、しかも無残にも首を切られて今たくさんの冒険者の目にさらされていた。
「……あなたが、たお、したんです、か? あの、ドラゴン、を?」
「おい、嘘だろ――」
「あんな女の子が?」
「でもあれ、偽物なのか?」
「いや、多分だけどあれは本物だ。今まで何度も本物のドラゴンの首と悪巧みをしようとして偽物を持ってきた奴らが作ってきたものを比べてきたこの目が間違えるわけがねぇ」
「……なんか嘘くさい発言だけど、超ベテラン冒険者のあんたが言うのなら間違いねぇ、うっわ、まじかよ。あの女の子本当にドラゴンを倒しちまったのかよ!」
そんな会話がされて、アニーを除いた全員がざわつきながらアニーとアニーが持ってきたドラゴンの頭を見比べ始めた。
ただ、そんなアニーがざわついていなかったのにはドラゴンの頭とは関係ない一つの理由があった。
「……アンカウンタブルさん」
アニーの手の中には、受付さんが風呂敷を開けた時にひらりと風呂敷の中から落ちた一枚の紙があった。
その紙の上に書かれた文字、かつてアンカウンタブルとともに遊んだ時に使った暗号が書かれていた。
『ぼくに勝ったんダ、ドラゴンなんてへなちょこでショ?』
その文字を見た途端、アニーは突然背筋が震えるほど冷たく残酷な嫌な予感に包まれた。
嫌な予感がする、それもアニーが今まで感じた事のないくらいとびっきり恐ろしい予感が――、
「――なぁ、今日ってすごい日だよな、目の前にはドラゴンを倒した女の子がいるし」
「確か、ヴァ―ジェスト家を倒そうと動いているフード着てるやつがいるんだろ、いつか魔族を倒すカギになるような奴が今日二人も歴史の表舞台に立ったんだからな」
ヴァ―ジェスト家を倒そうとしているやつ? アニーが倒そうとしたその相手を、よりによってアニーが動き出したその日に? しかも、フードを?
アニーに書いたアンカウンタブルのメッセージ、それに今の証言。
こんな偶然、本当に偶然なわけがない。
「――ちょっと、あなた!」
アニーは全部を置き去りにして、一目散に走りだした。
――――――――――――――――――――
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
アニーはさすがに疲れてしまい、立ち止まって荒れた呼吸を整え始めた。
アニーが人間領にヴァ―ジェスト家を倒しに来たと思われるアンカウンタブルを捜し始めて十時間。お昼御飯も何も食べていないし休息すら一回もとっていない。
それも、アニーの心をつかんで離さない莫大な恐怖、今すぐアンカウンタブルを捜さないと何かよからぬことをしでかすんじゃないかという予感。
「……あぁ」
アニーが少し落ち着いてあたりを見渡すと、なんとアニーが休んでいたここはあのヴァ―ジェスト家の目の前だったのだ。
事前に調べていて見慣れていた家の外見が、家の中から漏れる光によって映し出されていた。
「……もし、今からヴァ―ジェスト家を襲えば、アンカウンタブルさんが何かする前にヴァ―ジェスト家をたお、せる?」
アニーの口から漏れた、突然思いついた方法。
アンカウンタブルさんはこんな時に何もしない人……というより魔族ではない。だから、アンカウンタブルさんが動くのを防ぐ方法はこれしかないのでは……?
アニーはヴァ―ジェスト家に向かって一歩だけ足を動かした。
まだ疲れているのか少し体の重心がずれてふらふらとする。
そして、アニーはもう一度一歩進む。
今度は、ヴァ―ジェスト家が爆発するのと同時に。
「!!」
一瞬の閃光、そしてわずかに遅れてきた爆発音と熱風。
そして、アニーはようやく今起きたこのことが何を意味しているかに気づく。
「アンカウンタブルさん!」
一足、ほんの一足だけアンカウンタブルの方が早かった。
アニーは全然動かなかった足を全力で動かして目の前にあるヴァ―ジェスト家に向かって走り出していた。
走る、走る、走る。
アニーがヴァ―ジェスト家の入り口のすぐ近くまで来ると、門番をしていた二人の男がアニーに気が付いて、
「おい、お前! とまれ!」
「――邪魔!」
しかし、そんな奴らの警告を受け入れる筋合いなどない。
二人の男がアニーに襲いかかってきたがアンカウンタブルさんとの戦いで培った戦闘技術であっという間に吹き飛ばし、門を飛び越えてヴァ―ジェスト家の中に侵入した。
走る、走る、走る、走る。
アンカウンタブルはここにいるはずなのだ。
早く見つけて、言わなければならない。
どうしてこんなことをしたのか、どうしてあの家から出てきて今ここにいるのか、
一体、何故なのかを。
走る、走る、走る、走る、走る。
走る、走る、走る、走る、走る、走る。
走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る。
走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る、走る。
どこをどれだけ探してもアニーはアンカウンタブルさんを見つけることができない。
どこで、何度探してもアニーはアンカウンタブルさんを見つけることができない。
アニーがどれだけ心の底からそれを望んでも、アニーはアンカウンタブルを見つけることができない。
そんな停滞が、膠着が、永遠に終わらないループが、
「――えっ?」
二度目の爆発音が、時間切れだとアニーをあざ笑うかのようにアニーを襲った。
思い出がよみがえる。
それは、アニーの大切な思い出だ。
父親と過ごした時間、母親と過ごした時間、兄と過ごした時間、
そして何よりも、アンカウンタブルさんと過ごしたたくさんの時間。
人はこれを走馬灯と呼ぶのだろう。アニーは走馬灯を見ながらヴァ―ジェスト家を襲った二度目の爆発に巻き込まれて、
「なにしてるんですか!」
突然現れた謎の黒い少年が、アニーを何とか爆発に巻き込まれる前に助けてくれた。
「……誰、ですか?」
「そんなの後でいくらでも話せるから! 今はとにかく脱出しましょう!」
アニーは黒髪の少年にお姫様だっこされていることに気づかないまま無言で運ばれる。
アニーの感じた事のない様々な感情がアニーを襲い、何故かもっとも肝心なことさえ忘れてしまっていた。
しばらくの間少年に運ばれて、アニーはヴァ―ジェスト家の外まで出てきてアンカウンタブルが起こした業火と呼んでも良さそうなくらいの炎に包まれているヴァ―ジェスト家を見た。
「――アンカウンタブルさん!」
アニーはようやく元の目的を思い出して、その大切な人の名前を叫びながら少年のところから離れてもう一度ヴァ―ジェスト家に行こうとする。
助けないといけないのだ、あの中にアニーのもっとも大切な人がいる、いつ死んでもおかしくないあんな場所にアンカウンタブルはいるのだ。
なのに、なのに!
「離して! あの中に、アンカウンタブルさんが!」
「今あそこに君が行ってどうなる!? あの建物はほぼ全焼して入ることすら困難なのに、もし入ったら君は生きて帰ってこれないよ!」
「それでも……それ、でも!」
助けないと。
アニーの口から放たれようとした言葉、アニーが決意するための言葉は本当の言葉になる前に世界がそれを拒んだ。
本日、三度目の爆発。
今までで最も威力を秘めていたそれは跡形もなくヴァ―ジェスト家を吹き飛ばして、そして全てが終わった。
アニーの体に込められていた力はどこかへ消えて、アニーは気力を失って全体重を少年に預けた。
「アンカウン、タブルさん……」
消えた、消えてしまった。
アニーが守ろうとしたものが、失わないようにしようとしたものが、一瞬で、あっけなく、あっという間に、壊された。
失われた。
消えてしまった。
アニーの手から零れ落ちてしまった。
「アンカウンタブル、さん……!」
「……あのさ、泣いているところ悪いけど君の父親はこれくらいで死ぬと思う?」
「えっ……?」
アニーが我慢できずに泣き出してしまった直後に、いまだお姫様抱っこされているアニーは口をぽかんと開けたまま少年の顔を見ていた。
「だから、君のお父さんがこんなちょっとした火災と爆発三回くらいで死ぬと思う? ずっと過ごしてきた娘にそんなこと思われたらあいつきっと泣くぞ?」
とんだ暴論だ。
少し前のアニーなら、アンカウンタブルの実力を知らなかったアニーなら絶対にそう思っていた。
でも、アニーはその暴論をあっさり認めることができた。
アンカウンタブルさんの実力はとんでもないものだ。それこそ、ドラゴンの一匹くらい瞬殺できてしまいそうなくらい。
それを、アニーはハンデがかなりある状態だったけれども勝ってしまったからすっかり忘れてしまっていて。
そして、それを名前も知らない男の人が思い出させてくれた。
それが、アニーと黒髪黒目の少年との出会いであり、過去の全ての因縁を片づけたアニーの新たなはじまりであった。
――――――――――――――――――――
「……要は、人間領王都でも魔族に関する情報収集がしたかったから自分の体の一部をドラゴンの頭にして冒険者ギルドにアニー・ガリッヂの姿で持って行って、アニー・ガリッヂの姿なら実力のある人間しか見ることができないこの魔族掲示板を見れるようにした後、ドラゴンの頭にした体の一部はアニー・ガリッヂの設定を崩さないためにドラゴンの頭が届いたヴァ―ジェスト家を燃やしてから奪ったんでしょ? それならドラゴンの頭は焼失したってことで納得がいくし」
メビウスは今までの一万字以上の説明を簡潔にまとめると、アニーの姿をしたアンカウンタブルは笑ってそれを肯定した。
「凄い大げさだね」
「えへ! でも、アニー・ガリッヂは幼いころ魔族に助けられて大切に育ててくれたって設定だから、それを知った他の冒険者たちは魔族にも良い奴はいるんだなぁと思ってくれたみたいだヨ! まあ、さすがに家が近くにあるってことは言ってないけド」
「嘘がばれる原因にもなるしね」
アンカウンタブル曰くアニー・ガリッヂは「悲劇の少女」とか「恋するドラゴンスレイヤー」とかその他もろもろたくさんの二つ名があるらしい。
それと、まるで物語の様な(というより物語そのものの)アニー・ガリッヂの過去に共感なり同情するなりそれでも今を強く生きる姿勢に尊敬するなりする人が大勢いてこんなにもアニー・ガリッヂは人気になってしまったとのことらしい。
メビウスは何をやっているんだと言いながらアンカウンタブルともっと話をしようとして、
「――あら、こんなところで男女二人きりなんて少々いかがわしいんじゃないの?」
突然現れた謎の女の子が、この魔族掲示板のある部屋に入ってきた。
ちなみに、フィルモアちゃんはハーフなのでブレスは使えません。




